第8話・8/14修正版

 リュカと再会した後、追手と遭遇することはなかった。代わりに野盗と化した傭兵崩れや、寺院で旅人から金銭を奪って殺す追剥坊主と遭遇した。


 だいたい口をそろえたように「金を出せ」「女を寄越せ」と脅してくる。ひどい連中になると、四の五の言わずに襲撃してきた。


 その全てをテオドールは素手で黙らせた。「金を出せ」という相手は金的で沈め「女を寄越せ」と言ってきた者は外せる関節の全てを外し、有無を言わさぬ襲撃には有無を言わさぬ暴力で返してやった。


(殺すほどの脅威でもない)


 動けないように無力化し、あとは近くの領主に罪人として突き出しておいた。何人か賞金首もいたようで、ちょっとした路銀稼ぎになった。


 そんなこんなでフロンティヌス領を抜け、アドラステア王国西部から中央部へと足を踏み入れていく。


 途中、野宿の焚き木の前で、テオドールはリュートをかき鳴らした。パチパチとはぜる木の音とは違い、リュートからはまったくいい音が鳴らなかった。


 そもそもリュートの扱い方を知らないのだからしかたがない。


「リュカってリュート弾ける?」


 蟲は他国に大道芸人などに扮して潜入する。そのため多芸な者が多いのだ。


「笛と踊りなら得意ですけど、リュートは……」


 ジャランと音を鳴らす。どうにもいい音が鳴らない。


「差し出がましいことを言いますが、そのリュート、音があってないかと思いますよ」

「音があうってなに? なににあわせるの?」


 リュカは無表情にテオドールを見てから、優しい笑みを浮かべた。


「テオ様、音には音階というものがあります。ル・ファ・レ・ツ・アー・ザ・シ・ルというのは聞いたことありますよね?」


「ああ、あれか……音の種類のことね……」

「ルが一番低い音で、じょじょに上がっていきます。リュートの弦の音をアーに合わせるんです」

「アーの音に合わせる?」

「よければ、貸してください。私があわせます」


 リュカはリュートを受け取り、ペグを回しながら音を鳴らしていく。その姿は自分以上に様になっていた。


「……楽器の扱い方一つわからないのに、吟遊詩人になりたいとか、バカだと思ってる?」

「誰しも最初はなにもわかりません。学べばいいだけですよ。はい、これでよいかと」


 受け取り、四本の弦を鳴らしたら、今までと違い、気持ちのいい音が鳴った。


「リュカはすごいな……なんでもできる」

「私は蟲として育てられたので、こういう無駄な芸事に通じているだけです」

「いや、本当にすごいよ。俺とは違う」


 言いながらリュートを鳴らしていく。どこをどうしたら、宴の時に見た楽士のような曲を弾けるのかわからない。


「どうして吟遊詩人になりたいと思ったのですか?」

「笑ってたからな……」


 言いながら宴の時の歌を思い出す。


「戦勝の宴でさ、吟遊詩人が歌うんだよ。クッソひどい下ネタの歌なんだけど、それ聞いて、みんなゲラゲラ笑ってさ。そうかと思えば、故郷に残してきた妻や母を想う戦士の歌を歌って、しんみりさせる。誰もが、クソみたいな現実を忘れられた。歌が忘れさせてくれた」


 戦で勝とうがぬぐい切れない不安の中でも、その時だけは感動して素直に泣くことができた。


「敵でも笑わせることができたり、感動させられたらさ、戦なんて必要ないのかな? って思ったんだ」


 苦笑いを浮かべながら「まあ、そいつ、敵側の蟲だったから俺が処刑したんだけど」と肩をすくめる。


「結局、歌も感情も戦争の道具でしかないのはわかってるんだ。でも、歌が武器って、なんかいいだろ? どれだけ全力で使ったって、人を殺せない」

「……歌ではなにも守れませんよ?」

「うん。だから、一人で行こうと思ったんだよ」


 リュカはジッとテオドールを見てから不意に手をつかんできた。


「わかりました。テオ様はなにも守る必要はありません。私がどうにかします」


「なに言ってんの?」

「いわゆるパトロンというやつです。私がテオ様の歌のため、全ての準備を整えます。なんの心配も不要です」

「パトロンって、芸術家に金払う貴族のことだよな?」

「はい。ですからテオ様の歌に私がお金を払います。テオ様が吟遊詩人として大成できるよう、私もがんばります」


「ちょっと待ってくれ! それはいわゆるヒモ……」


「パトロンです」


「いや、待て。落ち着け、リュカ。面倒見るって言ったって、二人とも金なんて無いんだぞ? 冒険者として稼ぐより道はないだろ?」

「ですが、中央は西部と違って冒険者は免許制ですよ?」

「え!? そうなの!?」

「中央では人気のある職業ですし、貴族の子息も冒険者の学校に通うのがトレンドだそうです」


「え? 冒険者の学校!? なにそれ!? あんなの、ただダンジョン入るだけだろ?」


 西部における冒険者の印象は、商人に近い。ダンジョンにもぐって珍しいアーティファクトを持ってきたりする。基本、ダンジョンはその土地の領主のものなので、領主と契約を結んでダンジョンにもぐるのだ。

 当然、アーティファクトを勝手に持ち出せば処刑される。


「アーティファクトが中央では高値で取引されるのは知ってたけどさ、あんなの子供だって拾ってこれるだろ?」

「七歳でダンジョンに放り込まれるのは西部だけですよ」


 西部におけるダンジョンは、貴族や騎士の子供が、元服するまでの間に戦い方を学ぶ場所だ。ダンジョン内に現れる魔物と呼ばれる異形の怪物をひたすら殺すことで、戦うことに慣れさせられる。


 しかも、大人は力を貸さず、子供たちだけで徒党を組んで生き残らなければいけない。だいたい十人に一人は命を落とすが、十歳になる頃には、皆、死生観のぶっ壊れた殺人マシーンの西部騎士になっていた。


「学校に入らないと冒険者になれないってことだよな?」

「そうなります」


 中央の情報を集めていないわけではなかった。だが、集めていた情報は中央貴族の動向だけである。少なくとも、ここ数年、中央の影響力は西部にまで及んでいなかったため、情報収集に割く労力は削っていた。


「……じゃあ、俺、どうやって日銭を稼いだらいいんだ? 冒険者になるまで商人でもすればいいのか?」

「テオ様がそうなさりたいのでしたら、それもよいかと」

「う~ん……まあ、利殖は得意だったけどさ……」


 貴族や商人に金を貸し、利子で儲けていた。相手によっては、けっこうな額になっていたのだが、後の裏工作のために借用書は全て燃やして処分した。


「商人やっていい歌が作れるとは思えないし。吟遊詩人っていえば、冒険者や英雄の歌なんかが人気だし……」

「では、学校に入るよりほかありませんね」

「……金がかかるだろ?」

「お貸できますよ?」


 一瞬、なにを言っているのか判断できず、リュカの顔を見てしまった。


「蟲の巣は中央にもあります。さすがに金銭の贈与となると、いろいろ勘繰られてしまいますが、借金でしたら無利子無担保で可能です」


 道を用意されている。


 リュカの中には既に様々な絵図が描かれており、彼女の狙いどおり動かせられている気がしてならない。リュカの父親はテオドールの家臣だったが、情報戦や謀略の師でもある。

 同じような薫陶をリュカが受けていないわけがない。


「テオ様、勘ぐりすぎです」


「……また俺の心を読むし」

「……こういう聡い物言いはしたくないのです。テオ様がもう少し頭のハッピーな方でしたら、愛嬌だけ振りまきながら、うまく転がしていたのですけど」


 ため息をつきながら苦笑する。


「本当に厄介なお方です」

「楽しそうに言うなよ。まあ、リュカの頭がいいのは昔から知ってるけどさ……」

「うれしくありません。殿方は賢しい女子がお嫌いでしょう?」

「世間一般は知らんが、俺は好きだぞ」

「一応、誉め言葉として受け取っておきます」


 クスリと笑い、続ける。


「私は自分の知っている事実をお伝えしているだけです。こういう風になるだろうな、とは思っていましたが……」

「いや疑ってるわけじゃない。信じるよ」

「まだ私が裏切ると思っているのですか?」


「お前が俺を裏切るわけがない」


「……言い切りますね」

「言い切るさ。俺は信じると決めたら信じるからな。仮に裏切られたとしても、信じた時点でその覚悟は終えてる」


 言い換えれば、ほとんどの人間を信じてはいないということになる。テオドールが信じた人間は亡き実母とリュカ、そしてレイチェルの三人だけだ。残りの人間は全て、それが家族であろうと心を許したことはなかった。


「とはいえ、なにかしら策謀がある気がしてならないのは事実だけど……」

「信じると言ったのに?」

「リュカの言動は信じるが、自分の成すべきことは自分で決めたいだけだよ」


 リュカは含み笑いを浮かべ「そうですか」と肩をすくめた。


「悪いようにはいたしません。私の差配に任せていただければ、中央での身分や生活は保障いたします」

「でも、それって貴族令嬢にたかるヒモじゃあ……」

「私がテオ様のパトロンなだけです」


 とりあえず、そういうことにしておいた。


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