第6話・8/14修正版

 街道から外れ、山道に入ったところでルフは標的であるテオドールを見失ってしまった。ルフは馬から降り、テオドールの足跡を探る。

 幸い、前日に雨が降ったのか、道には馬の蹄跡が残っていた。


(やっぱり感づかれてるよな……)


 小鬼、小魔王、雷鬼、雷槍、血鬼、殺尽騎さつじんき、戦場での通り名をあげればキリがない。戦場で短槍を持つ子供と会ったら、すぐに逃げろと敵方では言われていたほどだ。ルフも遠巻きに一度だけテオドールが戦っている光景を見たことがある。


(……厄介な仕事だ)


 思い返すだけで、背筋が毛羽だった。


 戦場では誰しも雄たけびを上げるし、怒声を放つこともある。テオドールも例外ではなかった。だが、目は常に無感情なのだ。常にここではないどこかを夢想しているかのような目で、敵兵を物のように突き殺し、魔術で薙ぎ払っていた。


 そのうえ、謀略にも長け、敵を騙し、陥れ、味方の被害は常に最小を意識する戦を続けていた。あれで十代だというのが信じられない。少なくともルフは信じたくはなかった。


(あえて山道に入ったと考えるべきだろうな……)


 これから日が落ち、夜になれば、完全なる闇の世界となる。暗殺者として夜目が効くとはいえ、見知らぬ場所では土地勘がない。


「ルフ、わかったか?」

「はい。やっこさん、山道に入りましたね」


 声の主には振り向かず、地面に視線を落としたまま答えた。


「追うぞ。夜になる前に追いつきたい」


 ため息をつきたくなる気持ちを押しとどめ、馬上の主人を見上げる。


「大将、相手はあの雷槍ですよ。あえて山道に入ったってことは、なにか狙いがあるに決まってます」

「そう考えさせて、こちらの行動を遅延させる可能性もある。進むも留まるも、小鬼の益となるならば、少しでも被害を与えてやるしかあるまい」

「そりゃまあ、そうなんですが、もし罠を張られてたらどうしますか? 相手は殺しの天才ですよ? 噂じゃあ、一人で百人殺した戦もあるって言うじゃないっすか……」

「百人は盛り過ぎだな。正確には二十八人だ。ウォルコッツ平野での一騎駆けで二十八人の騎士を討ち取った」


 正直、引いた。

 百人以上殺している可能性がある。


 雑兵ではなく指揮官クラスの騎士を二十八人ともなれば、それだけで戦の趨勢が決まるレベルだ。供回りの雑兵が何人討ち取られたかは考えたくもない。


「こっち八人っすよ? 勝てないじゃないっすか……」

「貴様、それでもフロンティヌス騎士か?」


 常時戦場、平和な時などない西部において、人の命は軽いし、敵前逃亡や弱音は死を招く。だが、合理的に考えて、テオドールは規格外だ。


「あいにく、俺は暗殺専門の毒蟲です。騎士様と正々堂々やりあったって勝てるわけねーっす」

「しょせんは蟲か……」


 フロンティヌスでは間者のことを『蟲』と呼んで嘲る文化がある。暗殺者は『毒蟲』と呼ばれるし、他国でのスパイ活動従事者は『羽蟲』と呼ばれる。


「ええ、はい。しょせんは蟲なんで騎士道もクソもないんすよ。金の分だけ働きます。つーわけで、山道に入るのは反対です」

「逃がせと言うのか?」

「時期と場所を選んでしかけたほうがいいって話だけです」


 一瞬、馬上の主人の顔から血の気がひき、真っ青になる。まずいと思い、ルフは「ま、それでもやるしかないんでしょうね」と苦笑いを浮かべた。馬上の主人は腰間の剣に手をかけたが、その手に力がこもる前に誤魔化せたらしい。


「……当然だ。仮に我々がアルベインに殺されたとしても、我が一族がいずれその首を取ればいい」


 西部の騎士の考えは、みんなこうだ。

 自分の命にさえ価値を置かず、一族の矜持と誇りに重きを置く。長いスパンで夢を抱き、長いスパンで人を憎む。そして、死を恐れる者を蛇蝎の如く嫌うのだ。


(これだから西部は嫌なんだ……)


 主人の顔色が青くなったのは、ブチギレていたからだ。キレると血の気が引くタイプは、基本的には容赦がない。あの時、フォローの言葉を述べていなければ、おそらく首が飛んでいただろう。


(今日が俺の命日かねぇ……)


 そう思いながらも逃げるという選択がないあたり、自分も西部の気風に毒されているのだろう。

 ルフはため息まじりに馬に乗り、主人たち騎士団を先導するように山の中へと入っていく。途中、自分が斥候になって警戒しつつ進もうとしたのだが、主人の「時が惜しい」という言葉で斥候なしに追うこととなった。

 気づけば木陰が濃くなる時間帯。これ以上の追跡は不可能だろう。


「大将、そろそろ野営のことも考えたほうがいいっすね」

「夜の間にアルベインが逃げるかもしれん」

「いくら小鬼でも夜の山を走るほど無謀じゃないっすよ。土地勘があるならまだしも……」

「奴にはある」

「はあ?」


 思わず声を出してしまった。


「以前、中央との境目で戦があった。その時、この辺りを行軍したはずだ。奴なら、土地を把握しているだろう」

「いや、言ってくださいよ! そんなの……」

「言えば、貴様はこうして怖気づいただろう? その時は斬らねばならん」


 お前のためを思ってのことだ、と言いたげな口調に怒りを通り越して呆れてしまう。

 やっぱり西部の騎士はおかしい。命の価値観がぶっ壊れている。


「だったら余計に早く野営を……」


 不意に気づく。


 一人減っている。


「大将、お仲間が減ってませんか?」


 馬ごと消えている。六人の従者たちも、消えた仲間の名前を呼んでいたが、返ってきはしない。


「しかけてきたか……」


 楽しげに口元を釣り上げていた。


「テオドール・アルベイン! いるのであろう!! 我が名はロバート・シュトラウス!! 討ち手である!!」


 堂々と名乗りながら抜剣していた。


「同じ騎士として貴殿には畏敬の念しか感じてはいない。が、主命である!! 貴殿の首、我が功とする!! どこからでもかかってまいれ!!」


 だが、返ってくる言葉はない。

 辺りを警戒しているうちに夜の闇が濃くなっていった。すぐさま松明を用意し、火を灯す。聞こえるのは風と虫の声だけ。


(最悪だ……)


 こっちはもう負けている。


 この状況では、下手に動けない。奇襲があるかもしれないからだ。だが、テオドールはルフたちを相手にせず逃げることだってできる。それがわかっていても、下手に動いて、もし奇襲があれば最悪だ。


 どう考えても戦術的に負けているのだ。


(まあ、逆にいえば、この膠着を守れば、小鬼も手を出せない。少なくとも、死なずにすむか……)


 などと考えているうちにどれだけ時が経っただろうか。完全に夜の闇に飲まれてしまった。


「大将、もう逃げたんじゃないですか? 魔力感知にも反応ありませんぜ?」

「……小鬼も臆病風に吹かれたか。まあ、よい」


 さすがのロバートも苦々しげにうなずく。ロバートが従者に命令をくだし、動きはじめた瞬間、なにかが光った。


 そこでルフの意識は途切れてしまった。


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