第5話・8/14修正版

(多すぎるだろ。十人くらいいるな。しかも、かなりの腕だ)


 テオドールに察知できるだけで十二人。それ以上いる可能性のほうが高い。ため息まじりに酒場で昼食のスープを飲む。毒が入っている可能性も考慮し、警戒も忘れない。


(この数だと人混みを使ってまくのは難しいな。目が多すぎる。手っ取り早いのは、罠を張って確実に一人ずつ排除していくことなんだけど……)


 ため息が出てきた。

 これ以上、人に恨まれたくない。穏便に済ますことができるなら、そちらのほうがいいだろう。


(しかたがない。馬を受け取りにいくか……)


 昵懇にしていた馬喰に愛馬を預けてある。

 とはいえ、表面上は売り払ったという体にしてあった。事前に暗殺者や妨害者が放たれることを予見していたからだ。もし、自分が暗殺者ならば、逃げる者の愛馬になんらかの仕掛けを施すだろう。その被害を掻い潜るために、対外的には全ての馬を売り払っていたのだ。


(でも、こういうピンチも吟遊詩人的にはアリだよな。冒険の歌なんてものも悪くない。いい詩ができそうだ……)


 などと考えつつスープを飲み干し、金を置いて酒場を後にした。

 馬喰街は一区画が馬を扱う市場になっている。青臭い飼葉の臭いと馬の獣臭が漂っていた。厩舎のようにくくられた馬の前で、店主が揉み手で客に対応していた。まるで馬の品評会かと思うほど、多くの馬が並んでいる。


 それも当然だ。


「いやー、最近、領主様の馬がたくさん売りに出されましてね。いい馬がたくさんおりますよ」

「へー、そうなんだー」


 全部、知っている馬だった。テオドールの愛馬ヴィンダールヴもいた。ヴィンダールヴもかつての主人に気づいたのか、視線を向けてくる。


「葦毛の悍馬がほしい」


 その言葉に馬喰の男が、かすかに目を見開いた。気性の粗い悍馬を欲しがる者など、そうはいない。そのため、これをヴィンダールヴ引き取りの符牒としていたのだ。


「……領主様で……」

「元だ。店主から話は聞いているだろ? 実は追われていてな。急いで街を出たい」


 男は真剣な面持ちでコクリとうなずく。


「鞍と手綱もつけてくれ」

「はっ」


 男が持ってきた鞍をヴィンダールヴにかけ「改めてよろしくな」と首を撫でたら、軽く噛まれた。


「怒ってるのか? ヴィン」


 ヴィンダールヴは鼻息を荒くしながらテオドールを見ていた。恨みがましい目である。


「悪かったよ、お前を傷つけた。でも、お前を守るためだったんだ……」


 まだ怒りは収まってなさそうだったが、謝りながらもテオドールはヴィンダールヴに飛び乗った。ヴィンダールヴは前足をあげ、いなないたが、テオドールも慣れたものだ。そのまま「どうどう」と機嫌をうかがうように首を撫でた。見事にヴィンダールヴを乗りこなすテオドールを見て、馬喰の男は目を丸くしてから悲しげな目をした。


「アルベイン様……」

「どうした?」

「今までありがとうございました。西部において、このロムールほど安心して暮らせる土地はありませんでした……」


 男は目に涙を浮かべながらうつむく。


「……ですが、これからどうなるのか。次の領主様はアルベイン様のように慈悲深い方なのでしょうか?」


「俺は慈悲深くなんか無いよ。主君が命じれば敵を殺してきたし、貴様ら領民が蜂起すれば、容赦なく鎮圧してきた」


「それは愚か者たちの暴走故です。アルベイン様は正しいことをなされました」

「いや、正しくはない。俺は間違えた。愚かな者に期待をし、甘えた結果、無駄な血が流れた。もし、俺が今後も領主を続けていたら、もっと厳しくしていただろうな」


 冷酷になったほうが合理的だと判断せざるを得ないのだ。

 例えば、義母とアルベールを粛正し、家中をまとめあげる。スヴェラートは謀殺し、誰の子種でもいいからアンジェリカに子供を産ませて傀儡となる手駒を用意。実権を奪うことは可能だろう。


更に民は生かさず殺さず、適度に苦しませ、力を削いでいく。支配するという意味において、民衆には考える力や戦う力など持たせないほうがいい。不平不満は勝ち戦で発散させるのだ。敵地で乱暴狼藉を許してやるだけでいい。幸い、テオドールは戦がうまい。暴力的な略奪という褒美はいくらでもくれてやれた。

 まるで獣に対する調教と同じだが、民など、そんなモノだという諦めがある。


 それでも、と思っていた。

 思いたかった。


 がんばっていれば、今より少しだけマシな世界があると思っていたのだ。


「……俺は十六だ。次の領主はもっと大人な方だろう。であれば、子供の俺より良き政治を敷くのが当然だ」


「そうだと良いのですが……」

「お前たちを不安にすること、謝罪する。俺にもっと才があれば、このようなことにはならなかっただろう。すまぬ……」

「滅相もございません! 領主様がその気になれば、戦だって起こせたはず。それをなさらなかったのも、一重に私たち民を案じてのことだと聞いております」


 そんなこと言った覚えはない。おそらくリュカたち蟲の情報操作だろう。


「……達者でな。店主にもそう伝えておいてくれ」

「はっ」


 男が深く頭を下げたところで、テオドールは「行くぞ、ヴィン」と声をかけた。待っていましたと言わんばかりにヴィンダールヴが駆け始める。


(次の領主か。まともな人であるといいんだが……)


 フロンティヌス家内に、まともな貴族は数えるほどしかいない。実際、以前の領地では次の領主が悪政を敷き、民の蜂起を招いていた。


(……ロムールも同じ結果にならないといいんだが、なるんだろうな。なる気がする)


 深いため息が出てきた。


 可能な限り善政を敷いた結果、民が虐殺されたり、民に蜂起されたりする世界は本当にクソだと思う。だが、思うだけで、自分にはなにも変えられなかった。その怒りや悲しみを原動力に働いてきたが、やがてはその感情も摩耗し、擦り切れた。


(……強く生きてくれ。今の俺にはそれしか願えない)


 そのまま関所を越え、街道へと出た。


 テオドールの領地は西部の南東にある。フロンティヌス領を出るには、ヴィンダールヴならば半日程度だろう。領外にさえ出てしまえば、追跡の手も緩まるだろうし、領内で迎撃するより、面倒事は少なくなる。


 城壁から少し離れると、山の稜線に白い筒のようなオブジェクトが見えてくる。

 眷属神柱と呼ばれる塔で、ダンジョンと呼ばれる迷宮につながっているものだ。


(冒険者をやりながら吟遊詩人もアリだな……)


 ダンジョン内にあるオーパーツやモンスターを殺して手に入る魔障石を持ち帰り、それを金銭に変える者たちを冒険者と呼んでいた。基本、ダンジョンは領主が管轄するものであり、オーパーツも領主が適性価格で買い上げる仕組みになっている。地方によっては商人ギルドや冒険者ギルドが利権を持っているところもあるらしい。


(元服前に、家臣に連れられて、ダンジョン攻略したよな……)


 西部において貴族の家に生まれた者は、教育の一環としてダンジョン攻略を求められる。ダンジョンを通じて生死をかけた戦い方を学ぶのだ。


(久しぶりのダンジョン攻略か……それも楽しみの一つだな……)


 すぐさま自分が置かれた状況を思い出し、戒めるように苦笑を浮かべた。命を狙われているのに、楽しむことを考えている。これも長い戦場暮らしの弊害だろう。


(フロンティヌスを出て、追手をどうにかしないとな……)


 完全に逃げ延びられればいいが、向こうもプロだ。そう簡単にはいかないだろう。追いつかれれば戦闘になる。場所によっては多勢に無勢で命を失うかもしれない。


(殺していいなら楽なんだけど……)


 問題解決方法の上位に「殺害」という選択肢が出てくる時点で、自分の歪みを自覚する。


 幼少期から軍人貴族の教育を通じて歪められてきているため、己も含め命というものに対する価値観がおかしいのは理解していた。殺したくはない。だが、殺されるくらいなら殺す。殺人は悪だが、生き残るためなら正しい。そこに後悔を持ってくる気はない。


 貴族は騎士として人を殺すことを生業とするのだから。


(まあ、なるようにしかならんか。殺さない方向でがんばるし、死ぬほど考えるけど……本当にどれだけがんばっても無理な時はしかたがない)


 ため息をこぼす。

 覚悟さえ決めてしまえば、あとは自動的にやるだけだ。


(恨みは買いたくないから、殺したくないんだよな……)


 少なくともテオドールが全てを捨てなければ、追手は放たれなかった。言い換えれば、追手もテオドールの我儘に振り回されたことになる。そんな被害者を殺すのは、さすがにどうかと思うのだ。


(現実は残酷だが……それでも、と思い続けるのは大事だよな……ま、それで病んだけど……)


 自嘲気味に笑う。


「……人生、諦めが肝心だよな」


 ポツリと弱音を吐きながら暗殺者の対処法を考えていた。

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