第11話

 ダンジョンからオラハムまでは徒歩で二時間ほどかかるが、馬車の定期便も使われていた。アムリとパーティーを組んでからは、危険だが高報酬の依頼も受けるようになったので、馬車を利用することも増えた。


 オラハムにつき、馬車から降りたところでアムリは「今夜はなにが食べたいですか?」と尋ねてくる。


「野菜とか草。精のつかないもの」

「承知いたしました。精のつく料理を用意します」

「俺の話、聞いてた?」

「では、市場に行きますね」


 と、歩き出そうとする。


「ギルド事務所に行かなくていいのか? 報酬は?」

「何度も言っているとおり、夫婦の共有財産ですのでお任せします」


 アムリのハッピーな妄想を否定するのは怖いので「わかったよ」と肩をすくめてルシアンも歩き出した。そのままギルド事務所に顔を出し、依頼の品であったオークキングの魔障石を提出する。事務員のメリルはルーペで魔障石を確認。


「たしかにオークキングの魔障石ですね。お疲れさまでした」


 そう言って依頼書にハンコを押す。銀貨八枚。合計八万レドだ。二日かかりの依頼だから日当四万。二人で分けると二万レドとなる。経費を抜けば、一万から一万五千レドだろう。


「ついでにいくつか魔障石を持ってきた。買い取ってくれ」


 モンスターを倒すと出現する魔障石には特殊な力がある。人間に天慶スキルがあるようにモンスターにも特殊な力がある。その力の源が魔障石なのだ。要するに天慶スキルが込められた石である。魔障石は他の物質に、その力を添付することができた。いわゆる天慶スキルの付与技術と呼ばれるものだ。


 メタルドラゴンの魔障石には<メタルガード>の天慶スキルが込められており、この魔障石を甲冑にはめ込めば、常にメタルガードの天慶スキルが付与されるアーティファクトになる。

 ポーションなどの魔術薬の原料も魔障石であり、様々なところで重宝されていた。


「三階層以降のものでしたら鑑定しますよ。数が多いようでしたら、鑑定結果は後日になります」


 鞄の中から袋を取り出し、ドンと置いた。


「けっこうな数ありますね。数は把握されてますか?」

「全部で五十七だ。こっちの紙に記載してある」

「またタートルドラゴンを狩ったんですね……」

「アムリがな」

「あの子、すごいですね。あの若さで……」

「勇者になるような奴はガキの頃から、あんな感じなんだって聞いたことがあるけどな……」

「アムリちゃんも、いずれは勇者ですかね~」

「勇者っつーか、魔王って感じもするけどな」

「それは無いですよ。あんなにかわいいのに」


 などとやり取りをしつつ、メリルは魔障石とリストを照らし合わせていた。


「たしかに五十七個ありますね。急ぎの場合は鑑定料割増で優先できますが?」

「いや、通常鑑定でいいよ。いつになる?」

「三日後ですね」

「わかった。それで頼むよ、あと、今回の依頼はアムリの口座と俺の口座に半分ずつ振り分けて入れておいてくれ」

「承知いたしました。では、ここにサインを」


 ギルドは冒険者の銀行も請け負っていた。世界中の冒険者ギルドで金の出し入れをすることができるのだ。その手続きを終え、ギルド事務所を出た頃には夜になっていた。


(明日は引っ越し先を探すか……)


 などと考えながら歩いていき、そのまま裏路地へと入っていった。人目につきにくい裏路地は治安がいいとは言えない。だが、ここ最近はアムリの武名もあって、ルシアンにちょっかいをかけてくる者もいなくなっていた。


 ミハエルに至っては、アムリにぶちのめされて以降、顔を合わせることすらなかった。シャルロットも見かけていないし、灼剣猟団は解散になったという噂も聞いている。騙され、利用されていたとは言え、シャルロットの不幸を願うほど冷淡にはなれない。


(まあ、ミハエルが落ちぶれるのはいい気味だが、俺がやったことでもないしな……)


 今はアムリの傘の下に隠れているが、ルシアンが一人になれば復讐されるだろう。だから、引き続き調子には乗らず、謙虚に生きていこうと思う。


(てか、シャルもどうして、あんなクズとつきあったりしてるんだよ……)


 それがわからない。シャルロットは美人だし、胸も大きい。性格はいい……とは言えなかったかもしれないが、そうだとしてもミハエルよりマシな男はいくらでもいるだろう。


(どうして女って生き物は、顔のいいクズが好きなんだ?)


 と考えたところで、結局、自分も顔が良くて胸の大きいシャルロットという悪女に惚れたのだから同じだ。むなしくなってくる。


(結局、顔か……あと才能と金か……上級冒険者は俺より稼ぎいいだろうし……)


 ルシアンの顔は平凡だし、才能も無ければ金も無い。性格と頭だけはミハエルよりいいと自負しているが、クズと比べてもしかたがない。性格と頭脳にしたって一般的に秀でてるとは思えなかった。いろいろ考えていたら、死にたくなってきた。


 ヘッと歪んだ笑みを浮かべる。


(俺はそういう繁殖とか恋愛のレースから降りるからいいし。ミリス様への愛に生きるし。一生童貞でいいし!! 女なんか! 女なんかっ!!)


 優しく微笑みかけてくれるシャルロットの姿が脳裏を過ぎる。


(それでも大好きだぁぁぁっ! シャルロットぉぉぉぉ!!)


 叫びながら走り出したくなった瞬間、裏路地の先に人影が見えた。嫌な予感がした。


 後ろを振り返る。

 いつの間にか誰かに距離を詰められていた。


(強盗か?)


 とすぐさま状況を把握した。報酬は全て冒険者銀行に預けてあるため、財布の中に入っているのは一万レドくらいだ。


「金が欲しいなら持ってるモノ、全部渡す。だから、ここはお互い無傷で終わりにしないか?」


「できるわけねえだろ」


 その声に目を見開く。


「メガボルト」


 電撃がルシアンを貫いた。体が痺れて力が抜ける。


「てめぇらにノされてから、商売あがったりだ」


 ゆっくり近づいてきた人影はミハエルだった。


「てめぇも、あのメスガキもまとめてぶち殺してやるよ」


 強引に体を引き起こされ、頭からズタ袋をかぶせられた。

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