第10話
雷撃がオークキングを貫いた。一撃で仕留めることはできずとも、動きは止まる。
「はあああああっ!!」
ルシアンは剣を上段脇構えに寝かせ、踏み込むと、その勢いのまま首を刎ね飛ばした。オークキングの首は宙を舞い、鮮血が噴き出す。だが、血はすぐさま黒いモヤとなって消えていった。オークを構成していた肉体も黒い煙となって散っていく。
あとに残るのは漆黒の石。魔障石だ。
「さすがです! ルシアン様!」
「別にたいしたことないっての……」
かかしのように動かなくなったモノを斬るのは、それほど難しくはない。
「お前の魔術が無ければ、俺にオークキングを倒せるわけないだろ」
アムリは頬を紅潮させながら「えへへ」とクネクネしていた。褒められる度にこういう動きをする。
アムリとのダンジョン探索にも慣れてきた。今回は第六階層に出現するオークキングの討伐が依頼内容だ。
(いつ来ても不思議な場所だよな……)
青空を見上げながらそう思った。
ダンジョンは塔の形をした迷宮である。だが、階層によっては空があり、雨が降る。まるで限定的な異空間のような場所なのだ。
ダンジョンがなんなのかはわからない。だが、神の恩恵とも罰とも言われていた。
「やはりルシアン様はすごいと思います! 首を断つのは難しいことですし」
アムリの言うとおり、首を断つのは難しい。
水平に、しかも高い位置を斬るのは人体の構造上、力を込めづらい。そのくせ、首の骨は固い。だが、モンスターを一撃で仕留めるには首を断つしかないのだ。心臓を突いても、失血するまで動き続けるし、足を斬っても魔術で攻撃される。人型のモンスターを一撃で仕留めるための剣術を考え、行きついた先が上段脇構えからの水平斬りだった。体幹ごと回転する捨て身の技であるため、乱戦では使えなかったり、甲冑の構造によってはまったく意味を成さないという弱点はあるが、条件がハマれば確殺で仕留められる。
「それに毎日稽古も欠かさず続けられておりますし、ルシアン様は本当に努力家だと敬服いたします」
「まあ、
ちなみにシャルロットがこの技を
「そうやって研鑽されるのが、すごいと思います!」
「お前は手刀でスパスパ斬るじゃないか。そっちのほうがすごいだろ」
「えへへ……ですが、私の技術は全てルシアン様から教えていただいたモノです。私がすごいのではなく、ルシアン様がすごいのです」
「教えた記憶は無いけどな……」
テキトーに聞き流した。
アムリは未だに自分が未来から来たという妄想を口にしている。そういう話の通じないところに未だ恐怖を感じるのだ。
「依頼された魔障石も手に入りましたし、帰りましょう!」
アムリを先頭にしながら二人は帰路につく。
「帰ったら、俺は引っ越しする」
「今のままでよいかと思います」
「お前があの家で暮らしたいなら好きにしろ。俺が出てく」
この世の終わりとでも言いたげにアムリは愕然としていた。
「……私のことをお嫌いになられましたか?」
一気にテンションが下がっていた。変なことを言って逆上させたら、命が危うい。殺される、と思い「そんなわけないだろ」とルシアンは引きつった笑みを浮かべた。
「お前には感謝もしてるし、尊敬もしてる。ただ、ほら、一緒に暮らす理由は無いだろ。それに同じベッドで寝るのは不健全だ」
「妻ですから問題ありません」
笑顔の拒絶である。
アムリは大概の要望を聞き入れてくれる。
だが、妻関連の権利に関しては頑なに譲ってくれない。例えば、アムリのほうがどう考えても働いているし、後でブチギレられても怖いから報酬は六対四で分けようとしても「夫婦の共有財産です」と言って、一緒にする。当然、同衾やスキンシップは正当な妻の権利だと言って、譲ってくれない。
「それに個室を用意したとしても、あまり意味が無いかと思います」
「いや、個室の多い場所に引っ越すんじゃなくて一緒に暮らすのがだな……」
「ルシアン様の嫁は私だけではないですよ。皆様、ルシアン様のもとを目指しているはずですし」
またいつもの妄想だ。
アムリが嘘をついているならいい。だが、いつだって真っすぐな瞳で、さも真実かのように話すから怖いのだ。狂気を感じてしまう。
「最終的には百人越えていたはずです。全員に個室を用意するのは大変かと思われます。中には王族や魔王に勇者もいらっしゃいましたし」
かつて精神的にやられた冒険者に会ったことがある。被害妄想全開のヤバい奴だったが、その妄想を否定すると大暴れしてわめいていた。だから、テキトーに話を合わせるしかない。
「そいつはすごいな。でも、百人以上の嫁とかミリス教徒としてどうなんだ?」
「未来のルシアン様はミリス教徒ではありませんでした。無神論者です」
それこそありえないが「へ~」とテキトーに受け流した。
「他の皆様も早く到着されると良いのですが……」
「でもさ、本当にいいのか?」
言葉を選びながら疑問を口にする。
「俺にはたくさん妻がいるって言うけど、お前も俺の妻ってことになってんだろ? 普通に考えて夫が自分以外の女を愛するとか嫌じゃないのか?」
「嫌ではありません。むしろ喜ばしいことです」
笑顔で言っていた。
「私、寝取られ好きなので」
笑顔でなにを言っているのか、わからなかった。
「は?」
「私、ルシアン様を多くの方に寝取られたいと思っているので安心してください」
安心できない。なに言ってるんだ、この十二歳児。
「特に目の前でルシアン様が他の方を御寵愛なされているのを見るのが好きなんです。とても好きなんです! 切なさと愛しさで、滾るんです!!」
恍惚とした笑顔でよだれを垂らしていた。
「特に好きなシチュは私がルシアン様を驚かせようと隠れていたのに気づかず、他の奥様に甘い言葉をささやきながら、私にはしてくれないような優しい愛撫と睦言を! 私は出るに出られず、私より愛している方がいるのだと思うだけで心が打ち震えるんです! 切ないっ! でもいいっ!!」
アムリの熱量がルシアンには怖かった。
童貞であり、敬虔なミリス教徒にとって不徳と不貞と淫奔を喜ぶなど、あまりにも教義に反する。しかも、そんな不埒なことを十二歳の少女が口にするのだ。異文化理解がオーバーフローを起こしていた。
「女って怖い……」
「ルシアン様! どうしたのですか!? なぜ泣いているのですか!?」
「……もう一生童貞でいい」
「ルシアン様! どうしてナイフを股間に向けるのですか! やめてくださいっ!!」
アムリに止められ、どうにか正気に戻ったところで、ルシアンはため息をついた。
「異教徒を否定する気は無いが、もう少し節度を持ってくれ。俺はミリス教徒なんだ」
「失礼いたしました。でも、私のことは気になさらないで大丈夫ですよ。他の奥様たちも多かれ少なかれ、寝取られを楽しんだり、寵姫同士で愛し合ったり、いろいろ耐性を持っていますので」
「やっぱり女が怖い……」
アムリと出会ってから、そろそろ一月経とうとしているが、ルシアンの女性不信は治る気配が無かった。
むしろ悪化していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます