5-2.「"一瞬の中の、永遠"」

西日を反射して、キラキラと光り輝く御井豆の海。ざざぁ、と波の音が耳に心地よい。


 特大サイズのレジャーシートをひいて、カイトとリョウが持ってきたスナック菓子を開封。着替えや片付けを終えて戻ってきた優雅も合流し、ポテトチップスやクッキーをつまみながら、5人はお喋りを楽しんだ。


「それで玲香ちゃんと2人で学校をずる休みして遊びに行って……」

「カラオケ行った時さ、真夏が歌えないくせに英語の曲チョイスしてさ……」


 通っている学校の話や趣味の話、面白かった出来事など、話は尽きない。盛り上がるにつれて、どんどん日も沈んでくる。


 どのくらい話しただろうか。リョウがカイトと真夏とボウリングに行った時の話をしていると、アナウンスが聞こえた。花火大会がそろそろ始まるらしい。スマホで時間をチェックした真夏が、20時まであと5分だよ、と教えてくれた。隣に座っていた菜々が真夏のスマホを覗き込む。


 MCのラジオを聞いているとすぐにカウントダウンが始まった。


「じゅう、きゅう、はち、なな……」


 テンションの高いMCが、10秒からカウントダウンする。


「ろく!ご!」


 真夏の声が重なる。もちろん皆もそれに続いた。菜々は玲香と一緒に手話でカウントダウンしていた。


「よん!さん!に!いち!」


 瞬間、どん、と低い音が体に響き––––


「わああ……っ!!!」


 夜空に満開の、花が咲いた。


「うおお……!綺麗、ねっ菜々ちゃん」


 隣に座っていた菜々の肩を抱き空の鮮やかな光を指差す真夏。


〈綺麗〉


 菜々も頷き、手話で答えた。表情と唇の動きで菜々の言いたいことが分かったのだろう、だよね、と言いながら真夏は菜々の頭をぽんぽんと撫でる。


 玲香はカイトが買ってきてくれたお菓子をつまみながら、もう片方の手をこっそり菜々の手に重ねた。菜々もそれに気づいたようで、ぎゅっと手を握り返してくれた。

 ふたりが手をつないでいることに、皆は気づいていない。 玲香は空の花火を見上げながら、菜々の手の温もりを感じていた。


「玲香ちゃんってさ」


 横から突然カイトに耳打ちされてびくっとする。


「付き合ってるの?……菜々ちゃんと」

「えっ」


 慌てて菜々と繋いでいた手を離す。振り返ると不思議そうにこちらを見る菜々。


「そ、そういうわけじゃ」


 何で否定してしまったんだろう、と思う。いや、別に実際付き合ってるわけじゃないし……でも、菜々のことは友達以上の存在だと思っていたから。


「ふーん……いや、前から気になってたからさ。……まあでもどちらにしろ、好きな人と一緒に綺麗なものを見れるのは幸せだよね」

「は、はい」


 戸惑いながらも答えると、ぽんぽんと頭を撫でられた。


「応援してるよ」

「えええっ!?……あ……ありがとうございます……?」


 戸惑いながらも、そう言ってもらえて嫌な気はしなかった。玲香がそっと菜々と手を繋ぎ直すと、菜々もそれに応えてくれた。


 花火が上がるたびに、周りから歓声が上がる。小さな男の子が、あっハートの形だ!とはしゃいでいる声が聞こえる。


 がやがや賑わう会場に響く音、その中に自分たちもいて。


 こんなふうに友達と大人数で楽しく花火を見るなんて、縁のないことだと少し前まで思っていた。


 奇跡––––その表現がしっくりくると思った。


 縁がなければ決して出逢わなかったであろう自分たちが、こうして今一緒に同じ空を見上げて、同じものを綺麗だと言えるなんて。


 こみ上げてくる感情に浸りつつ花火を見上げていると、突然とてつもなく壮大な何かを感じてぶるっと身震いする。このままあの夜空に、この空気に、無限の中に吸い込まれていきそうな、そんな感覚。


〈大丈夫?〉


 すぐに菜々が心配そうにこちらを見る。

〈大丈夫だよ。ちょっとぶるってしただけ〉

〈風邪?熱ある?〉

〈大丈夫だと思う。……たまにない?そういうこと〉

〈うーん……わかんないなあ〉


 おかしそうにクスリと笑う菜々。しかしその向こうで自分たちの会話を見ていたらしい優雅は「なんかわかる気がする」と同感してくれた。


「小さい頃、キャンプに行ったときにさ。芝生に横になって夜空見上げてたら、急にすごく怖くなっちゃって。で、めちゃくちゃ自己分析するんだけどさ、僕はその向こうにある宇宙まで感じちゃって、その広がりと自分を比較したときに差が大きすぎて怖くなったのかなって……」

「あー」

「アペイロフォビアってのがあって、まあ訳すと無限恐怖症って言うんだけど。それじゃないけどさ、似たようなものなのかな?なんていうか……」

「わかる気がする、その感覚」


 優雅の意見に真夏もカイトも同意する。その隣でリョウも頷いている。


「怖いよね。得体の知れない大きいものってさ」

「でもそれを綺麗だとも思ってしまう、不思議だよね」


 花火がひとつまたひとつと咲いていく。眩しいくらいにキラキラと、光を放ちながら。

 でもその度に消えていく。

 これは、儚いからこそ綺麗なのだ。

 きっと、あの日の夜の桜と同じように。


「……儚さにも似たようなものを感じてしまうんですよね、私」


 玲香は呟いて、ふっと少し口角を上げた。無限と儚さは単語の意味としては真逆のはずだから。

 それでも。


〈ほんの一瞬の中にも宇宙ってあるんですね、きっと〉


 隣で菜々が微笑む。

 色とりどりの煌めきの中で。無限の選択の中の、一瞬の奇跡の中で。

 決して出逢うはずのなかった6人は、手を繋いで、同じ空を見上げていた。



 第一部が終わり、第二部が終わり、いよいよクライマックスの第三部が始まろうとしたところで、ふと優雅が立ち上がった。


「ごめん、ちょっとダチが呼んでるから行ってくるわ」

「お友達?」


 思わず聞き返す玲香に、リョウが「ああ、奇術部の?」と返す。


「そうそう。……あ、玲香ちゃんと菜々ちゃんにはいってなかったっけ。僕が今回ステージに出たの、波瀬大学奇術部としてだったんだよ。僕がトップバッターで、後に出てたのが友達と先輩なんだけど……なんかトラブルっぽいから、行ってこなきゃ」


 ごめんね、と断って手を振りながら、優雅はその場を去っていった。


「あいつさ、たまにあるんだよね。よくわからない芸能事務所にスカウトされるとか、一目惚れされて酔った女の子にしつこく絡まれるとか。今日のもまたそっちの類じゃないかな?」

「出演してた人がみんな呼び出しくらってるなら、また別のことじゃない……?」

「小道具がなくなったとか?前に、共用のものでなくなった小道具をうっかり優雅が持ってたってこともあったからしいからなあ」

「ええ……大変じゃないですか」

 〈心配〉


 リョウとカイト、真夏の意見はそれぞれめちゃくちゃに大変そうで言葉を失う玲香。菜々も口をあんぐり開けている。


「ま、そのうち帰ってくるって。楽しもうぜ」


 真夏の一言で、玲香も菜々も再び花火を楽しむ姿勢に戻った。



 花火が終わってわらわらと人が散り始めた海岸。

 玲香たちも帰る準備をしていると、突然、真夏がズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。


「ごめん、電話」

「おう」


 4人から少し離れて、何か話している。内容は聞き取れないが、時折ちらちらとこちらを振り返る。

 何だろうね、と話していると、真夏が小走りで戻ってきた。


「菜々ちゃん!奇術部の人たちが菜々ちゃんにお礼したいんだって。こういうステージに部として出たのも、人をあげたのも初めてだったらしくて……どうしてもっていうから、ちょっと来てくれる?」


 〈わたし!?〉


 良かったじゃん、と言いながら、菜々に手招きする。不安げに振り返る菜々にリョウとカイトが「いいじゃんいいじゃん」「いってらっしゃい!」と声をかける。慌てて立ち上がり、下駄を履く菜々。


「じゃ、ちょっと行ってくるわ。俺菜々ちゃん連れてくから、リョウ、カイト、玲香ちゃんお願い。こっちは遅くなるだろうから優雅の車で送らせるよ」

「了解。行ってらっしゃい〜」


 本当はついていきたいけれど、奇術部の人たちも菜々にだけしかプレゼントを用意していないだろう。部員さんにも菜々にも、気まずい思いをさせてはいけない。


 手を振るカイトたちに合わせて、玲香も手を振った。

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