5-1.「楽しんで」

 いつもは穏やかで広々とした御井豆のビーチやその周辺は、今日は音楽が鳴り響き、屋台と人で溢れかえっていた。


 玲香は長い髪をお団子にまとめ、昨日着付けを練習した、水色の浴衣を着ていた。髪飾りはもちろんセットのシュシュ。ほんの少し、お化粧もしてきた。菜々に可愛いと熱賛されたので、今日の目標は半分クリアしたようなものだった。


 一方の菜々は紅の浴衣に、金色の花のヘアピンでサイドの髪を留めていた。普段とはまた違った、華やかな雰囲気。こちらも玲香に褒められて上機嫌である。


 〈ついにきたね!花火大会!〉

「うん!!あ、今何時?」

 〈えーと……4時30分〉


 今日は懐中時計を首から下げた菜々が、時刻を確認した。

 花火大会のこの日は、いつもチャットで話している人たちとのオフ会の日でもある。約束は5時半。まだ1時間もある。


「余裕だね」


 りんご飴に佐世保バーガー、金魚すくいにおもちゃくじ。屋台をチェックしながら、人混みの中を歩いていく。


「今年も人多いね……なんか逸れそう」

 〈玲香ちゃん、手繋ごっ〉


 はしゃぎながら玲香の手を掴む菜々。まるで小さい子供とお母さんのようだな、なんて思いつつ、玲香もその手をぎゅっと握り返した。


 屋台はどこも行列ができていた。30分かけてたこ焼きと冷やしパインを買い、食べながら歩く。ステージではちょうど高校生のバンド演奏が始まったらしく、楽器やドラムの音が聞こえてきた。


「ん、5時15分だ」

 呟く玲香。

「覚えてるの⁉︎」

「大体ね。ちなみに約束の5時半からはマジックショーがあるよ」

「へぇ……すごい」

 さすが玲香、完璧にプログラムを暗記している。


 少し歩くと、ステージで演奏する人たちの姿が見えてきた。ステージの下にはたくさんの人が集まっている。テレビがついた大きな車が横に止まっていて、後ろの方の人もステージでの様子がよく見えるようになっていた。


「これ……私たち、みんなを見つけれるかな?」

 〈人多いよね。本部らへん集合ってことだったけど……〉


 ふたりできょろきょろしていた、そのとき。


「玲香ちゃん、菜々ちゃん」


 後ろで呼ぶ声が聞こえ、とんっと肩を叩かれた。振り返るとそこにいたのは……


「あっ、狐!」


 色違いの狐のお面をつけたリョウとカイトだった。後ろから真夏もひょっこりと顔を出す。


「やばいめっちゃ似合ってる……!!」

 〈すき!!!!!〉


 イケメンがお面をつけるだなんて、かっこいいに決まっている。 目を輝かせる玲香の隣でどストレートに告白する菜々。


「ありがと……いや恥ずかしくて取りたいんだけど。なんか真夏にこれつけろって言われてさ?あいつもう買ってきてたから、つけるしかなくなって」

「それ、もう買ってるっていう圧力が……」

「圧力じゃねえよ買ってあげたんだろ」


 得意げな真夏に苦笑いする兄弟。 なるほど、やはり真夏はなかなかやり手である。


「そういえば優雅さんは?まだいらしてないですよね」


 玲香の問いに、真夏は一瞬、目を逸らす。


「優雅はその……遅れるって」

 〈えー、大丈夫かな〉

「大丈夫だろ。それより、今からステージでマジックやるみたいだよ、見ない?」

「見たい!!」

「よーし、じゃ、行くか!」


 玲香と菜々を連れて歩き出す真夏。側から見ると仲のいい三兄妹みたいだ。後ろを歩くカイトとリョウも思わず微笑む。


 真夏はステージのすぐ前、最前列に二人を連れて行く。真ん中の辺りは小さい子たちがうろちょろしていたので、端っこの方のスペースに陣取った。


「こっちの方が見やすいだろ!ほら、カイトたちもこっちこっち!」


 後から来た3人を呼んで真夏がステージを指差す。ちょうど音楽が流れ始めたステージ上では、全身を白い衣装に身を包んだ美青年が恭しく頭を下げるところだった。耳を隠すほど長い髪は、遠くから見てもさらさらで綺麗……


「……って優雅さん!!?」


 叫ぶ玲香の隣で息を飲む菜々。そんなふたりの反応を見てリョウとカイト、それから真夏は目を見合わせて満足そうに笑う。


「どっきり大成功!」

「嘘でしょ……優雅さんマジシャンだったの!?」

「一応ね。事務所にも所属してるし、たまに不定期でバーとかでマジック披露したりしてるんだ。まああのルックスだからねぇ、ファンも多いよ」

「へえ……」


 真夏の解説を聞いている暇はなかった。ステージの上でライトを浴びる優雅は本当にかっこよくて……


 白い布を取り出し、それを一瞬で白い鳩に変えて見せる。鳩を指に乗せて観客に見せるとたちまち会場は拍手に包まれる。優雅は微笑んでから鳩を籠に入れた。


 次に両手に取ったトランプをパッと扇状に広げる。そしてそれを一瞬で消して見せた。その広げ方も慣れている風で、かっこいい。


 彼の手には何もない……はずなのに、手の中から一枚のトランプが出て来た。そのカードをひらひらと足元に落とす。もう片方の手からも同じようにカードが出てきて、またひらひらと足元に舞った。

 次から次へと、何もないはずの手の中からカードが現れては、まるで桜の花びらのように舞って落ちて行く。観客から、おお、と歓声が上がった。


「すごい!何処から出て来てるの」

 〈魔法みたい……〉


 玲香も菜々も見惚れてしまう。

 と、ステージの上の優雅がパンっと手を叩いた。


「次は、僕が指名した方に少しだけお手伝いをしてもらおうと思います。では……そうですね、そこの赤い浴衣にお団子ヘアのお嬢さん」


 優雅が指したのは菜々だった。悪戯っ子のような笑みを浮かべる優雅だったが、思いもよらぬ展開に菜々はパニックだ。


 〈ええっ、わたし!?〉

「すごいじゃん菜々ちゃん!行ってきなよ!」

「菜々ちゃんファイトー」


 カイトたちの言葉に背中を押され、菜々はステージへ。


 手を差し伸べると同時にさりげなく胸のマイクに手をやる優雅。スイッチをこっそり弄ったのが近くで見ていた菜々にはわかった。手を取って階段を上る菜々の耳元に優雅がそっと囁く。


「大丈夫。リラックスして……楽しんで」

 ステージに上がると、たくさんの視線が自分に集まっているのが分かった。ライトの眩しさに視界が白くなると同時に頭も真っ白になる。菜々は優雅が先ほどかけてくれた『楽しんで』という言葉を頭の中で何度も繰り返していた。


 菜々が助手として参加したのは、人が消えるマジックだった。客席から見ると菜々が消えたように見えたらしい。自分はずっとそこにいるのに、消えたと騒ぐ観客の声に菜々は不思議な気持ちになった。同時にちゃんと成功しているんだなと思って安心もした。緊張しすぎて何かやらかすと思っていたから……


「ありがとうございました!」


 観客たちの歓声と拍手に包まれながら、菜々はステージを後にした。


「菜々ちゃんお疲れ!めっちゃ凄かった!!!」


 戻ってくるなり、菜々に抱きつく玲香。


「ありがと!楽しかったけど緊張したよー」

「俺、タネ見破ろうと思って見てたんだけど、ダメだった……」


 悔しがるリョウを見て、当たり前だろ、と笑う真夏。


「じゃ、これからどうする?まだ花火までニ時間あるけど……このままステージ見るも良し、屋台を回るも良し、早めにビーチに行って場所取りするも良し。玲香ちゃんたちはどうしたい?」

「場所取りしつつの遊びつつのお喋りしたい!」


 玲香のこの返答で、一行は人混みを抜け、ビーチへ向かった。

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