4-2.「ちょっと頼みたいことがあるんだ」
プルルルル……プルルルル……
呼び出し音が数回鳴ったあと、その音が途切れて「はい」と声が聞こえた。
「リョウ?……真夏だけど。開けてもらえる?」
「はーい」
返事が聞こえると、すぐに目の前の自動ドアが開いた。
このアパートの3階にリョウとカイトの部屋があった。同じアパートの隣同士……物資等やりとりを簡単にできるように隣にしたらしいが、本当に仲のいい兄弟だ。
エレベーターで3階まで上がると、長い廊下を歩く。
西日の強い光が、真っ白な壁をオレンジ色に染めている。相変わらず蝉の鳴き声が煩くて、真夏は汗を拭きつつリョウの部屋のチャイムを押した。
「やあ」
出てきたのはカイトだった。リョウが自分が来ることを伝えてすぐ来たのだろうか。
「まあまあ、上がって上がって。酒とか買ってきてるよ」
「おっしゃ!ありがと、今夜は宅飲みパーティーだ?」
「そうだね。兼打ち合わせかな、明後日の」
カイトが冷房の効いた室内に案内してくれる。
「あ、やっと来た」
「やあやあ真夏」
もう既に中にはリョウと優雅がスタンバイしていた。この部屋に来るのもなれていた真夏は、ベッドの脇にリュックを放り投げてローテーブルの前に座った。
テーブルの上にはコンビニの袋が置いてあって、大量のお酒とおつまみが置いてある。リョウが袋の中身を出してテーブルに並べていっていた。
「うおお、すげえ……めっちゃある」
「真夏が遅刻するからさ、もう買ってきちゃったよ」
「ごめんって」
缶を持つ4人。みんなが揃ったことを確認すると、誰からともなく、乾杯、とその缶を寄せる。
「実はちょっと玲香ちゃん送ってきててさ」
「お、玲香ちゃんと会ったの?」
酒を飲みながら、玲香という単語に反応したらしい優雅がテーブルの向こうから身を乗り出す。
「うん」
「元気そうだった?」
「うーん……あまり」
「えっ!?何かあったの」
今度はカイトが反応する。みんなあの中学生ふたりのことになると顔色を変えるのは、それだけ彼女たちを大切に思っているからだ。
「あったよ。一大事」
そんなみんなの思いを知っていながらニヤリと笑う真夏。そして。
「恋煩いだよ」
「は!?」
「ちな相手は俺な」
ぶっ、とリョウが盛大に吹き出した。
「どこをどう勘違いしたらそうなるのさ?てかポジティブ思考過ぎません?」
「玲香ちゃんが可哀想だからやめてあげなって」
「えー、みんなひどぉい!まふゆちゃん泣いちゃうぞっ」
笑いながら、そこにいる皆、今までにない充実感を感じていた。
真面目で穏やか、美形なそっくり双子と有名なカイトとリョウ。その落ち着いたミステリアスさとマジック好きが相まってきゃあきゃあ言われることの多い優雅。とにかく明るく奇抜な性格で人気者の真夏。
皆それぞれ、友達も多かったし、女の子から言い寄られることも多かった。でも興味を示さなかったのは、計算とかステータスとか、自分の利益のためとか……その裏にあるもののどす黒さを知っていたから。
もう懲り懲りだった。そんな彼らの前に現れたのが、あの中学生ふたりだった。
彼女たちには自分たちの周りの女子たちのような闇はなく、その言動、悩みでさえ、真っ白で綺麗だった。いじめやスクールカーストなんかよく聞く話だ、今どき中学生でもそんな子は珍しい。
あのふたりの、汚れのない笑顔が好きだった。周りの人やものはもちろんのこと、お互いを何よりも大切にしている、その慈愛に満ちた心が好きだった。
単位とか自分の利益のための友達じゃない。SNS映えと計算で埋め尽くされた恋愛じゃない。そういうのに結びつけられない、純粋な好意のうえに成り立つ友情。
「まあ、冗談は置いといて……大切にしたいことには変わりないんだよな」
「それな。……あの子たちと出会えて、本当に良かった」
たとえそれが約束された出会いだったとしても。下心たっぷりで近づいていたとしても––––。
––––一人暮らしのはずなのに親からの電話によって未だに門限に縛られているという優雅が先に帰った後。真夏はまだ部屋に残って、リョウとカイトと話していた。
「あいつには真夏から伝えてもらうくらいで丁度いいよ。ここで何を話したか……」
ふっと目を伏せて口の端を上げるリョウ。何か含みがあるような、黒い笑みだった。真夏はごくりと唾を飲み、自分のスマホを胸の前に掲げる。
「……一応、お望みのデータはここにあるよ」
「ありがとう。俺のスマホに送ってもらっていいかな」
「勿論」
聞いている間リョウもカイトも無言だった。音声が終わった後、リョウが小さく「やっぱりね」とこぼす。
「確実に黒だ」
「……だと思った、僕も」
しばらく誰も何も言わなかった。どうしよう、なんの話を振ろう……無言の空間が苦手な真夏はとりあえず何か喋ろうとする。
「そういえば菜々ちゃんにも会ったんだ。今日」
「そうだったんだ。菜々ちゃんは元気にしてた?」
「うん。でも病院行くって言っててあまり話せなかったかな」
「え?病院って大丈夫なの。心配だな……聞いてない?」
「どこか悪いわけじゃなくて薬もらいに行くだけみたいだった」
「ああ……通院か。あの子も持病大変そうだしね。発声障害もそうだけど、他にも色々あるみたいだし。可哀想なくらい虚弱体質なんだよな」
「え、そうなの」
「うん」
それからリョウはいくつか病名を挙げた。体が弱いことは知っていたけど、具体的な病名は初めて聞いた。
「あとさ、俺ら思うんだけどさ。あの子も完全に声が出ないって訳じゃないと思うんだ。これは推測だけど」
「え、そうなの?喋ってるの聞いたことないし、いつも筆談とか手話とかしてるけど……」
「うん、だから実際ほとんど発声できないんだろうな。一応声は出るけど相手に言葉として伝えるには聞き取れないみたいな。だからどうしても手話とか筆談になるんだろう。仕方のないことだとは思う」
「へえ……でもなんであの子の病気のことをお前らが知ってるわけ?しかもそんな詳しく」
真夏が突っ込むと、発言者のリョウはため息をついて。
「ま、把握済みってとこだよ。持病のことはもちろんその薬も、薬理作用も全部ね」
「ガチストーカー怖っ」
そうだった、忘れていた。この兄弟、元はといえば菜々のストーカーだったのだ……まあ別に彼女自身に執着があるわけではないので、ストーカーと言ったら語弊があるかもしれないが。しかしこのふたり、飲んでいる薬まで全て把握済みとなると……
「それ、悪用しようと思えばできるやつじゃん」
「やだなぁ、なんでそういう発想になるかなぁ。悪用する気なんてないよ、これっぽっちもね」
真夏は脈が次第に早くなっていくのを必死に隠しつつ、へらりと笑ってみせる。
「ま、そうだよな。てかどこからその情報仕入れたんだい」
「黙秘権を行使する。それよりふたりとも元気みたいでよかったよ」
「は!?なんだよそれ……まあいいか。あ、ついでにさっきしてた玲香ちゃんの話に戻るけど、 心配してるよって話もした。ほらこの間話した……玲香ちゃん大人すぎるって話。本人は否定してたけど」
「うーん、自覚がないのも怖いよね。知らないうちに負担になってて爆発しちゃわないかな……まあでも、どっちにしろ玲香ちゃんはすごいよ。俺中学の頃あんなしっかりしてなかったしさ」
「僕らが少しでも支えになれてたらいいね……」
菜々への異様なまでのストーカーっぷりを発揮した直後に本気で玲香を心配している。何なんだこいつら……ここまで来ると菜々個人に何か恨みがある説を疑ってしまう。
「そうだ、あの子たちといえば」
カイトがクイっとお酒を飲んで、ことんとその缶をテーブルに置く。
「明日の花火大会のことなんだけど。夜出歩くことになるだろうから、絶対にあの子たちを一人にさせないようにしなきゃなって思ってる。周り気にして、変な人いたらさりげなく庇ってあげるとかさ……何かあったら大変だから、そこは徹底したいなって。そこんとこよろしく」
「うん、了解。優雅にも伝えとくよ」
「ありがとう。……多分あの子たちだって、チャットで出会った人たちとオフ会で花火大会に行くなんて親には言えてないんだ。だから……って言い方も変かもだけど、僕らが責任持ってあの子たちを守らなきゃ、ね」
……は?
そう思うと同時に、真夏は自分がまた妙な興奮を感じていることにも気づいていた。夜にこっそり女子中学生を連れ出して花火大会へ……いけないことをしている感が半端ない。
「……で、本題に入るけど」
「本題?」
「さっきのデータのことだよ」
「ああ……」
真夏はため息をついた。冷静を装いながらも興奮に全身が痺れ、心臓がドクドクと音を立てているのを感じていた。
これは……このデータは、やばい。
あの時ーーーー玲香とレンタルショップの裏側で話していたことを録音していたデータ。
彼女が“夜桜屋”であることを確証付けるあのデータ。
「最初にも言ったけど……これを踏まえて、ちょっと頼みたいことがあるんだ」
––––こうなる前から、もうおかしかったのかもしれない。まともなように見えて、狂っていた。それが表面に出ていなかっただけなのだ。
おかしくなったのは、狂い始めたのは。
いったい、いつから。
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