3-3.「"小悪魔な時計"」

 今日はリョウは車を使わず徒歩でバイトに来ていたそうで、スターモールまでは徒歩だった。乗せてあげられなくてごめんねと謝っていたが、曇っていて日差しも少ないし、このレンタルDVDショップからスターモールまでは近いのでそこまで不便ではない。


 歩くペースを合わせてくれたり、道を歩くときさりげなく車道側を歩いてくれたり……一緒にいればいるほど、彼らは本当に優しいなと思う。もちろん最初は不安もあったが、ネットで出会った人とのオフ会は危険だなんて一概には言えない。玲香は半歩駆けて、リョウの隣に並んだ。


「でも大学生ってもっと忙しいんだと思ってました。勉強とかサークル活動とか……。だからこんなに私たちに時間割いてくださって、しかも今日の今日予定入れてもみんな来てくださるなんて思わなかった」

「いやいや、大学生の夏休みはまじ暇だよ?宿題もないし……。俺も真夏もサークルはゆるいとこに入ってるし、それでなくても中高の部活よりかは全然ゆるい」

「そうなんですか!てか夏休みの宿題ないんだ」

「うん。だから夏休みはずっと家でゴロゴロしたり、真夏とかと遊んだりなんだよ」

「へぇ……いいなぁ。じゃあ彼女は?」

「うぐっ、そこ聞く?俺は昔いたけどもう別れたよ。 真夏は変人すぎて見向きもされない……」

「あ?今なんか言ったか……?」

「ひいい、気のせい気のせい!」


 真夏の殺気に慌てて手を振るリョウ。そんなふたりを見て菜々がクスリと笑う。玲香も笑って、それから少し遠くに目をやった。


 ––––平和だな……先程夜桜の一件で取り乱してしまったのを忘れてしまうくらい、平和。


「まあチャットメンバー全員フリーだから気遣わなくても大丈夫だよ。俺ら今は玲香ちゃんたちと遊ぶことがいちばんの青春だから!どんどん予定入れてこうぜ!」

「はい!ありがとうございます」


 スターモールに着くと、カイトと優雅と落ち合うため約束のカフェに向かう。ドリンクを奢ってもらえることになった玲香と菜々は同じ期間限定のラテを選んだ。ホイップをたっぷり乗せてもらって上機嫌なふたりを見て、仲が良いなと微笑むリョウと真夏。リョウはコーヒー、真夏はキャラメルマキアートを注文して4人でたわいもない話をしながらゆっくり時が進んでゆく。少ししてカイトと優雅も到着し、合流した。


 皆で店の中を歩く。ゲーセンに向かう途中で気になった雑貨屋に寄ってみる。男女問わず立ち寄れる雰囲気で、変わったお菓子から最近話題の漫画までいろんなものが売ってある。通路が狭いため流石に団体行動はできず、各自それぞれ好きなものを見て回ることになった。


 最初は菜々と回っていたが逸れてしまった。菜々の姿を探しつつひとりでぶらぶらしていると優雅を見つけた。特徴のないモノトーンコーデだと後ろ姿では分からないことも多いけど、優雅の場合はこの季節にひとりだけ長袖のパーカーを着ているし、男性にしては長い、それでいて整えられたさらさらな髪が特徴的だからすぐわかる。


「わっ」

「うわっ!?」


 後ろから背中をとんと叩いてみると、あからさまにびくっとする優雅。


「玲香ちゃん」

「菜々ちゃん探してたら優雅さん見つけちゃいました」


 えへへ、と笑って見せると、優雅も目を細める。この笑顔……ゆいが見たらイケメンすぎて気絶するレベルだろう。


「てか優雅さん、いつもそのグレーのパーカー着てますよね。暑くないんです?」

「んー、これが好きなの」


 そういえば会った時も同じパーカーを着ていた。少し薄手の、グレーのパーカー。もちろん無地だ。それでも元が美青年すぎて似合ってしまうからすごい。


 ふと見ると菜々がレジの前に立ってあたふたしていた。菜々を見つけて安心するが、なんだか困っていそうだ。奥にひとり店員の姿は見えるが、作業をしていて菜々には気づいていない。自分なら声をかけたら済む話だが、菜々の場合そうはいかない。


「……あ」


 行かなきゃ、と思ったところに真夏の後ろ姿が視界に入った。さっと菜々の肩を抱くと「すみませーん」と中にいる店員に声をかける真夏。その声に店員が振り向く。無事気づいてもらえたようで安心していると、ふと振り返った真夏と目が合う。お世辞にも上手とは言えないウインクを飛ばされて、玲香は思わず吹き出してしまった。


「ん?どしたの」


 玲香の視線を辿って優雅も後ろを向く。


「あ、菜々ちゃんいたじゃん。よかったね」

「よかったです。すぐ迷子になるからあの子」


 菜々と真夏と合流して雑貨屋の4人で外に出ると、もうリョウとカイトは外で待っていた。カイトが何やら大きい袋を抱えているが……


「あの、それは」

「抱き枕」

「えっ?」

「……抱き枕。好きなゲームのキャラクターの。……見つけて一目惚れしちゃって」


 頬を赤らめて小さく呟くカイト。か、可愛すぎる……


「菜々ちゃんは何買ったの?」


 その言葉に菜々が取り出したのは……


「ペットボトル入りの……納豆?」


 〈乾燥納豆だって!ふりかけみたいに納豆かけれるの、お味噌汁にも入れれるんだって!持ち歩いてたらなんか可愛くないですか!?〉


 嬉々としてはしゃぐ菜々に、一同、唖然。

「可愛い……の……?」


 〈可愛くないですか!それにポップとかいっぱいつけられてて目立ってたからつい……!〉


「菜々ちゃんは変わったものっていうか、シュールなものが好きなんです。ほら例えば、スクールバッグにやけにリアリティ追求したゆるキャラのキーホルダーつけてたりとか」


 玲香が説明すると、皆納得したようだった。

「あー……いるいる、そういう子」


 ゲームセンターに着くとすぐ、真夏がいつものハイテンションでスキップしながら音ゲーコーナーに一直線。ついて行く一同の前でリュックを下ろし、その中から手袋を取り出す。


「……お前、それ常備してるのかよ」

「当たり前だろ!てか元々今日はリョウのバイト先行ってから練習するつもりだったし?」


 手袋を嵌めながらニヤリと笑う真夏。


 お金を入れてなれた手つきで曲を選ぶと、すぐに音楽が流れ始める。ノーツが線に重なるタイミングでボタンを押したり、動きに合わせて画面の上で手をスライドさせていくのだが……早すぎてよくわからない。ここまでくると見惚れてしまうという域まで来ている。カイトたち大学生組は見慣れているようだったが、超絶技巧を披露する真夏に、玲香も菜々もただぼうっと見惚れていた。


「よし、自己最高点更新っ」

「うおお、すげえじゃん真夏っ」

「ひゅううっ」


 ゲームが全て終わり、カイトとリョウの歓声に振り返った真夏は手袋の指のところを咥えてまたもや下手なウインクを飛ばす。かっこつけたいのだろうが、そのウインクで全て台無しになっていることに彼は気づいていない……


 菜々は目をキラキラさせて真夏に駆け寄り抱きつくと、すごい、すごい、とスマホを見せながらぴょんぴょん跳ねている。そんな菜々の反応にますます調子に乗った真夏はドヤ顔を決めまくっている。


「すごいですね」

「ありがと、めっちゃ練習したから嬉しい。ネットに譜面あがってるんだよ」

「え、おうちで練習したんですか?」

「うん。玲香ちゃんもやってみる?楽しいよ!」


 そういう真夏はほんとうに楽しそうで、子供みたいに無邪気で純粋な笑顔をこちらに向けていて。そして自分は……初めてオフ会をしたあの日から自覚していたのだが、彼のこの手の笑顔にめっぽう弱い。


「……私はいいです」


 赤くなった顔を隠すように下を向く。えー、と残念そうな真夏を無視して彼から引き離すように菜々の手を引く。


 真夏は夜桜屋のことを知っている。あまり必要以上に関わらない方が良いだろう。今日のあの一件でも酷く動揺してしまったのだ、鈍感な真夏のことだから大丈夫だろうが、一緒にいるうちに取り返しのつかないボロを出してしまいそうで怖い。


 それより菜々は平気なのだろうか。真夏だけじゃない、リョウもカイトも優雅も……自分たちより歳の離れた大学生の、しかもめちゃくちゃイケメンな男の子たちと普通に絡んで。いまだって平気な顔して真夏に抱きついたりして……


 少しだけ、もやもやする。菜々が取られてしまう気がして。


 もしかして、これが『嫉妬』––––?


「ねえ次どこ行きたい?UFOキャッチャー?エアホッケー?スケート?ボウリング?」


 リョウの声に顔を上げる。


「ボウリング、やってみたいです」

「いいねえ行こうか!」


 自分も楽しまなければ。玲香はにっこり笑って、リョウたちの背中を追いかけた。


 順番を決めて交代でボールを投げていく。実はボウリング経験がなかった玲香と菜々の最初の一球は、吸い込まれるようにガーターに入ってしまった。


「難しいですねこれ……」

「ボールの重さとか大きさも関係あるからね……選び直してみる?」

「そうします」

 〈わ、わたしも〉


 カイトのアドバイスで菜々とともに席を立ちボールを選び直していると、すぐ隣にいた菜々が動くと同時に人の気配を感じた。振り向くと菜々の隣にカイトが立っていた。気になって選ぶのを手伝いに来てくれたらしい。


「ふたりともどう?」

「私はサイズ一個小さいのにしてみました。菜々ちゃんはまだ迷い中」

「うーん……少し軽いのにしてみるとか?これとか……あ、そうだ菜々ちゃん、言おうと思ってたんだけどこれ外しなよ。危ないよ?」


 菜々の首にかけられた懐中時計のチェーンに触れるカイト。玲香が止めるより一瞬早く、菜々は彼の手を思い切り払っていた。


 〈あ……ごめんなさい、びっくりしちゃって、つい〉

「あーいやいいんだよ。こちらこそ急にごめん」

 〈この時計、すっごく大事だから。どうしても外したくなくて〉

「そっか……そうだよね、前おばあちゃんの形見だって言ってたもんね。投げるとき邪魔になりそうだったから、どうかなって思ったんだけど……」


 菜々の頭を撫でるカイト。彼は心配して言ってくれているのだろうが、菜々がこの時計をお風呂と寝るとき以外片時も外さず大切にしていることは、いつも一緒にいる玲香がいちばんよく知っていた。


「失くしたり盗まれるのが嫌なら僕が預かっててあげようか?」

 〈いえ、大丈夫です〉

「てか今時懐中時計なんで珍しいね……おばあちゃんセンスあるよね。ちょっと見せてよ」


 カイトの手が時計に触れる。止めようかどうしようか迷っているとあわあわと振り返った菜々と目があった。これは確実に、助けを求めている表情だ。


「あのーカイトさん、その時計は菜々ちゃんがめちゃくちゃ大切にしてる時計なのでそっとしておいて……」

「お、いいな、俺にも見せて!」


 玲香の声はカイトを追ってきたリョウの興奮した声にかき消される。


「すげー、めっちゃ彫り細かい……写真いい?撮るね?」

「ザ・アンティークって感じ」

「それそれ!……そうだ、ちょっと外してみてよ。もっと見たい」


 これはもう……ふたりは無自覚なのだろうし、珍しいものを見たくなる気持ちもわかるが、放って置けない。時計に夢中なふたりの後ろに回り腕を掴む。


「リョウさん、カイトさん!菜々ちゃん困ってるじゃないですか、離してあげてください。てか順番回ってきちゃいますよ、早く」

「あ……そ、そうだね、ごめんごめん」


 やっと諦めたふたりに安心してため息をつく菜々。


 〈ありがとう、玲香ちゃん〉

「ううん、いいの。……あ、そうだ時計、服の中に入れといたら?」

 〈それいい!そうする!〉


 時計を手に取ると服の中に仕舞い、にっこりと笑う菜々。


 〈これで安心〉

「うん!……よし、私たちも早く戻ろ」


 選び直したボールを手に、玲香は菜々の手を引いてリョウたちの後を追った。


 それからのふたりの上達は早かった。


 カイトとリョウが手取り足取り投げ方のコツやフォームを教えてくれて、真夏と優雅が全力で応援してくれて。そのうち玲香はなんとストライクを出してしまった。菜々もストライクを出せたわけではないが格段に上手になって、スペアをとった。ふたりとも全部ピンを倒した瞬間は嬉しすぎて、飛び上がってみんなとハイタッチして回った。


 帰りは皆カイトが乗ってきたハイエースで送ってもらえることになった。

 菜々はボウリングのスコア表の紙を見てにまにましていた。点数というよりもスコア表に並んだ名前を見て。


 みんなで遊べたことがよほど嬉しかったのだろう、と微笑んで、玲香もそれを覗き込む。名前のところにひとつストライクのマークがついているのを見て気分が良くなる。


「そうだ、さっきはごめんね。菜々ちゃん」


 カイトの唐突な謝罪に首を傾げる菜々。


 〈何が?〉


「その……時計のこと。僕らアンティークもの好きでさ、どうしても気になっちゃって……」

 〈そうだったのですね!大丈夫ですよ、気にしないで〉

「うん、ありがとう」


 カイトたちに返されて初めて菜々ははっとした。うっかり筆談ではなく口パクと手話で会話してしまっていた。スマホを手に持っていなかったのと、親しい人––––つまり玲香と話す感覚でいたので忘れていた。そして、それでも話が通じている……。


 改めて、このチャットのメンバーとは本当に仲良くなったなあと思う。最初は不安だったけれど、理解してくれたりサポートしてくれるおかげだな、とひとり俯いて笑う。


「ねえ、時計のことって?菜々ちゃんの時計のことだよね」


 真夏が菜々の胸元の懐中時計に視線を向ける。


「なんかあったの?」

「つい調子乗って、見せてとかしつこく言っちゃって」

「あーね。……てかさ、だめなの?見せちゃ」


 恐らく悪気はないであろう、真夏の質問に動揺する。だめというわけではないけれど……


「ちょ、その質問の仕方はないだろ。菜々ちゃん困ってるよ」


 優雅が突っ込んでくれるけど、真夏は気にしていないようでへらへらと笑う。


「や、責めてるわけじゃないんだよ?単純に気になって」

 〈大丈夫です。……ダメってわけじゃないです。でも、とっても大切なものだし……なんとなく〉

「ふーん……?」


 真夏はにやにやしたまま時計を見つめている。そんなに興味があるのだろうか。

 なんだかわからないけど……この時計にはみんなが興味を持ってくれる。人みたい例えると小悪魔な時計だ。


 そう考えるとおかしくて、菜々は思わずクスリと笑ってしまった。





 帰宅後、チャットルームに通知が来ていることに気づき、カイトはリョウを呼んだ。玲香から全員に送られたもので、花火大会のことで見てほしいTwinの投稿があるのだという。

「めっちゃ裏情報ゲットした、って?……え、なに」

 送られてきたURLをタップすると何故かインストール済みのアプリの方には飛ばず、Twinウェブサイトの方に移動した。

「うわー、めんどくさ。バグかなあ」

「まあまあ。たまにあるじゃんこういうこと」

 愚痴を言いつつも玲香が見てほしいというのだから何としてでも見たい。渋々メールアドレスとパスワードを入力すると投稿が表示された。

「え?なになに……地元民が推す花火を見る場所穴場まとめ?」

 どうやらここに書いてある場所に来ればあまり混んでいない上に絶景が見られるらしい。だが、自分たちは早めにいって場所を確保しようと思っていたのでこの情報はせっかくだが使えそうにない。

 と、チャットが動いた。


 〔とある町内の平和主義者:みたよ。確かにここいい〕


 〔Mafuyu:いい!ありがと♡〕


 〔Blacktree:あの、俺らの計画では早めに行ってレジャーシート敷いて場所取りする予定だったんだけどどうかな?そっちの方が花火近いし〕


 〔とある町内の平和主義者:僕は早く行くし〕


 〔Mafuyu:おいとある〕


 〔mitochondria:うーん、夕方は早いに入るかな……人多そうだけど〕


 〔Blacktree:大丈夫大丈夫、俺らに任せろって!秘策があるんだ〕


 〔mitochondria:秘策……?〕


 〔Blacktree:秘策というかまあ、ね?〕


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