3-2.「え、知ってるの?このサイト」

 ––––普段は菜々に任せているためあまり行かないレンタルDVD屋さんに、今日は玲香も一緒についていく。教えてもらった通りだと、今日はリョウがシフトに入っているらしい。


 店につくと早速レジにリョウがいて、玲香たちに気づくと笑って手を振ってくれた。


「わ、久しぶり!本当にきてくれたの」

「もちろんです、シフトまで教えていただいて来ないわけないじゃないですか!テストお疲れ様です」

「ありがとう。テストはボロボロだったよ……今日は3時で終わりだから、あと少しで上がれるんだ。玲香ちゃんたちさえ良ければ少しだけ待っててもらったらゆっくり話せるよ」

「それなら待ってます」


 菜々の手を引いてぶらぶらと店を回る。アイミンのCDの新作が出ていたが、もう誰かが予約していたらしくがっかりしていると。


 〈わたしたちもこれ予約しない?〉


 アイミンのコーナーの前で立ち止まった玲香に菜々がスマホの画面を見せる。


「しちゃう?結構待つと思うけど」

 〈いいの、しちゃう!レジ行ってくる〉


 レジに向かう菜々。玲香は彼女が棚の向こうに消えるのを見届けると、クラシックのコーナーに向かった。こう見えてクラシックが好きだということは、チャットでも言っていないし、菜々の前でもあまりクラシックを聞くことはない。


 CDに手を伸ばしかけて、やはりやめようかと手を引っ込め後ろに一歩下がった瞬間––––誰かに思いっきりぶつかった。


「きゃ、ごめんなさ……」

 謝ろうとすると同時に突然視界が奪われた。誰かの大きな手で目を覆われている。玲香は反射的に動きを止めるが、内心パニックを起こしかけていた。

 と、後ろで声が……


「だーれだ」

「……って真夏さん!?」

「はい正解!よくできましたー」


 視界が戻ってくる。振り向くと真夏が顔の前で手をぱっと広げたところだった。


「ひっさしぶり!元気してた?」

「もう真夏さん!びっくりさせないでくださいよ、心臓に悪いです!」

「え?俺がイケメンすぎて心臓に悪いって?あー困ったなぁ、それは自分ではどうしようも」

「そんなこと一言も言ってないです!!……もう」


 呆れる玲香の頭を撫でながら上機嫌な真夏。と、そのとき。


「え、山口さんっ」


 その声に振り向くと……クラスの中心的存在・森川ゆいが立っていた。


「あ……」


 赤くなって、思わず真夏の手を払った。絶対にないとは思うけど、彼氏とかだと思われていたらどうしよう。ゆいの噂好きは有名だ、変な噂されたらどうしよう……


「あ、ごめんなさい邪魔しちゃった?初めまして、私彼女のクラスメイトの森川ゆいっていいます」

「あー、ゆいちゃん。初めまして。俺は真夏、いつも妹がお世話になります」

「は!?」


 突っ込みを入れかけた玲香を後ろからぎゅっと抱きしめて、ニヤリと笑う真夏。ますます玲香の顔が赤くなる。


「山口さん、お兄さんいたの!?いいなぁかっこいいお兄さんいて。羨ましいよ」

「ち、違っ……」


 慌てて否定しかけた玲香を真夏がぐいっと引っ張る。


「じゃあごめんね、俺ら急ぐから。声かけてくれてありがとね、ゆいちゃん。またね!」

「わ、わわっ」


 真夏に引っ張られるがまま後ろを向いて歩き始める。真夏は店の外へ出ようとしているようだ。菜々もいるのに、と思ったけどレジに菜々の姿はなかった。リョウの姿も見当たらないところを見ると……というか時間的に、仕事終わりのリョウと話しているのだろうか。


 店を出た真夏は建物の裏に玲香を連れて行った。

 初めて来た。ひとけは無く、目立たない。ここなら誰かに見つかる心配もなさそうだ。外も少し曇っていたし、ちょうど日陰になっていて涼しくて、前を流れる川とその向こうには公園や桜の街並みが見えて……


 綺麗だった。なんだか落ち着く場所。


「ここなら安全っしょ。……思わぬところでクラスメイトと鉢合わせしたら焦るよね」


 土手の芝生ところに腰かけ、真夏は笑った。玲香も隣に座る。


「なんで妹なんて」

「だってネットで知り合ったなんて言ったら玲香ちゃんも俺も変な目で見られるだろ」

「でも私はずっとそれで通さなきゃいけないんですからね?そこ考えてました?」


 むっとした表情で真夏の方を睨むと、彼は知らん顔してスマホをいじり始めていた。全く反省の色がない……


「ねえ玲香ちゃん」

「なんですか!ひゃ」


 投げやりに返事した瞬間肩を抱き寄せられる。その拍子に真夏が持っているスマホの画面が目に入って––––息を飲んだ。


「よ、よざくら……や?」

 そう、真夏が見ていたのは紛れもなく、あの夜桜屋のサイトだったのだから。


「え、知ってるの?このサイト」

「いや……上に書いてあるから。よざくらやって」

「あ、そっか。ほんとだ」


 真夏はまだ画面をスクロールしている。玲香は心臓がドキドキするのを必死に隠しながら、真夏の腕の中で固まっていた。


「玲香ちゃん、闇サイトって知ってる?」

「闇サイト……?」

「うん。違法なものとか、ちょっと危ないもの売ってたりするサイト」

「いえ……知らないです」

「そっか。……まあ知らない方がいいよ。夜桜屋もまあその類いなんだけど、そういう危ないものには関わらない方がいい。もし万が一関わっていたとしたらそんなこと今すぐにやめろって言おうとしたけど……ま、そんなわけないよね」

「そう……ですね」


 声が震える。まさか真夏は自分たちが夜桜屋を運営していることを知って……否、そんなはずはない。これは偶然か……?


「興味あるんですか?真夏さんは」

「うん。あるから見てるの。いや俺はやましいことは何もしてないんだけど、こういうの好きでさ。気になって見てるんだ」

「このサイトのこと?」

「うん。見るだけならセーフかなって」


 真夏の手が頭を撫でた。思わずびくっとしてしまう。

「玲香ちゃん大丈夫?震えてるよ

 真夏に顔を覗き込まれてはっとした。真っ直ぐな瞳で見つめてくる真夏。もちろん目を合わせる余裕などなく、玲香は耐えられなくなって目をそらしてしまう。

「はは、そ、そうですか?大丈夫……ですよ」

「ならよかった。……はは、玲香ちゃんって意外と怖がりなんだね」

「そ、そうですね……」

「あのね。夜桜屋を管理してる人たち、Ruiって人とKeiって人なんだけどね」


 その名前が出て、またびくっとしてしまった。なぜそこまで話す?彼はどこまで知っている––––?


「すっごい優しい人たちなんだ。闇サイトの人って怖いイメージだけど、めちゃくちゃフレンドリーなのよ。返信も早いし」

「えっ、依頼したことあるんですか?」


 思わず言ってしまってからはっとした。RuiとKeiが仕事の依頼を受けているなんて真夏は一言も言っていない。それは夜桜に通じている人しか知らないことで、先ほど夜桜屋など知らないと言ってしまった玲香が知っていたらおかしいことで……


「いや、俺はないよ。でも他の人たちが書き込んでてさ」

「そ、そうなんですね……それより真夏さん、私菜々ちゃんを店に残して来ちゃったんですけど」


 慌てて話題を変える。幸い真夏は矛盾に気づいていないようだ。


「あ、それは大変だね。探してるかも、戻ろうか」

「戻りましょ」

「さっきのクラスメイトいたらお兄ちゃんで通すんだぞ!」

「えー、はいはい」


 真夏の後ろをついていきながら、玲香はこっそり深呼吸をした。まだ心臓がドキドキ言っている。落ち着け自分……


 夜桜屋はそこまで有名にはなっていない。いや、有名ではあるのだがそれは限定された界隈の中での話だ。かなりディープなところでの話……。URLとパスワードを知らなければ入れない仕組みになっているため、真夏はそれを知っていたということになる。その界隈の一部の人間の間でしか共有されていないにもかかわらず。

 ということは、真夏がその中に……?驚きを通り越してなんかもう、信じられない。


 菜々に言うべきだろうか。真夏が夜桜のことを知っていたから警戒しろと……いや、それで彼への対応が変わってしまうと逆に怪しまれそうだ。菜々には言わずに、自分だけで対処しなければ。


 店の前まで来ると丁度レジの前をリョウと菜々がうろついているのが見えた。リョウは制服のエプロンを脱いで私服姿だった。真夏が外から手を振ると、リョウはこちらに気づいたようで菜々の手を引いて外に出てきた。


「真夏!玲香ちゃん!探したよ」

「ごめんごめん、ちょっとね」

「なんかあったの?」

「うん、玲香ちゃんの知り合い?クラスメイトに絡まれちゃって、外に逃げてたんだ。俺が玲香ちゃんといちゃいちゃしてるとこ見られちゃったんだよねー」


 うへへと笑いながら頭を掻く真夏。いつもなら、いちゃいちゃなんてしてない、一方的におどかされて頭を撫でられてただけだ!と言い返すところだが、そんな余裕はなかった。


「じゃあせっかく玲香ちゃんたちも来てくれたことだし……遊ぶ?」

「いいんですか!?」

「もちろん!俺らももう夏休み入ったし。カイトと優雅呼んでこようか」

「はい!」


 リョウが電話してくれている間、玲香は菜々とともにじっと待っていた……が、ちょうど店からゆいとその友達でクラスメイトの宮野花が出てきてあからさまに動揺してしまった。


 ふたりは玲香と菜々に気づくと、少し驚いたような表情をして……それからにやりと笑って小さく手を振っていった。


「あああ……終わった……」


 手で顔を覆う玲香を菜々が不思議そうに覗き込む。


 〈森川さんたちもいたんだね。何かあったの?〉

「いやいや……絶対噂にされるよこれ……私たちが年上のとんでもないイケメンたちと一緒にいたって……」

 〈ちょっと嬉しくない?まんざらでもないって顔してるよ〉

「ああっもう菜々ちゃんまで!!!」

「菜々ちゃんは俺がイケメンだってわかってるんだねぇ」


 菜々の頭をくしゃくしゃと撫でる真夏。菜々は嬉しそうだが、玲香は納得いかなかった。因みに自分にはツンデレだという自覚はない。


「ねぇ、今日スタモ行っちゃう?前チャットで話してたし」

 リョウがスマホを片手に振り向く。

「ゲーセンもあるし、カラオケ……いや、ボウリングとかもできるよ」


 カラオケ、といいかけて菜々の事情を思い出し、慌てて言い直すリョウ。菜々はそれに気付いて大丈夫ですよと言うように微笑む。


「スケートリンクもあったよね。ボウリング場の隣に」

「あー、あったあった。あれ年中やってたっけ?」

「うん、やってる」

「とりあえずやることには困らなさそうだね。よしいくか」


 また少し電話で話して、リョウは電話を切った。

「ふたりとも現地集合するってよ。俺らも向かおう」

 〈はい!〉


 はしゃぐ菜々に悟られないように、玲香は隣の真夏をチラッと盗み見て、それから視線を戻した。


 ––––もうこれ以上、ヘマをしてはいけない。

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