2-2.「ちょっと話があるんだけど……」

 それからはいろんなアトラクションを巡った。お化け屋敷に空中ブランコ、コーヒーカップにメリーゴーランド……


 夏らしく水しぶきがかかるジェットコースターにも乗ってみた。豪快な水しぶきに見ているだけでも髪が濡れてしまったり、でも本当に夏って感じだった。


 〈あー楽しかった!!〉


 長い髪についた水滴を夕陽にキラキラ反射させながら菜々が振り返る。


「楽しかったね!」


 玲香も髪をかきあげながら微笑む。


 ああ、今最高に青春してる……オレンジの光の中、その空気に浸っているとカイトが思わぬ提案をした。


「ねえねえ、せっかくだからここで夕飯食べて行かない?」

「お、いいねえ!レストラン街あるし」

「え、ごめんなさい、私遊園地来ると思ってなかったから、そこまでお金持ってきてなくて……」


 玲香がもじもじしていると、


「ああいいよ、玲香ちゃんと菜々ちゃんの分は奢るよ」

「えええいいんですかありがとうございます!!」

 〈ありがとうございます!〉


 優しい……でも本当にいいのだろうか。友達と遊んだこともないからなおのこと、奢られることに慣れていなくてなんだか申し訳なくなる。


 レストラン街は西洋風の建物が並んでいた。雰囲気もヨーロッパの町のそれで……紫川アミューズメントパークと聞いてこれを想像する人も多いくらいだし、噂通りとてもおしゃれだ。


 〈わ……きれい……〉


 上を見ながら歩く菜々を、リョウが微笑んで見ている。


「菜々ちゃん、なんか似合うよね。この雰囲気」

 〈え、そうですか?〉

「うん、しっくりくる。雰囲気的に」


 リョウの言葉に菜々は嬉しそうに瞳を輝かせて……それから少し下を向いた。


 〈実は、わたしの死んだおばあちゃんが、フランスに留学?してたことがあるみたいで〉


「そうなの!?」


 〈はい。……おばあちゃんのお家は大変だったみたいで、お父さんはおばあちゃんが生まれてすぐに、お母さんはおばあちゃんが学生の頃に……ふたりとも亡くなってしまったみたいなんです〉

「えっ……」

 〈でも、とても大事にしてもらってて、おばあちゃんのお母さんに応援してもらっておばあちゃんはフランスへの留学を決めたとか……わたしが小さい頃、おばあちゃんよくその話してくれてました。好きだったなぁ……〉

「そう……だったんだ」


 ため息をつくリョウ。


「悲しい話思い出させちゃってごめんね」

 〈いえ、大丈夫です。もう大丈夫〉


 悲しげに微笑って、俯く菜々。玲香はそっと菜々の手を握った。少しでも元気を出してほしくて。


「ね、なに食べたい?色々あるよ!パスタでも和食でもフレンチでも!」


 真夏が持ち前のハイテンションさで盛り上げてくれる。


「あ、私はなんでも。でもパスタきになるなぁ」

 〈パスタとかフレンチいいですね!せっかくヨーロッパ風の町並みの中にいるのだから〉


「確かに!よーしそっち系で探すか!俺のスーパースペシャルデリシャスフードセンサー反応せよ!!!うおおおおっ」

 何故かひとり走り出す真夏。そして後ろを振り向きかけて……ずっこけた。


「ちょ、真夏!?」

「真夏さん!?」

「お前なにやってんだよ」

「さすが変人!」


 頭をかきながら立ち上がる真夏。一行は笑いながら洋風の街の中を歩いた––––


 帰り道、すっかり日暮れた町の夜景の中を走るハイエース。菜々は疲れ切って優雅の肩に体重を預けすやすやと眠っている。優雅は「寝ちゃった」と苦笑いしながらも、動かず菜々の頭を撫でてくれていた。


 玲香も少しうとうとしつつ、その様子を眺めていがた。


 ––––いい人たちだった。


 最初はどうなることかと思っていた。でも、真夏は変人だけどムードメーカーとして場を盛り上げてくれて、優雅は大人な優しさで細かいところにまで気を配ってくれて。カイトとリョウは菜々のために手話まで勉強してくれていた。 もちろんまだわかるのは簡単な単語だけだが、菜々のためにそこまで時間を割いてくれたことが嬉しかった。


 そして自分に対しても……引きこもりでコミュニケーションが苦手な自分にもたくさん話しかけてくれて、笑ってくれて。


 暗くなってしまったから中学生だけで歩かせるのは危ないからと、チャットメンバーたちはアパートのすぐ前まで送ってくれた。菜々を起こして車から降りる。


「私、みなさんとオフ会できて良かったです。ありがとうございました」

「うん、俺らもよかったよ。ありがとね!」

「次どこ行くかまた会議しよな!」


 アパートの階段を駆け上がる玲香と菜々。その間も彼らは車を止めて見送ってくれていた。階段を上りきった先、3階の自分の部屋の前の通路から車を見下ろし手を振ると、ドアを開けて手を振り返してくれた。

 玲香は菜々と一緒に、車が見えなくなるまで手を振り続けた。



「あの子たち、まだ手振ってくれてるよ」


 後部座席で真夏が後ろを振り返る。閑静な住宅街だからか後続の車はない。一応ミラーの中を確認してから、リョウはブレーキランプを3回ほど点滅させて角を曲がった。


「いい子たちだったね」

「そうだね……中学生の女の子たちと遊園地行くって聞いた時には年齢差すごすぎてどうしようかと思ったけど、普通にほのぼのだった」


「てか玲香ちゃん、あの子めっちゃしっかりしててびっくりしたよ。本当に中学生?って。菜々ちゃんは菜々ちゃんで無邪気で可愛い感じでさ」

「玲香ちゃんが守ってあげたくなるのもわかる気がする」

「それ!……俺らもいいお兄さんたちだって思われてたらいいなぁ」


 ––––いいお兄さんたち、か。


 リョウは運転しながらため息をついた。ストーカーのように彼女たちを目で追い、twinのアカウントまで突き止め、ネットでの出会いもたまたま近くのレンタルショップで働いていたというふうに偶然を装っている時点でいいお兄さんではない。


「でもさ……僕、正直菜々ちゃんへの接し方わかんないよ。筆談だと返し方っていうかタイミング?ノリ?とかもわからないし……」


 優雅がふと、そう溢した。少し言いづらそうに、恐る恐ると言った感じで。


「正直ちょっとやりづらかったかな……いや嫌いって言ってるわけじゃなくて、僕の問題。今日僕が話してた、あんな感じでよかったのかな?」


 不安げに聞いてくる優雅。ああ、相変わらず真面目な人だなと思った。優雅なりに悩んで、ハンデを持つ菜々に気を使おうとした……しすぎた結果なのだろう。


「よかったんじゃない?菜々ちゃん楽しそうだったし」

「うん……」


 納得いかないのか、優雅の声に元気がない。カイトはまだ続けた。


「優雅もあんまり考えすぎないほうがいいと思うよ。変に気を使いすぎるとそれって伝わっちゃうからさ。……菜々ちゃんも多分、気を使われすぎる方が嫌だと思う」

「そう……なのかな」


「俺らも最初は悩んだんだけどさ……向こうも普通にコミュニケーションとろうとしてるんだから、こっちも自然体でいるのがいちばんだと思うな」

「そっか……そうだね、ありがとう」


 少し優雅の声が明るくなる。自分も正直自信はないのだけれど……

「じゃ、今日はありがとう。楽しかったよ」

「ああ、またな」


 優雅をアパートに送り届けると、バンの中は真夏とカイト、それから自分だけになった。


「しかしさあ、玲香ちゃんと菜々ちゃんってどんな関係なんだろうね」


 真夏がふとこぼしたので、リョウも思い出した。 玲香と菜々がつけていたお揃いの桜の指輪のこと。そして、玲香がその指輪はフルオーダーだと語っていたこと––––


「付き合ってる……とか?」

「だよね、やっぱり」


 冗談で言った一言に、真夏は本気で返してくる。その隣でカイトが「ええっ」と叫んだ。


「あっさりだよねとか言っちゃう!?」

「同性カップルかぁ……なかなか周りにいないけど、もしそうだったとしたらすごくない?」


 真夏がニヤニヤし始めたが、カイトがふと思い立ったように言う。


「いや付き合ってるとかじゃないと思う。これ、遊園地で菜々ちゃんに聞いたんだけど……小学生のとき、いじめられて閉じ込められてたところを助けてもらったんだって、玲香ちゃんに」

「へえ、それでか……菜々ちゃんにとって玲香ちゃんは、救いの女神みたいな感じなんだな」

「でも玲香ちゃんとか特にめっちゃ美少女なのに、もったいないよねー」


 真夏の一言に、リョウはすかさず突っ込む。


「そういうこと言うなよ!好きな人と一緒にいるんだし、俺らがとやかく言う権利はないと思うよ?」

「それもそうか……」


 もったいないなんて、玲香たちの前で言ったら嫌な思いをさせてしまうだろう。ネットで同性カップルの投稿を見たことがあったのもあり、真夏の発言を放っておけなかったのだ––––否、『いいお兄さん』になってみたかっただけなのかもしれない。別に下心なんてない、心から彼女らを大切に思っている『いいお兄さん』に。


 しかし、本当に彼女たちは付き合っているのだろうか。もしそうだとしたら……ますます危ない。リョウは少し考えて……それから、覚悟を決めた。


「真夏」

「ん?」

「あの子たちのことでちょっと話があるんだけど……いいかな」


 ––––相談しておかなければならないことがある。





【チャットルームにて】


 〔Mafuyu:みんなやっほー!昨日はありがとう!!楽しかったよ♡〕


 〔Blacktree:楽しかったねー、人生初オフ会だった〕


 〔とある町内の平和主義者:ありがとうございました〕


 〔mitochondria:楽しかったです!!ありがとうございました〕


 〔ワカナ:ありがとうございました〕


 〔Mafuyu:そうだ、写真撮ってたの送るね♡〕


 〔ワカナ:真夏さんネカマやめないんですか〕


 〔Mafuyu:え?真夏ってだあれ?あたしはMafuyu、正真正銘の女の子だよっ♡〕


 〔mitochondria:……〕


 〔Blacktree:……〕


 〔とある町内の平和主義者:Mafuyuちゃんらしくていいと思う〕


 〔Mafuyu:写真〕


 〔Mafuyu:写真〕


 〔Blacktree:おーよく撮れてる!ありがとう!〕


 〔mitochondria:保存しました!ありがとうございます!〕


 〔ワカナ:ありがとうございます〕


 〔Mafuyu:さてさて皆さんお待ちかねの会議だょ♡次はなにする?〕


 〔Mafuyu:大学のテストがあるから12日以降でお願いね!〕


 〔とある町内の平和主義者:海でバーベキューとか?〕


 〔mitochondria:御井豆の砂浜はバーベキュー禁止だったと思います〕


 〔とある町内の平和主義者:まじか〕


 〔Mafuyu:さすがmitochondriaちゃん、情報早いな〕


 〔mitochondria:ワカナが隣で調べてくれたから〕


 〔Blacktree:ワカナちゃんありがと!〕


 〔Blacktree:んーじゃあ誰かんち集まってパーティーとか?ホームパーティー!〕


 〔Mafuyu:いいですねぇぐっと距離が近くなるやつじゃないですか!♡〕


 〔とある町内の平和主義者:6人が入れるアパートなんてありましたっけ〕


 〔Blacktree:あ、たしかに……みんな部屋きついですよね 強いて言うならとあるさんのアパートが広いけど……〕


 〔とある町内の平和主義者:うちも一応一人暮らし向けのアパートなんでどうでしょう、パーティーするにはちょっと厳しいですね〕


 〔とある町内の平和主義者:一応御井豆の山奥に別荘はあるんですけど 6人でパーティーとなると親がなんていうか、、 あんま掃除もできてないし〕


 〔ワカナ:別荘!?すごい……!〕


 〔Blacktree:俺も初耳!とあるさんちほんとすごいな〕


 〔mitochondria:お金持ちなんですね!?〕


 〔とある町内の平和主義者:自分でいうのもなんですが まあ裕福な方だとは思います〕


 〔Mafuyu:噂には聞いてたけど……今度なんか奢って♡〕


 〔とある町内の平和主義者:嫌です〕


 〔Mafuyu:むぅ〕


 〔Blacktree:じゃあどうしましょう……ベタですがスターモールに行ってショッピングと映画コースとか〕


 〔mitochondria:いいですね!スターモールなら基本何でもありますもんね〕



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