2-1.「あー、なんか青春してるって感じする」
家から徒歩で約15分。
暑さにひいひい言いながらやっと駅にたどり着き、 自動販売機の横のベンチに腰掛ける。
相変わらずセミの声が煩い、いつもと変わらない夏の日。しかし玲香たちにとっては今日は特別な日だった。
「あ、チャットきた……Mafuyuさんだ!どんな服着てどこにいるか教えてって。……ええと、場所は約束の通り自販機の横のベンチに座ってます。mitochondriaは白いシャツにジーパンで髪の毛はお団子にしてます。ワカナはグレーの長袖カーディガンに水色のスカートを履いて、髪の毛はロングの天然パーマをふたつに結ってます。……こんなもんかな」
鼻歌を歌いながら送信ボタンを押す。返信はすぐ帰ってきた。
「了解、もうすぐ着くから待っててね、ってMafuyuさんが。……既読Mafuyuさんしかつかないんだけど、大丈夫なのかな」
〈遅れるってメッセージ来てないなら大丈夫じゃないかな。待ってみようよ〉
「うん、そうだね。待ってみよう」
菜々が首にかけた懐中時計をちらっと見て時間をチェックする。玲香も覗いてみると1時8分、約束の1時を少し過ぎていた。
たまに車や人が前の道路を通り過ぎていくくらいで、あとはひたすらセミの声が辺りに響いていた。暑すぎて限界を迎えかけたその時、遠くから真っ黒な大きいバンが走ってくるのが見えた。ハイエースだ。スモークが強くて中は見えない。車は駅のロータリーに入り、ぐるりと回って玲香と菜々の目の前に止まって––––
「え、まさか」
玲香が呟くのと車のドアが開くのが同時だった。降りてきたのは優しげな顔をした背の高い青年。黒ハイエースのイメージからはかけ離れた、正統派イケメンという感じである。
しかし––––彼はさらさらの黒髪をさっと手櫛で梳き、爽やかな笑みを浮かべたまま何食わぬ顔で初対面の玲香の手を掴んだ。
「乗って!熱中症で倒れちゃうよ」
「え、ま、待って」
慌てて菜々の腕を掴む玲香。青年に手を引かれるままにふたりは車に乗り込んだ。同時にドアが閉められ、勢いよく車が発進する。
「きゃっ」
よろけた玲香と菜々を青年が腕で支え、座席に座らせてくれる。最後に彼も隣に腰を下ろし、笑ってため息をついた。
「ごめんね遅れちゃって……遅刻したのはお前のせいだから」
「は?俺一人に責任押し付けんなよ!お前らだってナルシストかってくらい鏡見てだじゃん!?」
「お前が忘れ物したのが悪いんだろ!ったく……」
笑いに包まれる車内。青年と同じくらいの歳の男の人が彼を含めて4人いるようだが、誰が誰だかわからない上にそもそも人数が合わない。とりあえず唯一自分たち以外の女の子であるMafuyuさんがいないことだけはわかるのだが……玲香はついていけなくてただ席に座っていた。
––––それにしてもこの車、すごい。まるでひとつの部屋みたいだ。
真ん中に黒いテーブルがあって、その周りは大きな黒いソファのような座椅子でコの字に囲まれている。玲香と菜々が座らされているのもその黒いソファで、目の前にはテーブルがあるという状況だ。
黒で統一された空間。お洒落で、広くて、とても車の中とは思えない……って感心している場合じゃない!
〈素敵な車ですね!〉
呑気にスマホに文字を打っている菜々を守るようにぎゅっと抱きしめると、玲香は精一杯睨みをきかせて車内を見渡した。
「何なんですか。いきなり車に連れ込んで!」
「あーごめんごめん、悪気はなかったんだ。チャットの人だから安心して!」
「安心できないですよ!大体こんなにスモークかけてる時点で違法では?安心しろっていうほうがおかし……」
「あー、これはリョウの趣味でさ。部屋みたいな車作りたい!ってカスタムしたの。スモークはってるのは空調の問題と、部屋みたいにリラックスできるようにだよ!捕まらない程度にやってるから安心してね!……紹介するね、僕はBlacktreeこと黒木カイト、運転してくれてるそっくりさんが双子の兄のリョウ。リョウとはアカウントを一緒に使ってたからBlacktreeの中身は僕たちふたりってことになるね。で、そっちに座ってる長髪のイケメンがとあるさんこと白鳥優雅……」
そこまではまあまだ理解できた。しかし、次の一言で玲香は戦慄することになる。
「……その隣の赤髪の変人がMafuyuちゃんこと戸川真夏だよ!」
「えっ……まふゆさん!!?嘘でしょ!!?」
Mafuyuさんは女の人だと思っていた。美容やコスメに詳しくて色々教えてくれていたのに……まさか男の人だったなんて!!
「やーい騙された!Mafuyuちゃんは男の子だよーん!」
「所謂ネカマってやつだよ」
テンション高めに茶化してくる真夏を他所にカイトが冷静に教えてくれる––––まるで最初から知っていたかのように。
「皆さんもしかして知り合い……なんですか?」
「ご名答。俺らみんな同級で大学2年なんだけど、中学生のときからずっと一緒なんだ。あ、僕とカイトは優雅とは大学からだけどな。真夏と優雅は高校から知り合いだったらしい」
確かにそう言われてみれば、彼らはチャットルームでも親しげに話していた。他のグループにはない活発さ、フレンドリーさや盛り上がりがあったのも、知り合いだからこそだったのだろう。
「そうだったんですね……」
自分たち––––mitochondriaとワカナはリアルでも親友だと伝えていたが、ほかのメンバーは明らかにそのことを隠していた。Mafuyuのことを女の子として扱っていた時点でそれは明白だ。一体どうして……?
「ねぇ、どっちがmitochondriaちゃんでどっちがワカナちゃんなの?」
落ち着いた爽やかで低い声に、玲香の思考は中断させられた。首の中程くらいの長さで切られた茶色い長髪をさらりと揺らし、こちらを見つめる美青年––––優雅。隠していたことを問い詰めようと思っていた玲香だったが、その優しくも少しミステリアスな微笑みに思わず動揺してしてしまう。
「ええと……私がmitochondriaこと山口玲香で、この子がワカナこと織野菜々です」
「そっか……玲香ちゃんと菜々ちゃんか。よろしくね」
「やっっば、ふたりとも超絶美少女じゃん!え、歳いくつだっけ?」
終始落ち着いた優雅の横で真夏は相変わらずハイテンションではしゃいでいる。なんというか、だんだん皆のキャラがわかってきた。
「中学2年でクラスメイトなんです。私は13で菜々ちゃんは14歳……」
紹介しかけたところではっとした。菜々が真夏を見つめたまま固まっていたのだ。
「……菜々ちゃん?大丈夫?」
〈わたし、思い出した。真夏さんに会ったことある!カイトさんにも!〉
手話で訴える菜々。今日はチャットメンバーがいるからスマホ筆談オンリーで過ごすと決めていたばかりのはずなのに……かなり焦っているようだ。玲香も手話で返す。
〈えっ!?本当!?〉
〈うん、カイトさんはいつも映画借りてるレンタル屋さんの店員さん……で、真夏さんはそのお友達なの〉
〈ええ……!?〉
「ああ、僕と真夏が菜々ちゃんと知り合いだって話?」
横からさらりと指摘したのはカイトだった。玲香も驚いたが、一番驚いたのは菜々だった。
〈カイトさん、なんで手話……〉
「ああ、何となくは覚えたよ。まだまだ勉強中だけど……あってたかな、菜々ちゃん?」
見開いた目を泳がせる菜々の頭を軽く撫でながら、カイトはニヤリと笑いリョウに目配せする。すると後ろの様子を気にしていたリョウが、運転しながら答えてくれた。
「そうだよ、その子達の言う通り。カイトはあの店でバイトしてて、菜々ちゃんに声をかけたことがあるんだ」
「そうそう。で、そのとき真夏もたまたま居合わせてさ。……すごい偶然だね、まさか君がチャットのワカナちゃんだったなんて。なあ真夏」
「そうだねぇ、ほんとびっくりだよ。まさかこんな形でまた会えるとはね」
そうだったのか……同じ波瀬市民だとはわかっていたけど、こんなに近くにいたとは思わなかった。密かに感動していると運転席からリョウの声が飛んできた。
「そいつさ、菜々ちゃんと話せるようにって必死こいて手話勉強してたんだぜ」
「うるさい!余計なこと言うなよもう!てかそれはお前も同じだろ!」
赤くなって言い返すカイト。また笑いに包まれる車内ーーーー
「そういえばふたりとも、暑い中外で待っててくれたんだから、喉乾いたでしょ。これやるよ」
そう言って真夏が玲香にくれたのはペットボトルのレモンティーだった。玲香がプロフィール欄に好きだと書いていた、レモンティー。
「ほら、菜々ちゃんも」
〈わ、ありがとうございます!これ好きなやつだ!〉
菜々に手渡したのは炭酸水。前に菜々がチャットの会話の中でマイブームだと言っていたのを覚えていたというのか……。
「水分補給は大事だぞ。暑いんだから、気分悪くなったりしたらすぐ俺らに言えよ」
真夏に頭を撫でられ、思わず赤くなって下を向く。そんな玲香を見て可愛いと笑うカイトと優雅、その様子をバックミラー越しに見守るリョウ……
––––きっと私の考えすぎ。チャットでみんなが知り合いなのを隠していたのも、自分たちをびっくりさせたかっただけなのかもしれない。だってみんなフレンドリーだし、こんなにもいい人たちではないか。
隣を見ると菜々も笑っていた。屈託のない笑顔に安心する。最初に感じた不安や違和感を振り払うように、玲香は一度、深呼吸をした。
「……そういえばどこに向かってるんですか?」
「ええとねぇ。どこだと思う?」
言われて玲香はフロントガラスから外の景色を覗き見た。前方には緑の看板、それからETC。
「えっ、高速……?」
「ん、そうだよ」
間もなくポーンと音がして車はETCを通過した。
「さぁて目的地はどこでしょうか!」
「ええ……桜で遊ぶのかと思ってました」
事前にチャットで話したときには、桜駅集合からの少し話して遊んで解散、ということで皆同意していた。
たしかに具体的にどこで遊ぶのかとかは誰も質問していなかったし玲香自身も駅周辺かスターモールあたりだと思い込んで聞き忘れていたのだが、やはり油断ならない……のかもしれない。
玲香は菜々の顔を盗み見た。いつのまにか席を移動して何やら真夏と優雅とトークに夢中になっているようで、スマホを片手にきゃっきゃと笑っている。
彼女はどこまでも無邪気だ。高速に乗ったことなど気にも留めていないだろう。
自分が守らなければ。そのために隣にいるのだから––––
「玲香ちゃん?」
「あっ」
カイトの声で我に返った。真顔になってしまっていたようだ。
「ええと……ごめん、不安にさせちゃったかな?目的地は秘密の方がサプライズ感出るかなって思ってつい……あんまり変な人だと思われたくないからこっそり教えるよ。行き先は紫川アミューズメントパークだ」
「紫川……えっ!ほんとですか!?」
菜々に聞こえないように声のボリュームを落としつつ目を輝かせる玲香。
紫川市は波瀬市の北のすぐ隣にある市で、紫川アミューズメントパークはこの辺りでいちばん大きな遊園地だ。アトラクションが多いのはもちろん、ショッピングや食事ができるエリアの建物や雰囲気がヨーロッパのそれをモデルにしていることでも有名だ。
玲香も小さい頃一度連れて行ってもらったことがあるが、街並みがすごく綺麗に再現されていたのを覚えている。まるで物語の中に入りこんだような……
そういうことだったのか……玲香は心の中で呟いた。
やばい、楽しみすぎる。
「正直この人数で遊ぶってなると桜じゃ限界あるかなって思ってたからさ。……菜々ちゃんには内緒だよ?」
「はい!」
「玲香ちゃん、カイト、ちょっと見てよ!」
真夏に呼ばれて席を移動すると、菜々がスマホの画面を見せてくれた。
〈似顔絵を作れるサイトでみんなの似顔絵を作ってみた☆〉
サブで使っている端末にそう書いて、スマホを机の上に置く菜々。そこにはイラストが表示されていた。
落ち着いた雰囲気かつイケメンなリョウとカイト、ふわふわの赤髪に笑顔の真夏、優しげな切れ目でミステリアスな優雅、それから玲香の似顔絵も作ってくれていた。自慢のサラサラストレートヘアに白い肌、片目を隠すほど長い前髪––––。絵柄はアニメ風だけど、特徴をよく捉えている。
「やばくない?めっちゃ似てるよね!?」
「似てる似てる!真夏の表情とかそのまんまじゃん、常ににまにましてる感じ」
「え、まじ?俺そんないつもにやけてる?」
「自覚なかったの!?てか俺も見たいのに運転中で見れないんですけど!」
「後で見せてもらいなよ、すげぇイケメンに作ってくれてるから!」
車の中ではしゃぐ一同。玲香も笑いながら、こんな大勢ではしゃいだことなんてなかったなと思っていた。友達が菜々ぐらいしかいなかったから、なんだかとても新鮮で楽しい……
「あー、なんか青春してるって感じする」
思わず声に出てしまった。そんな玲香と肩を組むカイト。
「青春してるよ!思いっきり楽しもう?」
「楽しみます……!」
その腕に触れにっこりと笑う。自分でもハイテンションなのがわかった。
「あああかわいいなあもう!」
カイトが玲香の髪をくしゃくしゃと撫でる。こんなに触れられても不思議と嫌な感じはしなかった。妹みたいな感覚、もしくはチャット仲間の一員として可愛がってくれているのがわかる。
「ちょっカイト!お前ずるいぞ!」
「あー優雅は隣が真夏だもんなー、真夏を可愛がるのはそりゃ無理だわ」
カイトの言葉にみんなが爆笑していると。
〈観覧車!!!かんらんしゃある!!ジェットコースターみえる!!!〉
菜々がスマホの画面をみせてみんなに訴える。窓の外を見てみると、紫川アミューズメントパークのアトラクションがすぐそこに見えてきていた。
「ほんとだ!すごい!」
「うおおほんとだ!何年ぶりだろな」
「俺あれ乗りたい!」
「ちょ、絶叫系は僕が死ぬ……!」
遊園地を目前にさらに熱が上がる車内をバックミラー越しに見てクスリと笑い、リョウは運転席で拳をあげた。
「ではではみなさん……いざゆかん、紫川アミューズメントパークへ!!」
「うおおおおおおっ!!!!!」
そんなこんなで車は高速を降り、紫川アミューズメントパークへと入っていった。
冷房の効いた車内から外に降りると一気に蒸し暑い空気に包まれる。セミの声と、ジェットコースターの音や楽しそうな悲鳴が聞こえて来る。
「あついねー、菜々ちゃん」
〈あついね……〉
服の胸元をぱたぱたしていると、運転席から降りたリョウが玲香と菜々に券を渡してくれる。
「これ、フリーパスの引換券ね」
「わわ、ありがとうございます!」
〈ありがとうございます!〉
事前に買っておいてくれていたなんて紳士すぎる。玲香がにやけていると、後ろからとん、と肩をたたかれた。優雅だ。
「行こ、時間なくなっちゃうよ!」
「はい!」
今日は一日遊び尽くすんだ!!玲香は菜々の手を取り前を歩くチャット仲間たちの背中を追いかけた。
リョウどカイトは先頭を歩いていて、何やらふたりで話している。話の内容は聞こえないが、時折こちらをチラリと振り返る。サプライズが好きなふたりのことだから、何か計画をしてくれているのだろうか。
リョウとカイトの後ろを真夏と優雅と一緒に歩いていた菜々だったが、気になったのか前を歩くふたりのもとにそっと近寄りとんと肩を叩く。驚いているふたりとはしゃぐ菜々を見て、玲香も微笑むのだった。
「待って待って待って待って!!!」
「いや僕絶叫系無理って言ったよね!!?」
震えるカイトと先程絶叫系が苦手だと語っていた優雅、ふたりの手を引いて菜々は列に並んだ。その後ろをついていく玲香とリョウと真夏。真っ青な男子大学生ふたりを連れて、時折振り返る菜々が終始満面の笑みなのがなんだか怖い。
「ねえ玲香ちゃん。……菜々ちゃんってさ、見かけによらず絶叫系得意なのな」
「そうですね。……てかカイトさんと優雅さん大丈夫なんでしょうか」
「うん。大丈夫じゃなさそうだね」
「ですよねー、かわいそ!」
目の前で繰り広げられるギャグ漫画のようなやりとりを眺めクスリと笑う。と、突然後ろから腕が伸びてきて、肩が包まれると同時に頭の上に顎が乗せられる。
「ひゃっ!?……真夏さん!?」
「玲香ちゃんは怖くないの?俺がいるから大丈夫だよ?」
「こ、怖いわけないじゃないですか!別に真夏さんいなくても平気ですよこのくらい!」
揶揄ってくる真夏に思わず頬を赤くしてしまう。体勢はそのままで腕を上に伸ばして真夏の頬を軽く抓って対抗した。
「おい真夏、あんま玲香ちゃんいじめんなよー、可愛いのはわかるけどさ」
「あはは、わかってるって!玲香ちゃんってツンデレだよね、可愛いよ!」
「ちょ、私はツンデレじゃないっ!!」
また真夏の頬を抓る。隣でリョウが微笑ましげに笑っている。
「仲良いねぇ」
「違うんです!真夏さんが一方的にいじってくるんです!!」
「それを仲がいいという……ん?」
リョウが玲香の右手を掴む。玲香は首を傾げた。
「どうしました?」
「これ、指輪」
「ああ……」
右手薬指の指輪のことだ。菜々とお揃いにしている指輪。
「もしかして彼氏?いいねぇ」
「いえ、菜々ちゃんとお揃いなんです。もう大好きすぎてお小遣い引っ張り出してきてフルオーダーで注文したんですよ!」
「え、フルオーダーって結構高いよね!?熱烈じゃん。そんなお金どこから……いや」
指輪をじっと見つめるリョウ。真夏も興味深そうに指輪を覗き込む。なんだかそんなに見られたら恥ずかしくなってしまう。
「これさ、この柄……桜が彫ってあるの?」
「あ、はい桜です!かわいいでしょ」
「かわいいね!ちなみに何か理由はあるの?フルオーダーでしょ、何で桜を掘ってもらったのかなって」
その質問に、玲香は一瞬動揺してしまった。頭の中で思い浮かべた景色が––––玲香と菜々のいちばんの秘密だったから。
「ええと……ふたりとも、桜好きだから?あとここ桜町だし」
「へー……そうなんだ」
なんとか誤魔化したがまだ少しドキドキしていた。ネットで身を隠す方法は知っているが、リアルではどうしても隙だらけになってしまう。
「あ、順番きたよ!」
タイミングよく優雅が振り返る。一同は横の棚にスマホやリュックを置き、ジェットコースターに乗り込んだ。
玲香はもちろん菜々の隣を確保した。いってらっしゃいと係員のハイテンションな声と同時にゆっくりと動き出すジェットコースター。かたかたと音を立てながら坂を上っていく。
「わー、ドキドキするね!」
隣の菜々をちらりと見ると目をキラキラさせて景色を見ていた。可愛い……玲香は安全バーを握る菜々の右手を取ると指を絡ませてぎゅっと握った。菜々は驚いたような表情で玲香のほうを見たが、すぐににっこりと笑って手を握り返してくれた。
先程リョウと真夏と話したからか、菜々の薬指の指輪の感触を意識してしまう。玲香はゆっくりと目を閉じた。
幸せだ。世界一大好きな人と秘密を共有し、お揃いの指輪をつけて、隣に座って手を繋いで、目があったら微笑みあえて。
最高じゃないか––––
ジェットコースターが頂上に達した。すぐ下に遊園地のアトラクションたち、そして遠くには紫川の町の景色が見える。高速道路を走る車もビル群も……
ふわっ、と体が浮いた。同時に真っ逆さまに落ちていく。
「きゃあああああああっ!!!!!」
叫ぶ玲香。ふたりで繋いだ手をあげて、風のように駆け抜けていく。一回転したあと90度傾く景色、そのままぐるぐる回ってまた上ってトンネルを潜って……
「ふああ、終わった……!?」
一瞬だった。いちばん怖いと噂されているだけあって、めちゃくちゃぐるぐる回されたしアップダウン激しかったけど楽しかった。
係員から荷物を受け取ると早速スマホに文字を打ち始める菜々。
〈めっっっっちゃ楽しかった!!!!!!!!!〉
「んね!楽しかった……あれ」
ふと大学生組のほうに目をやると、腰を抜かした優雅を真夏が支えながら歩いていて、それをリョウとカイトが笑っているところだった。
〈優雅さんがたいへんなことになってる〉
「だね……」
〈ちょっと悪いことしちゃったかな〉
「いや大丈夫でしょ、本人も笑ってるし」
……と言っても泣き笑いなのだが。
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