第12話 ツインテールの少女

「海島先輩、お久しぶりです!」


 俺の前に現れたツインテールの少女。結構かわいい。小由里ちゃんと比べても遜色はない。


 でもこんな子と俺って知り合いだっけ?


 全然思い出すことができないのだが。


「先輩、わたしのこと覚えてますよね」


「だ、誰だっけ?」


 すると、彼女はみるみるうちに悲しい表情になっていく。


「ひどーい。わたしのこと忘れちゃってたんですか?」


「そう言われても、思い出せないものは思い出せないんだが」


「じゃあ、こうします」


 と言うと、彼女は俺の手をとり、手をつないで、その体を寄せてきた。


 なにやら柔らかいものがあたってくるような気がする。


 俺は一挙に体が沸騰する思いに襲われた。


 なにしろ、俺は自慢じゃないが、女の子と今まで付き合ったことがないので、当然こういう形で、女の子に手を触れたことはほとんどないし、柔らかさを感じたことはない。


 小由里ちゃんとは、幼い頃ならば経験はあるが、異性として認識する前の話だし。


 女の子のからだって、こんなに柔らかいんだ……。


 俺がしばしの間、心がフワフワしていると、


「ここにいてもしょうがありませんから、喫茶店にでもいきましょう」


 と言って、彼女は俺の手を引っ張る。


「わ、わかった。わかったから」


 どうしてこうなっちゃたんだろう。つい数分前までは想像もしなかった世界だ。


 それにしても彼女の手は柔らかくて気持ちがいいなあ、とついつい思ってしまう。




 喫茶店につくと、二人ともコーヒーを注文する。


 俺はブラック、彼女はミルクと砂糖を多めに入れる。


 心地良い音楽が流れていて、なかなかいい雰囲気だ。


 奥の方の席で、まわりには人がいない。


 俺も少し落ち着いてきたので、彼女の話を聞くことにした。


 とはいえ、面と向かって女の子と話すこと自体、経験が少ない。ドキドキしてくる。


「わたし、今度この高校に入学した居駒弥寿子(いこまやすこ)です。先輩の一年後輩になりますね。中学校からの後輩ですよ」


 後輩? こんな子いたかなあ……。


「居駒さん? でも俺、きみのこと、全然記憶がないんだだけど」


「先輩は忘れていても、わたしはよく覚えています。なにせ、わたしの恩人ですから」


「恩人? 俺、きみを助けたことなんかあったっけ?」


 思い出せない。こんなかわいい子だったら覚えていてもよさそうだけど。


「わたしが中学校一年生の冬の雨の日、かさを持ってきてなくて困っていたわたしに、かさを渡してくれたんです。しかも、自分はそのまま、かさなしで走って帰っていっちゃって、雨に濡れてしまったのに」


「ああ、あの時の」


 今の今まで忘れていた。


 下駄箱のところで、かさがなくて涙目の少女がいた。俺はいてもたってもいられなくなって、彼女にかさを渡したんだった。


 そして、渡すときに、


「これはきみにあげる。返す必要はないよ。きみのものだから」


 と彼女に言った。


 俺自体は、かさ無しで帰らざるを得なくて、相当濡れて体が冷えてしまった。冬だったので、なおさら寒かったと思う、


 まあその後、ちょっと熱を出してしまったが、悔いは全然ない。というより、高い熱を出したわけではないので、たいしたことではないだろう。


 そういうこともあって、忘れていたのだと思う。


「今でもとても感謝しています」


「いや、当然のことをしただけだし、特に感謝されることではないと思うけど」


「そういうところ、ますます好きになっちゃう」


 なんか、彼女の表情が生き生きしてきている気がする。


「本当は、その翌日に、お礼の言葉を伝えたかったです。でも名前も聞けず、クラスもわからなかったので、すぐには言えなませんでした」


 その後、俺のことを知った彼女は、わざわざ俺のクラスまでお礼に来てくれたらしいのだが……。


 それも今まで忘れていた。


 まあ当時は、まだ失恋の打撃が抜けないままということもあり、それは心の大きな部分をしめていて、記憶に残らなかったのだろう。


「その時も先輩は、当然のことをしただけだよ、って言って全然自分を誇ろうとするところがなくて……。わたし、その時、先輩に恋しちゃったんです」


「お、俺に恋……」


 俺の知らないところで、俺に恋をしていた女の子がいたなんて……。


「そうですよ。でもその後、先輩には浜水先輩という幼馴染がいることを知って、わたしに勝ち目はあるのかな、と思いました。わたしも悩みました。幼馴染とわたしじゃ一緒にいる年数が違いすぎる。しかも、一年後輩。今告白する勇気はない。もう少し経ってから、と思ったんです。でも一方で、先輩たちが高校一年生の間は、わたしは中学校三年生。先輩たちが卒業するまでに告白しないと、付き合うことができないから、その間は、先輩とどうしても離れ離れになってしまう」


「居駒さん……」


「わたし思ったんです。一年のハンデはしょうがない。だけど、先輩と同じ高校に入り、それから後は、積極的にアタックしていこうと」


「それで今日、ああいう形で」


「はい。アタックさせていただきました」


 そう言って微笑む彼女。


「先輩、一つ聞いていいですか?」


「なんだい?」


「浜水先輩とは付き合っているんですか?」


 俺は飲もうとしていたコーヒーを、いきなり飲み込んでしまい、むせてしまった。


「い、いきなり、なにを?」


「だって、わたしのライバルですから」


「ライバルって……」


「そうです。ライバルです。恋の、恋のライバルになりますね」

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