第11話 これからの俺と小由里ちゃん

 そして放課後。


 俺たちはグラウンドにあるベンチに座っていた。


 まわりには、部活を始めようとする生徒が来始めているが、まだそれほどは多くないし、俺たちからは少し離れた位置にいる。


 優七郎はサッカー部員。今はサッカーのユニホームを着ている。


 俺が言うのもなんだが、なかなかかっこいい。いつもの優七郎からは想像もできないくらい。


 なんでも一年生の頃から有望な部員だったということで、二年生になった今は、主力として期待されている。まあそれほど強い高校ではないので、楽しんでやれれば、と本人は言っている。


 ちなみに鈴菜さんは、優七郎が出る試合は、必ず見に行っているらしい。


 本人は、優七郎が言うところによれば、


「ただの気まぐれよ」


 と言っているらしい。でも、気まぐれじゃ、毎回優七郎の試合を見に行くことなんて、普通はしないですよね。


「じゃあ、続きだ」


「よろしく頼む」


「お前って、自分が気づいていないだけで、いいところが多いぜ」


「そうかなあ。全然そうは思わないんだけど」


「お前って、困っている人がいると、すぐ助けようとするタイプなんだよ。普段は、男女関係なく人と接するのが苦手なのに、そういうことができるところはすごいと思うぜ。例えば、中学校の文化祭の時、重い荷物を持っていて、困っていた女の子を助けてあげたりしてた。また、落ち込んでいる人がいたら、元気づけてたりしてたじゃない」


「ああ、そんなこともあったっけ。忘れてたわ。でもどっちにしたって、当たり前のことをしただけだよ」


「お前って、人を助けたとか、そういうことをすぐ忘れちゃうのな。どうしてそんなに淡泊なんだよ。普通だったら、そういうのが自信になるもんだと思うんだけど」


「いや、淡泊っていうことはないと思うよ。ただ単にすぐ忘れちゃうだけなんだ」

「なんか、あきれるというかなんというか」


「あきれられても困るんだけど」


「とにかく、お前ってさ、気付いていなかったと思うけど、お前に好意を持っている女の子って、意外と多いんだよ」


「そ、それって本当? お前まさか嘘をついているんじゃないだろうな」


 これはかなりの衝撃。


「俺はお前に、今まで嘘なんかついたことはないよ。そりゃお前もわかっているだろう」


「そりゃそうだけど。俺って別に運動が得意ってわけじゃないし」


「運動が得意とか、そういうことじゃないんだよ。やっぱり、頼りがいがあるというか、優しいというか、そういうところに魅力を感じるんじゃないのかなあ」

 なるほど、鈴菜さんも優七郎のそういうところが好きだということなのか。


「まあでも、どちらにしても、俺は当然のことをただしているだけだし。さっきお前が言ったことだって、別にたいしたことはしてないよ」


「そういうところなんだよな」


 優七郎はため息をつく。


「なんというか。お前って。どうして自分のそういういいところがわからないのかなあ」


「いや、別にいいところだとは思わないけど」


「とにかくお前はもっと自信を持つことだ。俺よりも成績はいいし、困っている人は助けるし、優しい。魅力的だぜ」


「そう言ってくれるのはお前だけだ」


「そうじゃないって。まあいい。その内自分の魅力がわかってくるさ」


「そういう日がくるといいなあ、と思ってる」


「そうだな。じゃあ、次は彼女への告白についてだな」


「よろしく頼む」


「もちろん俺も彼女のことは知っているが、いきなり告白するのは難しそうだな」


 厳しい話だ。


「やっぱりそうか」


「彼女にしてみれば、『嫌い』と言った後、本当はフォローをしてほしかったのに、二年以上も放っておかれたんだ」


「フォローね。言われてみれば、確かに全然していなかった。でも嫌いって言われたら普通何もできないだろう」


「そこなんだよ。お前に足りないのは」


「足りない?」


「そう。『嫌い』って言ったのは、その場で感情的になったからかもしれないじゃないか。第一お前と彼女は、仲のいい幼馴染だろう? そんなことくらいじゃ本来は壊れないと思うんだがなあ」


「でも今は壊れたも同然だよ」


「それは、その時お前はすぐフォローしなかったからだ。振られたんだから、その時すぐに『ごめんなさい』って言って頭を下げていたら、関係を修復できたかもしれない。お前はその時、ただ『振られちゃった』って言っただけだたんだろう?」


「そう。お前の言う通り」


「まあ時間は経っているから、当時ほどは怒ってないと思うけどな」


「そうであるといいんだけど」


「ただなあ、後はお前の気持ちだ」


「俺の気持ち?」


「そう。気持ち。俺にはなぜお前が急に彼女に告白したくなったのか、その理由がさっぱりわからない。ただその気持ちが、今だけなのかどうか、それは考えた方はいい」


「今だけの気持ちかどうか?」


「気まぐれって言うのが一番よくない。彼女のことが本当に好きかどうかだ。そうでないと、相手にもその気持ちが伝わらないし、もし告白にOKが出ても、すぐ別れるようになってしまう」


「それはそうだよな」


「後、もう一つ言っておくと、告白する時は、『嫌い』って言われた当時のことをきちんと謝ることだ。彼女を傷つけたことには違いないんだから」


「謝らなきゃやっぱりいけないか。でも優しい子のはずだから、言わなくても許してくれると思うんだけど」


「そこが違うんだよな」


「どう違うんだ?」

「俺も小由里ちゃんは優しい子と思う。俺も彼女の幼馴染で、幼い頃から知っているからそう思う。だから、そこまでの要求はしないと思う。でも心の底では、怒っているところもあるだろうから、『ごめんなさい』って、やっぱり告白の前に言わないとな」


「それはそうだと思う」


「それに、彼女の方も『嫌い』と言ったことを謝りたいと思っていると思うんだ。お前の方から謝れば、彼女もお前に謝りやすくなると思う。俺がさっきから言ってるように、お前と彼女は、もともと仲のいい幼馴染なんだから、俺は、一時的な感情で、彼は『嫌い』と言ったと思ってるぜ」


 優七郎の言う通り、俺と小由里ちゃんは、もともと仲のいい幼馴染だ。それをもう一度思い出し、彼女の気持ちも、もう少し考える必要があるということだろう。


「だから、彼女の方も謝りたいんじゃないかと思ってる。お前が先に謝った後、彼女が謝るだろうから、それで仲直りできると俺は思う。そうして、仲直りをした後、告白をする、という方向にしていくといいと思う」


 優七郎は、俺の為にここまで考えていてくれている。ありがたい。




 俺は腕を組んで考え込み、やがて、

「うーん。それはその通りだな」

 と言った。

 俺が先に謝り、彼女が謝って仲直りした後、告白をする。

 俺もこれが一番いい方向だと思う。

「さて、じゃあもう一度聞くけど、お前は彼女のことを愛しているのか?」

「うん? 愛している? 愛しているって言われると少し重く感じるなあ」

「どうだ? 愛していると言えるのか?」

「うーん。今はそこまでは言えないかも。好きだとは言えるけど」

 なんだろう。なぜ愛している、と言うことを難しく思ってしまうんだろう。

「そこらへんなんだろうな。俺がお前の告白したくなった理由がわからないのは」

「好きなんだ。告白もしたいんだ。その気持ちは間違いないよ」

「その気持ちもわからなくはない。だからこそお前は、もう一度冷静になった方がいい。彼女が好きで、好きでたまらない、愛している、そういう状態になって、始めて告白っていうのはスタートラインに立てるもんだ」

 俺は改めて優七郎を見直した、普段は軽い感じで、俺のことをよくおちょくってくるが、こういう相談の時は、友達の為にこんなに親身になってくれる。

「お前の言う通りかもしれないなあ」

「お、少しは理解してくれるようになってきたか。うれしいね」

 優七郎は、にっこりと笑った。

「まあお前からすると、まだまだ理解は足りないとは思うけど」

「いや、今日は少しでも理解が進んだってことでいいんじゃないか」

「お前の域に達するには、相当の時間がかかるかもしれないな」

「そんなことはないって。お前ならきっとできる」

「大丈夫かなあ。お前の言う、気まぐれでない、『好きで、好きでたまらない』状態って結構難しいことだと思うけど」

「大丈夫、大丈夫」

 優七郎に言われると、なんだか少しずつ自信がでてくる気がする。

「女の子のことを大好きになった状態になって、告白する。これでこそ女の子の心も動かせるというものだ」

 そうか、優七郎もそういう状態になったということかなあ? ちょっと聞いてみたい。

「なるほど。お前も林町さんのことが大好きになって、愛していて、告白をした、ということなんだな」

「そういうこと。鈴菜ちゃんのことが大好きでたまらなくて、彼女のことを愛しているからこそ、告白したんだ、って何を言わせるんだ、お前は」

 と言うと、優七郎は顔を真っ赤にした。

「うーん。そういうことね」

 俺は思わずにやにやする。

「違うって。俺は別に彼女のことが好きとかそういうわけじゃないし、付き合っているわけでもないし……」

 それから優七郎はいろいろ言い訳をしていたが、よく聞くと全部おのろけのように聞こえてくる。

 そして、そのすべてが昨日のあの「愛の語り合い」につながってしまい、またふき出しそうになってしまう。

 ごちそうさま。

 一通りの言い訳が終わると、優七郎は、深呼吸をして、

「とにかく話を戻すとだな」

 と話し出す。

「お前はどうするんだ。相談を受けたんだ。これからも力になっていきたいと思ってるんだ」

「そうだなあ。お前が言ってくれた通り、彼女への想いが本物かどうか、もう一度考えてみる」

「それがいい」

「でも、やっぱり幼稚園の頃からの幼馴染だ。彼女に好意を持っているのは間違いない」

「後はそれが恋と言えるものになるかどうかだな」

「今でも、彼女への想いは恋に近いものだとは思うけど」

「気まぐれじゃないかどうか、それが大切だと思う」

「そうだな」

 俺がそう言うと、サッカー部員の一人が、

「優七郎! 集合だぞ!」

 と叫んだ。

「おっと、いかなくちゃな。まあ、とにかくいい結果を期待してるぜ」

「ありがとな。時間を取らせちゃって」

「そうやって友達を思いやるのがお前のいいところだぜ」

 いいこというじゃないか、優七郎。

「じゃあな」

 と手を振って、優七郎は走って去っていった。


 俺はベンチでしばらくの間、優七郎との会話を思い出していた。

 そうだよな。冷静に考えなきゃいけないよな。

 もともとは、優七郎と鈴菜さんの光景を見てから、ものすごい勢いで彼女が欲しくなった。

 その中で、小由里ちゃんのことを思いだし、小由里ちゃんを彼女にしたいという気持ちが強くなっていったのだった。

 でも俺は小由里ちゃんのことが本当に好きなのか。

 ただ彼女がほしいだけなのか。

 優七郎にも言ったが、好意は昔からある。友達としてであれば、特に昔はよく遊んだし、おおしゃべりもよくしたので、いい関係だったと思う。

 ただ、なずなさんのことを小由里ちゃんに相談したのは、改めて思うと大失敗だったと言えるだろう。

 俺は友達だからという理由で、結構軽い気持ちで話をしてしまったのだ。それで、友達としての関係も壊れてしまった。

 優七郎の言う通り、あそこですぐフォローに入っていれば、違っていたんだろうが……。

 とにかく、過ぎてしまったことはしょうがない。

 今俺にできるのは、彼女への想いをもう一度確認し、本物であれば、それをもっと熱いものにしていくことだ。

 そう思い、ベンチから立ち上がって、家路に着こうとすると。

「海島せんぱーい。待って!」

 なにやら背中の方から、俺を呼ぶ声がする。

 誰だろう、と思って振り向くと、そこには……。

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