第7話

 女性が近付いていくのを見て私は男に駆け寄るのをやめていったん物陰から様子をうかがうことにした。

「さぁ、今日は何をしようかしら。指を切り落とす?それとも火で炙ってみようかしら。勘違いしないでね。私だって本当はこんなことしたくないの。でも、あなたが本当のことをいつまで経っても言わないから。」

神谷恵の声がした。その声はどう聞いても本当はやりたくないことをやる前の人間の声ではなく、愉快そうな声だった。本当はこんなことしたくないなんていうのは嘘だろう。いや、もしかしたら最初のウチは本当にそう思っていたのかもしれない。人を痛めつけることが心の底から楽しいと思える人なんてそうそういない。どれだけ恨んでいても心の何処かで哀れみの気持ちが生まれるものだろう。だが、最初は抵抗があってもだんだんと感じないようになっていく。自分が傷つかないように、壊れてしまわないように。人間というのはそういうものだ。おそらく彼女もそういう状況に陥った一人の人間なのだろう。確かにこの状況は依頼者の望んだ形なのかもしれない。しかし、このままこいつに死なれたら困る。こいつにはもう一度依頼者に会ってもらわなければならないんだ。そう思った私は急いで部下に1本連絡し、彼女の狂った拷問を止めに入った。

「その辺にしておきな。これ以上やったらあんたは人殺しになる。今度は前みたいに上手くごまかせないだろう。痴話喧嘩なんて言い訳が通用するレベルじゃない。」

そう言いいながら、男のもとに駆け寄ろうとすると彼女は私の前に立って私を止めた。

「邪魔しないで、私はこいつに大切な人を奪われたの。でも、こいつは釈放された。それが許せないの。だからこいつに自分の罪を認めさせたいだけなの。」

彼女がそう言うと、中山は言った。

「俺は何もして無いって言ってるだろ。頼むからもうこんな事やめてくれ。俺は何も知らないんだ。」

私は言い返そうとする神谷の言葉を遮って言った。

「何も知らなくて当然だよ。彼は本当に誰も殺してないのだから。」

すると神谷は

「結局、あんたもこいつの味方をするのか?なら誰が私の大切な人を殺したっていうんだよ!」

と言い放ち、怒りをむき出しにして私に殴りかかってきた。私は彼女の腕を捻り上げて床に体を叩き付けた。そのまま一度気絶させようと思ったが、予想以上に力が強く押さえつけるので精一杯だった。どうしようか考えていると、部下が一人の女性を連れて私のもとへ来た。そう依頼者の女性である。

「ボス、連れてきましたよ。」部下は私に言った。

「すまない。今手が離せそうにない。男を解放してやってくれ。」

私がそう伝えると、ますます神谷の力が強くなった。部下が中山を解放すると依頼者の女性は男に言った。

「私の事、覚えてる?」

だが、中山は全く聞いていなかった。

「俺はまだ死にたくないんだ。」

と言いながら、中山は走って倉庫から出ていった。その様子を見て、依頼者は中山の後を追った。神谷を押さえるので手一杯だった私は部下に彼女たちを追うのを任せた。私が神谷を押さえるのに必死になっていた時、後ろを見ながら走って逃げていた中山は道路に飛び出し、轢かれて死んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る