第7話

 陽貴へのドッキリを終えた俺は、一ノ瀬家のキッチンで夕飯の準備をしていた。由美子さんのお手伝いだ。こう見えても料理の腕には自身がある。

 かわいいを作るには体を作る食事から意識しなければいけない。そのために俺は栄養価まで考えた料理を作れれるように勉強した。


「恋、さっきはなんてことをしてくれたんだ」

「あれ。ご飯の時間まで配信なんじゃないのか?」


 陽貴が恨み節と一緒にリビングに降りて来た。

 俺は野菜を切る手を止めることなく応じると、陽貴は苦笑いを浮かべた。


「いや、あのあと『配信早く終われ』ってコメントが大量発生してさ」

「なんで? 結構いい感じに締められたと思ってたんだけど」

「あーいやいや、別に悪い意味じゃなくてさ。久しぶりの幼馴染なんだから、早く配信終わって楽しんでこいって意味だよ」

「なるほどね。いいリスナーさんばっかじゃん」

「だろ?」


 俺としても、俺が原因で陽貴が炎上するのは望むところじゃない。禍根を残してはジョークとは言えない。……何かで読んだ、俺の気に入っている言葉だ。


「何か手伝う?」

「いいわよ。恋くんいるし、あんた何もできないでしょ。邪魔よ」

「ぐうの音も出ないけど酷い」

「だから飯の時間まで配信してればよかったのに」

「仕方ない。部屋に戻って動画の編集でもするか——」


 陽貴がリビングから出ようすると、玄関の方から物音がした。廊下を歩く音が近づいてきてリビングのドアが開くと、懐かしい顔だった。


「ただいまーって、恋くんじゃない! なになに、もう来てたの!?」

「久しぶり雛菜姉」


 陽貴に少し似た面影を感じるこの人は、陽貴の一つ上の姉である一ノ瀬雛菜、雛菜姉だ。汐見台高校の3年生で、つまりは俺の1つ上の先輩にあたる。雛菜姉は生徒会に入っているらしく、その仕事の関係で昨日は会うことができなかった。


 雛菜姉は肩に担いでいたスクールバックをぼとりと落とすと、凄い勢いで寄って来た。


「なになになに。恋くんが料理してるの?」

「うん。だから昔みたいに抱き着いて来ないでね。危ないから」

「さすがに弁えてるわよ、そこは。でも、料理が終わったらね」

「終わってからも勘弁してほしいんだけど」

「む・りっ」


 雛菜姉はいい笑顔で言った。この人、俺のことを妹のように見ている節がある。だから抱き着いてくる。

 小学生の頃はまだよかった。小さい頃から一緒にいたこともあってそれが普通だったし。

 でももう高校生だ。あまりそう言ったことを考えるのは不躾かもしれないが、雛菜姉はかなり発育がよくなっていた。制服の上にコートを羽織っているのにも関わらずわかるくらいだ。正直、昔みたいに無邪気なままで抱き着かれると困る。


「というか陽貴、あんた何してるのよ。恋くんが手伝ってるのに」

「邪魔になるって母さんに言われたんだよ」

「ああ、まあそうね」

「何そんな目で見てるの。姉さんだって何もできないでしょ」

「女の子はバレンタインの時に3倍返し目当てに渡すやつを適当に作れればいいのよ」

「最悪だよ」


 久しぶりに懐かしいやり取りを見れた俺は思わず笑ってしまう。


「あんたたち、馬鹿まやり取りしてないで食卓の方の準備しなさい。もう作り終えるから、父さんが風呂から出たらご飯にするわよ」



 ***



 一ノ瀬家での夕食は賑やかに終わった。俺が海外にいた時の話だったり、反対にこっちの話を聞いたりした。


 自宅に戻るとあんなに賑やかだった家が隣なことが嘘だと思うほど静かだった。まあ、今は俺しかいないんだから当たり前なんだけど。

 お風呂に入って、ストレッチをして、いつも通りのルーティンを済ませれば時刻は既に9時を回っていた。かわいいは一日にしてならず、だ。


 二階にある自分の部屋で適当にくつろぎながらSNSを見ていると、気になる投稿を見つけた。


〈ハルヤ、配信に彼女乱入!?〉


 それは切り抜き動画のタイトルだった。ついさっきのことだったが、既に切り抜き動画が投稿されていた。URLをタッチして動画を開いてみれば、既にかなりの人が視聴しているようで、様々なコメントがついていた。


「かわいいっていう反応多いな。あと、陽貴の慌て具合を面白がってる」


 確かに、陽貴ってFPSだとかなりの猛者だからスマートなプレーが多いんだよな。それとのギャップも人気な要素で、今回はそれが大うけしているみたいだった。

 切り抜き動画はいくつか投稿されているみたいで、俺はそれらを漁っていった。まあ、こういうのってきりがないよね。


 画面の上部にメッセージの通知が来た。鑓水——結からだった。


『夕方に話していた先輩から返事がもらえたよ』

『先輩もよろしくだって』


 俺はそれを見て返事を打ち込んだ。


『りょーかい。いつ直接話せそう?』

『明日の放課後は大丈夫?』

『いつでも大丈夫』

『なら明日の放課後って先輩に伝えておくね』

『うい』


 なんと、明日の放課後にはもういいのか。本当に決断が早いというか、行動的というか。雛菜姉と同学年だけど、絶対に気が合うよな。

 ……待てよ、その先輩まさかだけど、雛菜姉の友達なんじゃないのか? 部活にも入っていない陽貴が関わりのある先輩なんて、雛菜姉の友達くらいだろうし。可能性は結構高いぞ。なにより、そんな面白そうな関係の人が陽貴を好きになっているだなんて、陽貴ならやっている可能性が高い。


 にしても、もう陽貴のことが好きな娘はいないのか? もう1人くらいいると思うんだけど、明日学校に行ったら結たちに聞いてみるか。










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