第5話

 俺の言葉に三人は訝し気な表情を浮かべた。

 ……あれぇ、俺の言葉そんなに怪しかったか?


 鑓水が少し棘のある声音で口を開いた。


「急にそんなこと言われても、なんて言ったらいいか分からないよ」

「言葉通りなんだけどな」

「というかさー」


 鶴海は不満げな様子だった。


「あたしたち、陽貴とは普通に仲いいんだけど?」

「確かにな。うん、なんとなくそれはわかるよ。陽貴からも色々聞いてるし」

「陽貴から!?」

「お、おぉぉ」


 勢いがすごいなこの娘。思わずのけぞっちゃったよ。でも、だからこそ少し意地悪したくなるんだよな。

 鶴海は瞳に不安の色を滲ませながら聞いて来た。


「陽貴はなんて言ってたの?」

「なんて言ってたかなー?」

「もう! お・も・い・だ・し・てっ!」

「り、六花ちゃん。机が倒れちゃうよ」

「ちょっと、私まだ食べてるんだからほこり立てないで」

「あ、ごめん」

「別にいいけど」


 依田は俺の方をじろりと睨んで来た。ああ、「さっさと答えて」って言ってるな、これ。


「具体的なことは思い出せないけど、三人まとめて言うとだな。普通に仲のいい友達って感じだったな」

「普通の、友達?」

「普通って言うのは別に悪い意味じゃなくてな。男子とか女子とか関係なく、気の合う友達って意味だけど」

「あれだけのことがあって?」「陽貴……」「あの男、死ねばいいのに」

「関係ないね君たちには」


 陽貴、お前去年一体何をしたんだよ。この様子だとさぞかし面白いことがあったに違いないのに。こんなことならもっと聞きだしておけばよかった。


「まあ、他の奴らよりはいいと思うよ。名前を聞くのはそんないなかったはずだからな」


 さて、そろそろ話を戻すとしよう。


「で、俺が提案したのは、そういう友達的な意味で仲良くなるってことじゃなくて、恋愛的な意味で仲良くなるってことなわけだけど」

「どういうことかはわかったよ。でも、墨夜くんがどうしてそんなことを提案してきたのかがわからない」

「いや、なんか俺が凄い警戒されてるみたいだからさ。陽貴と仲のいい友達にそう思われるも嫌だし、警戒を解こうとね」

「ほんとに?」

「ほんとほんと。あとは、まあ、面白そうだから」

「絶対そっちが本音じゃん!」

「失礼な。どっちも本音だよ」


 そう、そこに偽りはない。


「でもそれ、少し屑っぽいね」

「ん? どういうこと椿」

「墨夜の言ったことを訳すと、『親友に思いを寄せる女の子と仲良くなりたい。どうきは面白そうだから』だよ」

「確かに屑っぽい」

「墨夜くんの見た目じゃなかったら屑だね」

「あれ、なんで俺の評価急転直下してるの?」


 言いたいことはわかるんだかけどさ。


「あのな。別にそんな最悪な親友になるつもりないから、俺。ただ君たちが陽貴と仲がいいのなら、これから一緒に行動すること増えそうだろ。それなのに警戒されてたら居心地悪いじゃんか」

「確かに。わたしたちもそうかも」

「だろ。だから、精一杯の誠意を見せるためにこうして提案したわけ」


 陽貴の友達ならいい奴らなのは間違いないと思うし。


「そういうことだけど、どうする?」


 俺が改めて問うと、3人は顔を見合わせて頷いた。そして鑓水が代表して言う。


「放課後、もっと詳しく聞かせてくれる?」

「いいよ。もう陽貴も戻ってくるだろうしな。放課後に話そう」



 ***



 放課後、買い物しに行くからと陽貴には先に帰らせ、俺は鑓水たちと一緒に駅の近くにあるファミレスに来た。陽貴は何やら疑いの目を向けていたけど、夕方に備えるため帰った。

 ドリンクバーと山盛りポテト(山盛ってない)を頼んで席に着いた。俺の隣には鑓水が座った。傍から見れば美少女4人組の華やかな席だ。実際も、1人は男だがそんなの関係なくかわいいので、問題ないだろう。


「それで、墨夜くん。お昼のお話の続きなんだけど。具体的には何をしてくれるの?」


 俺は野菜ジュースで口を潤した。


「まあ、具体的に何ができるってわけじゃないと思うんだよ。というか、できていたら君たちも苦労していないでしょ」

「……陽貴くん、鈍感だから」

「だよね」

「ん」

「それに関しては俺も同感だよ。あいつおかしいから」


 陽貴と離れることになった中学からは、直接会うことはなかったけどメッセージアプリでやり取りはしていた。そういったなかで明らかに陽貴のことが好きだろうという女子もいたのだが、本人はそのことに気が付いていなかった様子だった。俺はその時は特に口を出さなかったが、「こいつ刺されないだろうな」とやや心配していた。

 陽貴の鈍感さは本当に病的だ。


「で、俺は君たちとは違う点があるわけだよ」

「幼馴染ってことかな?」

「それもそうだけど、もっと根本的なところで」

「あ、男の子なことでしょ」

「まあ間違ってないけど」

「……陽貴のことを恋愛対象として見てないってことでしょ」

「半分正解。陽貴も俺のことを恋愛対象として見てないってこと。一ミリもだ」


 俺がそう言い切ると、思っていたのとは反対のリアクションが返って来た。


「本当かな?」

「だよね。あれだけイチャイチャしててさぁ」

「今の時代、別に同性の恋愛なんて珍しくない」

「あ、あれぇ。おっかしいな、ここで引っかかるとは考えてなかったぞ」


 ここではもっとスムーズに話が進むと思っていたのに。


「まあとにかく、どっちもないから。俺は女の子の方が好きだし、陽貴もそう。だから親友以上になることはないから安心してくれ。というか、ここに納得してくれないと話が進まないんだけど」

「とりあえず納得しておくよ」

「……うん、まあもういいよそれで」


 鑓水だけではなく、他の2人も似たような感じだが、これ以上は時間が解決してくれることに期待しておくとしよう。今は何を言っても納得してもらえなさそうだ。まったく、少し遊び過ぎたか。


「となると、俺は陽貴を遊びに誘うハードルが低いわけだよ」

「えー? でも私たち別に陽貴を遊びに誘うくらいできるけど」

「……成功率は?」

「え?」

「あいつ、遊びに誘ってどれくらい出て来てくれるよ」

「それは、えっとぉ」

「ほとんど出てこないだろ」

「……うん」


 俺が詰め寄ると鶴海は顔を暗くして俯いた。

 そうだと思ったよ。別に陽貴に聞いたわけではなく、陽貴のことを知っていればわかることだ。


「君たちもご存じの通り、陽貴はインドア派で、超が付くほどのゲーマーだ。そんなやつ、普通は外に出てこないもんだよ」


 特にFPSにはまっているらしい。最近だと大分カジュアルになったから、ゲーマーでなくてもやっている人がいるタイトルがあるくらいだ。


「もちろん、大事な用ならあいつも出て来るけど、それってそんなに頻繁にあるわけじゃないだろ?」

「確かに」

「ゲームを楽しそうにやってる陽貴くんもいいけど、他のこともして遊びたいよね」


 依田は特に反応ないけど、ポテトを食べながら首を縦に振っているから大丈夫だろう。


「でもだ、俺を使えばその頻度がかなり上がると思わないか?」

「どういうこと?」

「俺は親友で、しかも最近こっちに戻ってきたばっか。で、久しぶりの親友が遊びに誘えば出てくると思わないか?」

「……確かに!」

「でも、それだとしばらくしたらそうでもなくなるんじゃないの」

「依田、しばらくでも口実があればいいと思わないか? しばらくのうちに陽貴の外に出るハードルを下げるんだよ」


 誰しも最初の一歩が重いように、慣れていないことに対するハードルは高い。小学校の時からその片鱗は見せていたが、中学の間に立派なインドア派に成長した陽貴は、外に出かけるハードルが高い。だけど別にあいつだって外に出れば楽しめないわけじゃない。ただ、外に出るその時までが鬱屈なだけで。

 だから俺が外に連れ出して慣れさせれば、今後彼女たちが誘う時には楽になるだろう。


「ハードルが下がったらそれぞれがデートにでも誘えばいいさ。そのための布石にするんだ」

「「「おぉ」」」


 ようやくそれらしい反応を得られた気がする。


 ピコンっ。

 手元に置いていたスマホが通知音を鳴らした。

 そろそろお開きの時間かな。


「で、どうする? 俺このあと少し用事ができたから返事が欲しいんけど」

「見返りは何を求めるの?」

「そんなのいらないって。ただの善意。さっきもいったけど、陽貴の友達なら仲良くしておきたいだけだから。それでも怪しいなら、そのうち頼み事でもするから引き受けてくれればいいよ」


 有形無形の恩賞があるけど、俺は緊急性がなければ無形のほうがお得だと思う。しばらくは貸しという形で俺に対していいようにしてくれるだろうし、これから先の保険にもなる。未来への投資は何も自分に対してだけ有効ではないのだ。

 ……さて、どんな状況でどんな頼み事をすれば面白いことになるかな?


 俺の思うところなど露知らず、3人は答えを話し合って答えを出した。


「よろしく、墨夜くん」

「こうして協力することになったんだ。堅苦しいし名前でいいよ」

「そうだね、恋くん。わたしたちも名前でいいよ」

「よろしく恋!」

「よろしく」


 うん、いい関係になれそうだ。


「それじゃあ俺はそろそろ」

「あ、最後に一つだけいい?」

「ん?」

「今は来れてないけど、もう一人、このことを話したい人がいるんだけど」

「君たちと同じってことか」

「あ、うん。先輩なんだけど」

「構わないよ」

「ありがとう。じゃあ、連絡先だけ交換しよう」

「あー、忘れてた」


 俺はそれぞれと連絡先を交換しながら聞いてみた。


「その先輩からの返事はいつ貰えるそう?」

「夜には大丈夫だと思うよ。そういう決断は早い人だから」

「オッケー。じゃあ今度こそ行くよ。動くのは先輩から返事をもらって顔を合わせてからでいい?」

「大丈夫だよ。気をつけて帰ってね」

「ばいばい恋」

「じゃあね」

「君たちも気をつけてね」


 外はすっかり日が暮れて、四月の上旬だとまだまだ寒さが残っていた。白い息が空に上がっていくのを見て、俺はマフラーに埋めた口をにやりとさせた。


「いい感じに話はまとまったし」


 スマホの画面を見て呟いた。


「今日はまだ楽しめそうだなぁ!」


 るんるん気分で俺は家を目指した。







 



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