出戻り
「網螺さ~ん、いらっしゃいませんか~? 臨海警察で~す。出てきてくださいよ、網螺さ~ん」
こうして
網螺春喜が帰ってこなくなったのは、彼が山下沙奈に対して行っていた行為を撮影した動画を買い取ってもらっていた業者が警察の摘発を受けたことを知り、捜査の手が自分にも及ぶかもしれないと察して行方をくらましたからであった。
その読み通り、網螺春喜に辿り着いた警察が、身柄確保と家宅捜索の為にやってきたという訳だ。けれど当人は既に逐電し、部屋にはビデオカメラ等の機材と、被害者である少女だけが残されていたということである。
だが今回の事件は、世間にはほとんど知られることはなかった。少女のあまりの境遇に、このことが世間に知れ渡れば彼女の将来に少なからず悪い影響が出ることは間違いないと判断した警察が徹底した緘口令を敷いたからだ。さすがのマスコミにも同情的な雰囲気が広まり、ニュースになることはなかった。
その上で、一部のゴシップを専門に扱う週刊誌などはこのことをすっぱ抜いたりしたが、さすがに現実味に乏しくまるで出来の悪いフィクションのように嘘臭いそれを真に受ける人間もさほどおらず、すぐに忘れ去られていった。
しかしこの時、網螺春喜の部屋に踏み込んで山下沙奈を保護した捜査員の多くが、彼女のことが棘のようにその精神に痛みと負荷を与えてくることを感じていた。ある捜査員は言う。
「カーテンも閉め切った薄暗い部屋の中で、目だけがやたらとギラギラ光ってたんだ。最初見た時は虎かライオンでもいるのかと思ったよ。しかも口も手も乾いた血でどす黒く汚れててよ。だが、そんなのは大したことじゃない。俺が怖えと思ったのは、あの子の目付きだ。まるで俺達を呪い殺そうとでもいうくらいに敵意を剥き出して睨んでた。俺も殺人犯なら何人も見てきたが、あれほどの目をする奴はいなかったね。あれは、この世の全てを呪ってる人間の目ってことなんだろうな」
そう苦々しく口にする捜査員の額には汗が浮き上がっていた。冷たい汗だった。
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