突然の終焉
ある日には、朝、介護用の吸水シートを敷いたベッドに寝かせた
「そこから動くなよ。漏らすんならそのままやってもいいからよ」と
命じたまま外出して夕方までパチンコ三昧ということもあった。虐げられる彼女の姿を録画した動画がいい値で売れるようになったことで、
帰った時には当然のように彼女は尿も便も漏らした状態だったが、網螺春喜は拘束を解いた彼女自身にその始末をやらせ、自身は買ってきた弁当を食べ、その残りを彼女に与えた。
これが、網螺春喜の下での彼女の日常であった。
そんな生活が一年を迎える頃、八歳になった彼女の下に、ある日を境に網螺春喜が突然帰ってこなくなった。
「……」
網螺春喜が帰ってこなくなってから三日が経ち、部屋で一人茫然としていた山下沙奈の顔に、何の脈絡もなく前触れもなく、唐突に笑顔が浮かんだ。
そう、笑顔だった。まぎれもなく笑顔だった。それまで一切感情を見せてこようとしなかった彼女が、何故か笑ったのだ。だがその笑顔は実に歪なものだった。決して朗らかとか陽気とかと言えるようなものではなかった。むしろ<邪悪>と言った方が近いだろう。網螺春喜が彼女の前で見せていた笑顔にも通じる、狂気をはらんだ笑みだった。
彼女は察した。あの男はもう帰ってこない。今度こそ、自分はここで楽になれる。死んで、腐って、溶けて、消えてなくなってしまえる。明確な思考ではなくとも感覚的に彼女はそれを理解した。
だが、早々に死を望んだ精神に比べ、彼女の肉体の方は決して弱くない生への執着を見せた。飢えに抗うことができず、冷蔵庫の中のものを片っ端から食べた。調味料も食べた。醤油を飲もうとした時には体の方がその危険性を察知したのか瞬間的に嘔吐して飲むことができなかったから流しに捨てた。しかしお好み焼きソースや焼き肉のタレは、ちびちびと舐める分には美味しいと思った。
冷蔵室の中のものがなくなると今度は、冷凍庫の中に買い置きされていた冷凍商品をかじった。凍ったままのそれを、強引に噛み砕いて食べた。ちょうど生え変わり始めた乳歯がその無謀な行為に耐え切れず千切れるように抜け落ちて口が血まみれになっても彼女は齧ることを止めなかった。その姿はまさに獣のそれだった。
多くの歯が抜け落ちてしまった為に齧ることができなくなると彼女は、凍った冷凍商品を舌でとにかく舐め、柔らかくなったら歯茎でそれを食いちぎった。
歯が抜けた時の出血と、それを手で適当に拭ったことにより、彼女の顔は口の辺りを中心にどす黒く汚れた。それでも彼女は生きた。
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