出会い

 網螺あみら春喜はるきの<犯行>が切っ掛けとなって事件が露呈し警察に発見された山下やました沙奈さなはその後、一時的に施設に保護され、またしても唯一の親族である藍繪らんかい汐治せきじの下に帰ることになった。本来なら、あのような事件に巻き込まれているにも拘らず捜索願すら出さないような親族の下になど帰すべきではなかった筈なのだが、まるで獣のように人に懐かない彼女を持て余し疎んだ施設側が、やはり厄介払いをしたということだ。

 もっとも、彼女にとってはまだマシな境遇に戻れたとも言えるかもしれない。この時点では最も彼女のことを理解し丁寧に扱う人間だったことも確かなのだから。

 こうして彼女は再び、藍繪汐治の愛玩を受ける日々に戻ったのであった。


 藍繪汐治の下での生活は、山下沙奈にとっては意外と快適なものであったのかもしれない。あくまで、『彼女にとっては』だが。彼女のそれまでの境遇が過酷極まりないものだったから、それに比べればというだけである。

 藍繪汐治に弄ばれつつも、彼女はそれを心地好いと感じていた。この状態が彼女にとっては一番安定していた。網螺春喜に比べても扱いは丁寧だし、食事も与えられ風呂にも入れてもらえた。

 彼女は、風呂が好きだった。放っておけば何時間でも風呂に入っていた。彼女なりの幸せを感じていたのだろうか。

 だがそれは、結局は基準がおかしいからだというのも紛れもない事実だろう。そしてやはり、いつまでも続くようなことではなかった。

 藍繪汐治の家に戻って四年が経過し、彼女は十二歳になっていた。それに伴う肉体の変化が、藍繪汐治の彼女への執着を奪い去っていった。

 しかも、『学校に通ってないらしい子供がいる』という近所の人間の通報によって彼女を学校に通わせていないことが発覚。児童相談所などが訪ねてくるようになり、

「知らない。知り合いの家に預けてる」

 とその度に誤魔化していたのも抗しきれなくなってきたと判断した彼は、彼女を本当に知り合いに預けてしまったのだった。

 それは、藍繪汐治の同級生だった。元より社会生活においてもまっとうな人間関係など作れなかった彼の数少ない、辛うじて友人と言えるかも知れない人間だった。

 その人物の名は、神河内かみこうち良久よしひさ

 そんな彼も、陰鬱な目で相手を射るように見る、一見しただけでもおよそまっとうな人間ではないと分かる人物だった。

 そしてこれが、新進気鋭の人形作家、<神玖羅かみくら>こと神河内良久と、後に彼の妻となる山下沙奈の運命的な出会いなのであった。



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