彼女の過去

 レスキュー隊に発見されて死に損なった彼女が引き合わされたそれは、初めて見る男性だった。母方の叔父だという話だったが、山下沙奈やましたさなはその男性に会ったことがなかった。少なくとも彼女の記憶にはなかった。彼女の存在を疎んだ施設が、警察の協力も得てどうにか探し出した彼女の数少ない親戚だった。父方の祖父母も叔父も既にこの世になく、母方の祖父母の消息は掴めなかった。

 施設にしてみれば、どうにか彼女の血縁者に押し付けて厄介払いがしたかったということだろう。しかしこの叔父も、ロクな人間ではなかった。

 当然だ。彼女をまともに育てることはおろか、人として扱うことすらできないような人間であった母親と同じ両親に育てられた人間である。元よりまともである筈がない。それでも、まっとうに生きようとする気持ちがあるならまだしも、それが無いのだから、ロクな人間になれる筈もない。

 施設側の思惑通り押し付けることには成功したが、それは倒錯した性癖の人間に格好の餌を与えることにしかならなかった。少し調べれば分かった程度のこともせず、ただ自分達の都合のみを考えた結果だった。

 こうして今度は、叔父、藍繪汐治らんかいせきじによる悪戯に耐える日々が始まったのである。もっとも彼女にしてみれば、今さら性的に悪戯される程度のことなど、むしろ可愛がってもらえてるようなものだったが。

 そのため彼女は、叔父の行為をすんなりと受け入れた。苦痛に強いと言っても彼女自身はそれを望んでいなかったからだ。それに比べれば逆に心地良いとさえ感じる叔父の行為は、彼女を癒しさえした。

 自身の部屋に山下沙奈を連れ帰った藍繪汐治は、まず、彼女を風呂に入れるということで衣服を剥いだ。彼女は一切抵抗することなく、全裸にされた。両親から受けた暴行により、彼女の体には無数の痣や傷痕があった。また、肋骨は標本のように浮き上がり、腕も脚もまるで枯れ枝のように細かった。まっとうな感覚を持った者ならその痛々しさに引いてしまう程のその姿にも、身分が自由にできる玩具を手に入れたと喜んでいた藍繪汐治にとっては、かえって気持ちを昂らせる結果しか生まなかった。その貧相な体もそれなりに食事を与えればマシになるだろうと思っていた。

 あくまで性的な意味ではあるが、彼は『優しかった』。自分の手のひらに石鹸で泡を立て、高価な玩具の手入れをするかのように彼女の体を丁寧に洗った。丁寧すぎるくらいに丁寧に。だが彼女は、硬く強張った顔つきの中にもどこかうっとりとするような表情を見せた。苛烈な暴力に過剰適応した体には、その繊細な接触はとても心地良いものだったからである。

 こうして彼女は、叔父、藍繪汐治による倒錯した愛玩を受け入れた。彼女が六歳になる直前のことであった。


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