養護教諭
沙奈はまるで動物のようにリビングの一角に陣取って、眠るのもそこだった。
人気人形作家であり、特に海外では絶大な人気を誇り、日本国内で売るよりも一桁違う価格で売れることもあって経済的には裕福な神河内良久の邸宅は二人で住むにも大きすぎるほどだったし、室内は常にエアコンで快適な温度に保たれていたとはいえ、フローリングの床にそのままで眠る少女の姿は、さすがに異様なものがあった。
それでも、沙奈自身がその場所から動こうとしないし、神河内良久も無理に彼女を従わせようとしないので、奇妙でいながらも不思議と落ち着いた雰囲気は漂っていただろう。
また、家事の類は、彼が雇っている三人のハウスキーパーにより完璧に行われ、しかもそのハウスキーパー達も彼や彼女のプライバシーには一切踏み込んでこないので、絶妙なバランス感覚でその家庭は成り立っていたのだった。
なお、食事はハウスキーパーが用意してくれたものをそれぞれ食べるだけだったが、風呂には彼が入れていた。沙奈は、風呂は好きなようだったものの、一人で入れるとただ遊んでるだけで体などを洗おうとしないので、彼が風呂に入るついでに彼女を洗っていたのだった。彼女も、彼に洗われる分には大人しくしていた。むしろ、彼以外の、たとえばハウスキーパー達が彼女を風呂に入れようとしても歯を剥き出して獣のように警戒するため、自然とそういう形になったのである。
彼女は人間に懐かない獣のように振る舞っていたが、神河内良久を含めた数少ない人間にだけはそれなりに落ち着いた様子も見せていたのだった。
学校へは、彼が付き添って通学する。他人では彼女の行動を予測できないこともあり、危険だからだ。そして学校に着くと、そのまま、事実上、彼女専属の職員である女性に引き継ぐ形になっていた。
その女性の名は
それは伊藤玲那自身の経験による部分が大きいが、それについてもいずれ語ることになるだろう。
なんにせよ、そんな形で、山下沙奈の学校生活は、危うさも秘めつつ始まった。
『沙奈さん……』
自分の前で幼児教育用の教材を見詰める彼女を見詰める伊藤玲那は、彼女がこれまで辿った人生を改めて思い起こしていたのだった。
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