死に損ない

 山下沙奈やましたさなは、その時を待っていた。すべてが終わり、すべてから解放されるその時を。

 僅か五年の人生だったが、彼女はもう疲れ果てていた。これ以上耐えるのは面倒だと思った。どうせ誰にも必要とされていないのだから、さっさと消えてなくなりたかった。そしてこうしていればいずれはそうなるのは分かっていた。

 命の火が消えれば、彼女の体は虫に食われ、カビに食われ、バクテリアに食われ、溶けて崩れていずれは骨だけになるだろう。そうして僅かばかりの生きた痕跡をこの世に残すのだ。

 この部屋を管理する者にとっては大変な損害になるだろうが、どうせその者達も自らの利益が失われることを嘆くだけで、彼女の死を悼んだりはしない。彼女は誰からも望まれていないのだから。

 もうすぐ…もうすぐだ…もう少しで、全てが終わる……

 彼女はその時を心待ちにしていた。

 だが、不意に、何週間も開かれることがなかった扉が少々乱暴に開く気配があった。しかし彼女はもう、それに反応することすら出来なかった。

 父親か母親が帰って来たのか。まさか…そんなことは有り得ない。あの二人は、彼女を捨てて逃げたのだから。では、誰が……?

「要救助者、発見! 子供です。三歳くらいと思われます」

 既に彼女の耳には届いていなかったが、実はこの時、外では大変な騒ぎになっていた。彼女がいた部屋の隣で火災が発生し、レスキュー隊が人命検索を行っていたのだ。それにより、彼女は幸か不幸かレスキュー隊員に発見されたのだった。その時のレスキュー隊員が発した『三歳くらいと思われます』という言葉。彼女は既に五歳であるにも拘らず、一見すると三歳くらいにしか見えなかったのである。

 これにより彼女の両親の保護責任者遺棄が発覚。二人はそれぞれ別の異性の家に転がり込んでいたところを警察に逮捕された。彼女は半年間の入院生活を送り、施設に預けられることになった。

 だが彼女は、言葉すらロクに喋れなかった。人間として生活するのに必要な知識をほとんど持っていなかった。その為、施設でも彼女の存在は重荷になり、疎まれた。ここでもやはり彼女は、必要とされなかったのであった。

 彼女は死に損なってしまったのだ。せっかく楽になれる筈だった機会を逃すことになってしまったのである。

 この時の彼女は、明確な思考をすることができなかったが、自分の望んだ結果が得られなかったということだけは理解していた。彼女は再び、自らが本当に望む結果が訪れることを、鮮明ではない思考の中でただ望んでいたのであった。


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