神河内沙奈の人生(改訂版)
京衛武百十
山下沙奈
この世に生を受けた時、彼女は誰からも祝福されなかった。
父も、母も、それ以外の誰も、彼女の誕生を喜ぶことはなかった。
「勝手に生まれてきやがって…」
父親はそう吐き捨て、母親は、
「さっさと堕胎しとけばよかった…」
と呪いの言葉を吐いた。
その為か、彼女はほとんど泣き声をあげなかった。小さく、「ふやあ、ふやあ」と辛うじて息をしてはいるという程度の声を上げるだけだった。まるで、自分が歓迎されてないことを察していて、なるべく刺激しないように息をひそめようとするかのようでさえあった。
それからは、よく命を落とさなかったものだという毎日だった。まともに世話もしてもらえず、ミルクも最低限しか与えられず、それでも彼女は生きた。決して力強くはないが、彼女の命そのものは弱いものではなかったのかもしれない。
辛うじて最初の危機は乗り切った彼女だったが、その後も過酷な日々は続いた。
次は暴力が始まったのだ。些細なことで、しかも彼女には関係のないことで八つ当たりのように殴られ、蹴られ、それで漏らしたり嘔吐したりすればさらに殴られた。そして物心つく頃には、彼女は暴力的なことに対して過剰なほどの耐性が出来ていた。少々殴られようと蹴られようと、さして堪えないのだ。それは精神的な暴力に対してもそうだった。感情を遮断し、自身の心を育てることをせず、人形のように、機械のように、ただそれに耐えることを身に着けた。
いつしか両親は、そんな彼女を不気味がった。殆ど痛がりもせず、泣きもせず、ただ虚ろな視線を向けるだけの気味の悪い人形のように自分達の娘を見た。
そしてある日を境に、父親が帰ってこなくなった。さらに一ヶ月ほどして、今度は母親が帰ってこなくなった。彼女が五歳の誕生日を迎える少し前のことだった。
彼女は家にあったものを自分で口に入れて飢えをしのいだ。水は出たから渇きは癒せた。しかしやがて食べられるものが底をつくと、少しでもエネルギーを節約しようというのか、彼女は部屋の隅にうずくまって動かなくなった。
彼女は何も考えなかった。考えずに感じた。じりじりと自分の命が失われていくことを感じながら<その時>を待った。飢えも、痛みも、苦しみも、寒さも、何も感じずに済むようになる時をただ待った。彼女は本能的にそれを察していたのだった。
死ねば、楽になれることを……
彼女の名前は
祝福されぬ命を与えられた、小さな存在であった。
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