第4話 あの日の再来とそれ以上の交流②

 しばらく考えた後で『家に帰った』と返信した。すぐに返事が来て『そんな〜』と返ってきたがそれ以上返信する理由がなかったのでスマホを机の上に置いた。

 会話が星乃の方を見ると勉強をしていた。声をかけていいか悩んだが、話しかけた。

 「はあ、面倒臭い男だ。話を中断させて悪かったな、それでなんの話だっけ?」

 孝也の声を聞き、すぐに勉強を中断して顔を上げた。

 「私と一緒に勉強をしませんか? って言ったんです。その後にあなたがすぐ断ったのでその理由を聞きたいんです」

 「ああ、そのことか。そんなの簡単だ。面倒だから、それだけだ」

 「それだけ……ですか?」

 星乃は理由を聞いて目を丸くしていた。

 「だってこの学校で有名なんだろ。そんなのと一緒に勉強なんかできるか。それに俺は勉強は嫌いだ」

 「でも、勉強はできるって……」

 「勉強ができるからって勉強が好きってわけじゃないんだぜ。有名人さん」

 「私ってそんなに有名なんですか?」

 孝也の『有名人』という言葉に引っかかったようで星乃は疑問に思ったようだ。

 「そうらしいぞ。俺が知ったのは今朝だけど。他の連中はだいたい知ってるらしい」

 「そうなんですか。それで話を戻しますが、今日だけ勉強を見てもらえませんか?」

 『有名人』という言葉には対して興味なさそうだった。しかし、勉強を頼むときだけは別だった。上目遣いで頼んできた星乃はまた別の可愛らしさがあり、危うく口に出してしまいそうだった。なんとか言葉を飲み込んだ。

 「まあ今日ぐらいだったら時間はまだあるし、いいぞ」

 考えてから了承する。

 それからしばらく星乃と孝也の2人で勉強をしていた。実際にノートを開いてやっていたのは星乃だけで孝也は漫画を読みながら星乃がわからないところを教える、という状態になっていた。意外にも有意義な時間となり、孝也は少し楽しいと心の中で思っていた。

 勉強を教えながら壁掛け時計をチラッと見るといつの間にか針は5時30分を差していた。帰ろうと思っていた時間はとっくに過ぎていた。窓を見ると雨もだいぶ弱まってきており、彼女に教えるところもひと段落ついたところだった。

 「漫画、片付けてくる」

 「はい、どうぞ」

 席を立ちあがり、漫画を元にあった棚に戻して席に戻ってくると椅子から立ち上がって星乃も勉強道具の片付けをしていた。

 「勉強、見てくれてありがとうございました」

 孝也が戻ってきたことに気づくと言葉ともにわざわざ頭を下げた。

 「別にそこまでかしこまらなくてもいいんだが…… ま、今日は時間があったからたまたまだ。じゃ、雨も弱まってきたし俺は帰るよ」

 星乃の礼儀の正しさに少し驚きを表しながら孝也は帰ることを彼女に告げる。

 「私も一緒に行きます」

 その言葉に少し考えた。理由はこんな学校の誰もが知ってる女子と一緒に帰るなんてバレたら面倒なことになることは明白だからだ。

 「だめですか?」

 しかし、星乃は上目遣いで孝也を見つめる。そんなことをやられては孝也は断りづらかった。

 「あぁ……ま、いいか」

 はあ、とため息を吐いて返事をする。彼女は嬉しそうに微笑んでいた。しかし、その表情に孝也は気づかなかった。

 2人で図書館から出て昇降口まで一緒に行く。幸い誰かと出くわすこともなく無事に昇降口まで来れた。靴を履き替えドアを開け、外の様子を見るが最初の頃より雨が弱まっただけで普通に降っている。地面にはいくつもの水溜まりが出来ていた。濡れたアスファルトの匂いも漂っている。

 「これはびしょ濡れコース確定だな」

 孝也は小さく呟く。その言葉を星乃に聞こえていたのだろう。

 「また忘れたんですか?」

 呆れたように言う星乃に孝也は淡々と説明する。

 「今朝の天気予報だと雨は降らないって言っていたんだ。つまり俺はアナウンサーに騙されたんだ」

 今朝のニュースに悪態をつきつつ、頭を掻く。

 「予報に絶対はないですよ。どんなことでも対策しないと」

 そう言ってる彼女は鞄からあの折り畳み傘を取り出していた。

 「まあ、そう言う私も今日はこれしかないんですが……」

 「毎回借りる訳にはいかないからな。置いてかれてる傘を借りればいい」

 踵を返して傘立ての中を漁る。しかし、今回は運がなかったのか骨が折れているものしか見つからない。他のクラスのところも探すが、今回の雨で使えるものは他の生徒に持っていかれてしまったらしい。

 「仕方ない。多少濡れることは覚悟して帰るか」

 「あの、一つ提案なんですが」

 おずおずと星乃が孝也に声をかける。

 「なんだ?」

 玄関から出そうになっていた足を止め、振り返る。

 「家の方向次第ですが、私の持ってる傘に2人で入って帰ると言うのはどうでしょう?」

 彼女の口から発せられた提案に目を丸くした。

 「それは、ちょっと流石にな……」

 「傘に入れば顔は見えないですし、この雨だったら余計に視界が悪くて見えないから大丈夫です」

 「どうしてそこまで?」

 やけに積極的な星乃の態度に疑問を持った孝也。

 「勉強を教えてくれたお礼です」

 理由を聞いて納得し、少しの間考え、このままここに居てもどうしようもないという結論に至りお願いすることにした。

 「そう言うことならすまないが、よろしく頼む」

 「ちなみにお家の方向は? 私はこっちの方向なんですけど」

 彼女の指を指す方は偶然にも孝也の家のある方角を指していた。

 「奇遇だな、俺も一緒の方向だ」

 「それじゃあ、行きましょうか」

 星乃が傘を開き、2人で傘に入ると案の定孝也の方が身長が高いので頭が傘に当たっていた。

 「傘は俺が持った方が良さそうだな」

 「お願いします……」

 傘を受け取り、彼女の歩幅に合わせて歩き始める。

 肩が触れるか触れないかわからないほど近いことに孝也は少し後悔していた。

 孝也は表情こそは平然を装っているが内心とんでもなく緊張していた。それでも傘に当たる雨の音が少し心地よく感じられたのはなぜだろうな。

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