第4話 あの日の再来とそれ以上の交流①

 朝に晴翔と遙から疑いをかけられただけでそれ以降、噂について聞かれることはなかった。もちろん、噂が例え気になっていたとしても孝也に話しかける人なんかいない。ただ移動教室や体育の時に少し視線を感じる程度だった。

 そして特に変わることのない学校を終え、放課後になった。教室の窓から空を見つめて孝也はため息を吐いた。

 「雨か……」

 今の季節は梅雨だし、雨が降らない日の方が少ないのかもしれないが今朝の天気予報では雨は降らないって言ってたはずだ。しかし実際のところは横殴りの雨。傘を使ったとしても前回以上に濡れることは確実だ。

 「教室にいてもすることないし、図書館でも行くか」

 この雨で足止めを食らってる生徒は多く、教室の中は喧騒に包まれていた。孝也はうるさい教室から逃げるために席を立ち、鞄を持つと図書館に向かう。

 図書館前に到着する。ドアを開けて中に入ると図書館の中は窓に当たる雨音だけが響いている。辺りを見回し、パッと見た感じ人がいないことを確認すると荷物を机の上に置いて席に座った。スマホをポケットから出し、いつ雨が止むのかを確認すると当分は止まないと出ていた。しかし、1時間後には雨脚は弱まるようでそれまでは図書館で待機することにした。

 「だいたい1時間か、することがない。暇だ」

 しばらく窓の外を眺めていたが、すぐに耐えられなくなった。曇った空から降り注ぐ雨が窓ガラスにぶつかり、弾けてはまた別の雨に上書きされる。そんな変わり映えのない景色を1時間も誰が見ていられるだろうか。

 荷物をそのままにして席を立ち上がり、図書館を散策する。入学してから真面目に図書館を見て回るのは初めてだった。

 「漫画とか置いてあるんだな」

 漫画コーナーで立ち止まり、適当に手に取って読む。意外と面白かったので置いてある巻を全て持ち、席まで戻る。

 頬杖をついてしばらく読んでいるとガラガラガラとドアが開く音がした。誰が来たのか少し興味はあったが多分知らない人だろうと思い、気にしなかった。扉の閉まる音がして足音が教室に響く。少しづつ孝也の方に近づいてきてそして足音が孝也の前で止まった。誰だ? と思い、視線だけをドアの方に向けるとそこに立っていたのは星乃だった。

 「久しぶりですね」

 意外にも挨拶をしてきた。孝也は視線を本に戻した。

 「そうだな」

 孝也は興味なさそうに返事をする。接点のない人間には無愛想な男だった。そして例え仲が良かったとしても何かに集中していると返事が適当になってしまう性格だった。

 星乃はそっけない態度の孝也を気にしている様子はなかった。それどころか孝也の目の前の席に座った。そして教科書とノートを取り出し、勉強をし始めた。

 流石に孝也もなぜ自分の前に座ったのか気になってしまい漫画を読む手を止めて、つい聞いてしまった。

 「勉強してるところ悪いが、少し聞いてもいいか?」

 「なんですか?」

 彼女は視線をノートに向け、勉強している手は止めずに、返事をした。

 勉強をしてる彼女に遠慮なく疑問に思った事を聞く。

 「どうして俺が座ってる前の席に座った? 他にも席はいくらでも空いてるだろ」

 「あなたに少し用事があったので」

 「じゃあなぜ勉強をしているんだ? 話しかけてくればいいだろ」

 孝也は漫画を閉じて彼女の方に顔を向ける。向けてるのは顔だけで目線は泳いでいる。

 「あなた、漫画を読むのに集中してるじゃないですか。邪魔をしてはいけなそうな雰囲気を出していたので」

 彼女もシャーペンを置き、髪を耳にかけながら視線が孝也の方に向ける。

 どんな雰囲気で俺は漫画を読んでいたんだ? と心の中で思ったがあえて口にはしなかった。

 「そういうことか……それなら仕方ないか。それで用事ってなんだ?」

 「あ、いえ別に大したことではないのですが、カップケーキのお礼を言おうと思って、あのカップケーキとても美味しかったです」

 頬杖をついて窓を見ながら目線を少しだけ彼女の方に向けるとケーキが本当に美味しかったことを思い出していたのか、とても愛らしい笑顔を向けていたので思わず息を呑んでしまった。さすがこの学校で一番可愛いと言われているらしい少女だ。

 「別にそんなことわざわざ言わなくても良かったんだが……」

 急いで視線を外して返事をする。

 「私が満足したいから言ったんです」

 話を聞きながら星乃の手元の開かれたノートを見ると数学の問題をやっていた。その中で間違っているところがあった。

 「そこ、問3が間違ってるぞ」

 「えっ……本当だ。ありがとうございます」

 彼女は間違いに気づくと消しゴムで間違いを消してすぐに訂正をした。

 「あの、もしかして勉強って得意ですか?」

 再びシャーペンを机に置いて星乃は聞いてきた。

 「別に得意ってわけじゃないな。人並みにはできる方だと思うが」

 孝也の答えを聞いた星乃は少し考える素振りをしてから口を開いた。

 「良かったら私と一緒に勉強をしませんか?」

 「断る」

 「即答ですか!」

 少し大きめの声を上げた。ここが図書館ということもあって教室の中に星乃の声が響いた。

 「いくら人が居ないとはいえ、ここ図書館だぞ」

 「すみません……」

 星乃は申し訳なさそうに声を小さくして謝る。

 「それにしても、もう少しぐらい考えてくれてもいいじゃないですか?」

 不貞腐れたように頬を膨らませている。そんな表情もまた可愛いと思ってしまった孝也は自分が少し嫌になった。

 「そりゃあ……」

 理由を言おうとしたらスマホから通知音が聞こえてきた。机の上に置いてある孝也のスマホの画面にハルトからのメッセージが写っていた。

 特に急用もないだろうと思い、無視をしていたら物凄い量の通知が来た。

 「あの、すごい鳴ってますけど……私の質問はまた後でも出来ますから、どうぞ返信してください」

 「すまない。ありがとう」

 礼を言ってからスマホの画面を見た。晴翔から夥しい数の『今どこにいる?』という質問がきていた。

 現在いるのは図書館だが、ここに晴翔を呼ぶと面倒になりそうだ。顎を触りながらどうしようか考えた。

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