第2話 傘の返却とお礼
窓越しに澄み切った青空が広がる月曜日。ただいま3時間目の授業中。国語教師の念仏の様な朗読が生徒を睡眠という極楽に連れていく。もはやクラス内の3分の2が死んだ様に寝ていた。そのことを気にした様子もなく先生は淡々と授業を進めていく。
孝也は念仏に負けることなく、この教科では数少ない授業を聞いている生徒だった。
授業終了のチャイムが鳴った。
「よし、じゃあ授業はこれまで」
そう言って先生は教科書を閉じて教室を出て行った。その後すぐに寝ていた生徒がゾンビのように起き上がった。
「っしゃー、昼飯だ。購買に飯買いに行こうぜ」
さっきまで寝ていたのが嘘のように元気に走って行った。教室には半分以上の生徒がいなくなっていた。
孝也は教科書をロッカーにしまい、机の横に掛かっている鞄の中から弁当を探す。
「あ、そういえば忘れてた」
鞄から取り出したのは弁当ではなく、手さげの紙袋。中には借りた花柄の折り畳み傘ともう一つ。
「先に返してこよう」
席を立ち上がり、先週の金曜日に言われた2年5組に紙袋を持って向かう。
5組の教室に着き、開け放たれたドアから中を覗くと教室の中は賑やかだった。それぞれが何人かのグループを作って昼飯を食べていた。教室の中を見回すと傘を貸してくれた女子がいた。
有難いことにちょうど1人になっていた。
ただ困ったことに名前を聞きそびれてしまった。5組には知り合いもいない。しばらく考えた結果、教室の中に入って直接渡すのが手っ取り早い。
孝也は教室に入る。特に誰も気にした様子はない。席まで近づいていくと彼女も孝也に気がついたようでじっと見ている。
「こんにちは、ちゃんと約束を覚えていたんですね」
「流石に忘れるわけないだろ。金曜日は助かった」
そう言って彼女に紙袋を差し出す。
「わざわざ、紙袋に入れなくてもよかったんですよ」
そう言いながらも受け取る。中を見ると傘以外にも何か入っていることに気づいたようだ。
「傘と何か入ってる……カップケーキですか?」
紙袋の中には傘の他に透明の袋にラッピングされたカップケーキ3個が入っていた。
「傘を貸してくれた礼だ。よかったら食べてくれ」
「それほど気を遣わなくてもいいんですよ?」
「別に気を遣ってる訳じゃない。礼だよ、こういうことはちゃんとしなくちゃな」
「そう言うのならありがたくいただきます」
孝也はなぜか居心地が悪くなって来たので早くその場を離れたくなった。
「それじゃ」
ドアに向かう途中、やけに周りの人からの視線を感じる。なぜ見られているのかはわからないが、居心地が悪かったのはその所為らしい。
教室を出ると5組の中がなぜか騒がしくなった。ただ孝也は気にする様子もなく、昼飯が食べたいので足早に教室に行く。
教室に戻ってくると高谷の席に男子生徒がパンを食べながら座っていた。彼は孝也が近づいてくることに気づき、話しかけてきた。
「お、戻ってきたな。どこ行ってたんだ?」
「別にどこでもいいだろ」
素気なく返す孝也に彼は特に気にした感じもない。
「そんな冷たいこと言うなよ〜」
「うるさい。早く席を退いてくれ。俺は昼飯食うんだ」
仕方ないな、と言いながら隣の席に座った。彼の名前は
晴翔が退いた席に座り弁当を机の上に広げる。
「お前、今日は彼女とは一緒じゃないのか?」
晴翔は彼女がいるから普段は一緒に昼飯を食べるなんてことはしないのだが、たまに孝也のところに来ていた。
「今日はなんか用事があるんだってさ」
パンを食べながらどこか寂しそうに答える。
「浮気でもしてるんじゃないか?」
ふざけて言ったつもりだったのだが、晴翔は険しい顔をして勢いよく立ち上がったせいで座った椅子がひっくり返っていたが気にした様子もなく、孝也に近づいて肩を掴み前後に振る。
「冗談はやめてくれよ、孝也」
「冗談だから揺さぶるのをやめてくれ」
「ああ、ごめん。取り乱した」
晴翔はひっくり返った椅子を起こして再び座った。
この男、彼女のことになると盲目になりちょっとした冗談でも通じなくなってしまうくらい面倒なやつなのだ。
溜め息を吐きながら、乱れた制服を戻してから弁当に向き直る。ふと、時計を見ると昼休み終了まであと10分しかない。いつの間にか晴翔は食い終わっており、ゆったりと椅子にもたれかかっていた。
そんな晴翔を見て少し苛立ちを覚えたが、時間もあまりないので急いで食べることになった孝也だった。
そして5組に行ったことが翌日から面倒なことになるとは今の孝也は考えもしなかった。
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