傘から始まる恋物語
霊璽
第1話 傘を貸してくれた少女
「最悪だ……」
6月の下旬、放課後の下駄箱にて外の景色を眺めている男子生徒が1人。彼の名前は
孝也は靴を履き替えた後、土砂降りの外を見ていた。
彼は朝の天気予報で午後5時以降から雨が降ると聞いていた。いつもなら家にいる時間帯なのだが、もしかしたらもっと早くから降るかもしれないと思い、念の為に傘を持って登校していた。
実際に雨が降りはじめたのが4時頃だった。その時はまだ小雨だったのだが1時間経つととんでもない豪雨に変わって雷鳴が鳴り響いていた。
そしてなぜ彼は今、ただ外の景色を眺めているのかというと誰かが傘を持って行ってしまったらしい。
今朝、確かに入れておいたはずのところに自分の傘がないのだ。そう考えるしかないだろう。まさか傘に足が生えてどこかに行くはずがない。
溜め息を吐きつつ、どうやって帰ろうか考えた。走って帰るのは無理そうだ。ならどうするか? ふと傘立てを見ると乱雑に入ってはいるが、まだ他にも傘が残っていた。
「どうせ誰の物なのか分からないんだ。1つここから使わせてもらおう」
孝也は傘立ての中からまだ使えそうな傘を探した。
「これなんかまだ使えそうだ」
取り出したのは骨が16本ある頑丈と言われているやつだ。淡いピンク色で明らかに女子のものに見える。
しかし、こんな時間まで残っている人はさすがにいないだろう。雨がこんなに降っているんだ。残っているはずがない。そもそも孝也だって先生からの頼まれごとなどなければ早く帰れたし、傘も盗られなかっただろう。
「いや、過ぎたことを考えても仕方がないな」
頭を振って考えていたことをリセットし、取り出した傘を差して昇降口から出ようとした。
「待ってください‼︎」
後ろから大声で呼び止められた。孝也は周りを見るが誰も居ない。多分自分のことを呼び止めたのだろうと思い後ろを振り返る。
そこには1人の女子生徒が立っていた。上履きの色からして同級生だ。
「それ、私の傘ですよね?」
手に持った傘を指差して言った。
どうやらこの傘の持ち主が現れてしまったらしい。なんと運の悪いことだ。まさか偶々手に取った傘の持ち主がまだ学校に残っているとは。
孝也は自分の不幸さに小さく溜め息を吐いた。取り敢えず何も知らないふりをしよう。
「そうだったのか。てっきり置いてかれたものだと思ってな」
「置いてかれたものなら他人のものを勝手に使っても良いんですか?」
それは俺の傘を持って行ったやつに言ってくれ、そう思いながらも孝也は傘を閉じて目の前の女子に差し出す。
「勝手に使おうとしてすまない」
「いえ、返してくれるならそれで良いです」
傘を受け取った少女の隣を通り過ぎて、再び傘立ての中に使えそうなものがないか探す。
「あの、何をしてるんですか?」
「そりゃ、この雨の中傘も差さずに帰るなんて無謀だろ。だから使えそうな傘を探してる」
チラッと彼女の顔を見ると呆れたような顔をしていた。
「傘、持ってこなかったんですか?」
「いや持ってきたが、誰かに持って行かれた。それだけだ。早く帰りな」
仕方がないですね、という声が聞こえてくる。
同情なんかされたくない。しかしそんなことは気にしていないで早く見つけないと帰るのが遅くなってしまう。
他の傘立てを探そうと思った時、肩を軽く叩かれた。振り向くと先ほどの女子が手に折り畳み傘を持って立っていた。
「何してるんだ?」
「私、もしもの時のために折り畳み傘を持ち歩いてるんです。でも今日はこっちの傘を使うのでこの折り畳み傘をあなたに貸してあげます。誰のか分からないものを持っていくよりはマシでしょう」
「俺、君のことも知らないんだけど……」
孝也の言葉に「確かに」と頷いた。
「それなら2年5組に返しに来てください。今日は確か金曜日なので返してもらうのは月曜日になりそうですね。それではよろしくお願いします。くれぐれも忘れない様に」
そう言って微笑みながら最後に釘を刺し、少女は手に持った傘を差して土砂降りの雨の中に消えていった。
残された俺はしばらく呆然としていたが、渡された折り畳み傘を差して帰ることにした。
「しかし花柄の傘とは少し恥ずかしいな…… そういえば、名前を聞くのを忘れていたな」
頭を掻きながら、早歩きで家に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます