【巻三二 劉備】良可恨哉

「あー、もったいねーな!」



章武元年夏四月,大赦,改年。以諸葛亮為丞相,許靖為司徒。置百官,立宗廟,祫祭高皇帝以下。


臣松之以為

先主雖云出自孝景,而世數悠遠,昭穆難明,既紹漢祚,不知以何帝為元祖以立親廟。于時英賢作輔,儒生在宮,宗廟制度,必有憲章,


(漢籍電子文献資料庫三國志 890頁 ちくま5-064 批判)



○解説

 劉備りゅうび献帝けんていの廃位(および殺されたという勘違い)を受けて即位したときの記述です。諸葛亮しょかつりょう許靖きょせいを補佐としておきました、位の簡素な記述に、はぁ!? と裴松之はいしょうし先生が乗り込まれるのです。

 いやいやいやいや、確かに劉備様は景帝けいてい文帝ぶんていの系列より枝分かれされて、かん帝の血筋といってもかなり遠いわけだけど、既に漢の継承を高らかに宣言なされたのであれば祖廟もお祀りになったでしょ? それに多くの英雄賢人が劉備様を補佐なさってるし、儒の徒たちも政治を支えてるし、祭祀礼制だって万全にお整いだったでしょうに、! 


○皆様のコメント

・波間丿乀斎

むしろ祭祀礼制の明文化が追っついてなかったからまるまる省略したのでは……?


・ひぽ太郎様

『又國不置史,注記無官,是以行事多遺,災異靡書。諸葛亮雖達於為政,凡此之類,猶有未周焉。』(※劉禅伝評)

蜀が歴史の記録に熱心でなかったためにこんな悲劇が…魏と呉くらい頑張っていたら…(ToT)

制度も本当に整っていたんでしょうか?

やっぱり松之先生は蜀に激甘ですね💧『劉』に対する忖度が凄すぎますね…

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