【巻二一 王粲】虛偽妄作

「いやほんと張騭のデタラメときたら

 こんなんばっかですよ、

 到底書き切れません!」



文士傳載粲說琮曰:「僕有愚計,願進之於將軍,可乎?」琮曰:「吾所願聞也。」粲曰:「天下大亂,豪傑並起,在倉卒之際,彊弱未分,故人各各有心耳。當此之時,家家欲為帝王,人人欲為公侯。觀古今之成敗,能先見事機者,則恆受其福。今將軍自度,何如曹公邪?」琮不能對。粲復曰:「如粲所聞,曹公故人傑也。雄略冠時,智謀出世,摧袁氏於官渡,驅孫權於江外,逐劉備於隴右,破烏丸於白登,其餘梟夷蕩定者,往往如神,不可勝計。今日之事,去就可知也。將軍能聽粲計,卷甲倒戈,應天順命,以歸曹公,曹公必重德將軍。保己全宗,長享福祚,垂之後嗣,此萬全之策也。粲遭亂流離,託命此州,蒙將軍父子重顧,敢不盡言!」琮納其言。


臣松之案:

孫權自此以前,尚與中國和同,未嘗交兵,何云「驅權於江外」乎?魏武以十三年征荊州,劉備卻後數年方入蜀,備身未嘗涉於關、隴。而於征荊州之年,便云逐備於隴右,既已乖錯;又白登在平城,亦魏武所不經,北征烏丸,與白登永不相豫。以此知張騭假偽之辭,而不覺其虛之自露也。


(漢籍電子文献資料庫三國志 597頁 ちくま3-387 罵詈雑言)



○解説

 曹操そうそうの時代の文学界を華麗に飾った大文人グループ、こと建安七子けんあんしちしの筆頭である王粲おうさん劉表りゅうひょうの息子劉琮りゅうそうに仕え、曹操への帰順を勧めた人物です。

 張騭ちょうしつ文士傳ぶんしでんにそのときの説得の内容をとうとうと記すのですが、その内容に裴松之はいしょうし先生、ぶち切れ。まぁ裴松之先生のことだからクッソ丁寧に論破してるので、裴松之先生のコメント拝見するだけでいいですね。

 いや北荊州きたけいしゅう獲得した直後のタイミングだし孫権そんけんとはまだ対立してないが? 劉備りゅうびってこのタイミングで関中かんちゅうにぜんぜん関わってないのに隴右ろうう(関中の更に奥、涼州りょうしゅうに近い)に追いやるってなに? 白登山はくとうざん烏丸うがんってぜんぜん関わらない地だけどなに言ってんの? ねぇねぇあなたが王粲に曹操の功績として語らせてる内容、どこ拾い上げてもむちゃくちゃなんですけど。

 デタラメな本だからデマの流布に付き合うなよ、と言いたいんでしょうかね。きっと売れてた本なんでしょうね。

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