僕か探偵になった日

水武九朗

第1話



キーンコーン、カーンコーン


「よーし、じゃぁみんな気をつけて帰れよ」


終礼のチャイムが鳴り教卓の先生が声をかけると、静まりかえっていたいた教室が急に慌ただしくなる。


部活動に急ぐ一団が駆け出して行ったあとは、教室内は静けさを取り戻す。

僕はゆっくりと机の上の物を片付けていく。


シャーペンをしまうところで、ペンケースの中にあるボールペンが気になった。

押し出す部分が猫の形をしていて、僕には似つかわしくない、可愛いらしいものだ。


姉貴から高校の入学祝いにもらったものだ。

ちなみに、実の姉では無く親父の知り合いの娘さんだ。年上なのを良いことに勝手に僕は弟認定されてしまっている。


「あんたは愛想が無くて可愛げがないんだから、物くらい可愛いのもっときなさい」


渡された時に言われた一言が、いまいちこのボールペンを好きになれない理由かもしれない。

こんなことを言いながらもいつも後ろから抱き着いてきたので、「だったら何で抱き付いてくるんだ」と聞くと毎回機嫌が悪くなって面倒くさかったので、だんだんとされるがままになっていた。


姉が卒業生であるこの高校に、僕が受験を決めた時も


「お姉ちゃんと同じ高校に入りたいだなんて、かわいいとこあるじゃない」


と、いくら家から近くて歩いて通えるからだ、って言っても聞かなかった。

この姉貴はいつもそうだ、姉と呼ばないだけで怒るし。

本当に困ったものだ。


僕はペンケースを鞄にしまい、教室を後にした。

入学して2週間が経って部活動もまだ決めてないので、早く帰って読みかけの推理小説の続きでも読むとしよう。



------


学校の帰り道にある、小川沿いの細い遊歩道。


今はもうほとんど散ってしまったが、入学式の時この遊歩道沿いは、満開の桜が並んでいて本当にきれいだった。


その景色が忘れられないのか、帰りは少し遠回りになるこの道を通っている。

風通しもよく人通りも少なく、また道幅も狭くて車も通らないので、ゆっくり景色を楽しめる。



ブブブブブブブブブ


折角の景色を楽しんでいたのに、ポケットのスマホが鳴る。

まったく、こんな無粋なことをするのは誰かと思ったら、親父からだ。


スーパーでたまごが特売だから帰りに買ってこい、か。


確かにスーパーは帰り道になるけど、ちょっと雰囲気を壊された気分だ。


「今の景色が、メール一つでぶち壊し。かぁ」


つい声が出てしまったが、誰も通っていない道だから、不審に思われることもなかった。



チリリィーン


鈴の音がしたけど、誰かいたのか。

独り言を聞かれていたら恥ずかしいな、と思って音が鳴った方を見たら、脇道から白地に黒い模様の猫が顔を出していた。


猫が川の方の柵へ歩いてくると、その後ろを小さい女の子がついてきていた。


「ねぁ、猫さん。あなたのおうちこっちなの?」


猫に聞いているようだ。

犬のお巡りさんでも子猫からは何も聞けなかったんだから、君ではまだまだ役者不足だ。


すると、猫が柵を潜り抜けて川沿いの草むらの中に消えていった。

残されてしまった女の子。


「猫さん、どこ行っちゃったの~?」


そのあと、女の子が回りをきょろきょろ周りを見回しだした。

不安そうな顔になる。


嫌な予感がする。

犬のお巡りさんとか言っちゃったからじゃ無いよね。


なんか、女の子は泣きそうな顔でまだ周りを見回している。


そういえば、たしか小学校はむこうの山側の方だったはず。

幼稚園、小学校が山側で、中学と高校がこっちの川の近くにある。


小学校なんて、本当に懐かしい。


姉貴は僕に構いすぎる面があって、姉貴と同じ学校に通っていた小学校時代は、僕にとって一番苦しかった時代だ。。


高学年になって姉貴と学校が離れた時は、姉貴の弟離れができてなくて家に帰ってからは大変だったけど、学校の中だけでも解放されたと思っていた。


それが中学に上がったら姉貴の高校も近くて、また姉貴の弟構いが激しくなって大変だった。

朝も一緒に登校で、帰りも毎日僕に高校まで迎えに来させてたし。


そんな姉貴も、大学に入って大人になったのか、今のところ急な呼び出しとかもないので、うまく弟離れができていると良いな。



そんな事を考えていて、ふと我に返ると、女の子がこっちを見ていた。


ヤバい、目が合ってしまった。


こっちに近づいてくる。


「あなた、私をママの所まで連れて行きなさい」



なんだこの子供、生意気にもほどがある。

こういうタイプは反論しない方が良いのは既に学んでいる。


「ハイハイ、お姫様。君はどっちの方から来たの?」


と聞いているが、頭の中では交番の位置を思い出す。

確かここからだと家までの途中にあったはず。その前にスーパーもあったので、一旦交番にいってからスーパーに行くことになるか。特売あまごが売り切れないか心配だが、迷子の女の子を送ったと言えば、親父も怒るまい。


「わからないわ」


まだ子猫は泣いてないけど、これじゃ本当に犬のお巡りさんだ。


「そういえば、晩御飯何が食べたい、て聞かてオムレツって答えたわ。ママのオムレツはチーズが入ってて美味しいのよ」


そうなると、女の子のママも特売たまご目当てでスーパーに来たのかもしれない。

ここからだとスーパーは交番までの通り道だし、この子のママが居なくても、スーパーから誰かが交番に連れて行ってくれるだろう。


「じゃぁ。きっとママはあっちの道を行ったところに居ると思うよ」


猫が顔を出してきた道を指さしたが、女の子は首を傾げて


「どうしてわかるの?」


猫を追っかけて道が分からなくなるのに、そんな事に疑問は湧くんだな。

なんだか説明するのも面倒なので


「お兄ちゃんは探偵なんだ。だから、君がママの所からどうやってきたかわかるんだよ」


と子供だましに言ってみた。


「ママあっちに居るの、本当に?絶対?」


うぅん、こんな小さい子供に真正面で言われると、これ以上嘘をつくのは罪悪感が湧いてくるな。


「まぁ、絶対っとは言えないけどね」


つい本音が出てしまったら、制服の上着の裾を掴まれた。


「じゃぁ、あなたも付いて来なさい!!」


掴まれた裾が、僕を逃がすまいと言っているようだ。

女の子の目も同じことを言っている。


こうなっては仕方ない。

丁度スーパーに寄るところだし、もしこの子のママが居なくても、そこから少し行けば交番があるからそこまで遠回りでもないし。


「わかりました、お姫様。お供いたしますよ」


ということで、女の子に上着の裾を掴まれたまま、僕はスーパーへと歩きだした。


「・・・いつもあの女の後ろに隠れてるのに。ちゃんと話せるじゃない」


女の子が小さな声で何か言ったけど、聞き取れなかったから聞き返すと睨まれた。

僕、会ったばかりのこの子に何かしたっけ。

まぁ、噓はついてるけど。



------


ほんの2,3分の距離を歩くと、スーパーにたどり着く。



すると、うちの隣の奥さんが慌てて何かを探している様子で辺りを見渡していた。

挨拶しに近づいて行っったところ


「こんにちわ、高山さん」


と言い終わる前に、


「ママ!!」


と女の子が駆け寄っていった。


高山さんちの子だったのか。奥さんにだっこされてるところは覚えてるけど、もうこんなに大きくなったのか。


しかし、まさか迷子に絡まれたとおもったら、隣の家の子供だったとか、超ご近所さんじゃないか、って自分に突っ込んでみる。

そういえば今年小学校に入ったんだっけ。9歳も離れていたら、顔も覚えてなくても仕方ないよね、うん。


「雪南、どこ行ってたの。心配したのよ。あ、貴くんが雪南を連れてきてくれたの?ありがとうね~」」


「いえいえ、お隣さんですから。当たり前のことをしただけです」


女の子はじぃーっとこちらを見ている。

こら、こっち見んな。お前のことを覚えてなかったなんて言ってないだろう。覚えてるとも言ってないけど。


「ほら雪南。貴くんにお礼言いなさい」


「あなた、ママを見つけたことは褒めてあげるわ。今度はあの猫ちゃんのおうちも探しておきなさい!!そうしたら、あなたを立派な探偵って認めてあげるわ」


「まぁ、なんてこと言うの。ごめんなさいねぇ貴くん、普段はこんなこと言わないんだけど」


なんて口の悪い子だ。似てる誰かを知ってるので、できればやめてほしい、本当に。

そういえば、猫か。ちょうどいいのがあったと思いつつ、カバンを探ってペンケースから猫のボールペンを取り出した。


「実は、あの猫は僕のカバンに入ってたんだ。これを君にあげる。今度は逃がさないようにしてね」


と猫のボールペンを女の子の手に渡した。

女の子は一瞬笑顔になったが、すぐにまた憎たらしい表情になる。


「ふん、ほめてあるわ。あなたのことは一人前の探偵って認めてあげるわ」


高山さんの奥さんはずっと、ごめんね、ありがとう、と言いながら、スーパーの中に入っていった。


悪いのは隣の家の子の顔を覚えてなかった僕のほうですよ、と心の中で土下座する。



ここで問題が2つできた。


この雰囲気の中、僕もたまごを買いに行かないといけない。

買わない、という選択肢を取れば、親父にどんな目にあわされるだろうか。


高山さんの奥さんも特売のたまご狙いだろうし、もし顔を会わせようもんなら気恥ずかしさが半端ない。

そうなれば、何もなかったように挨拶でもしようか。


そしてボールペンの事、姉貴になんて説明しよう。

隣の女の子にあげました。でワンチャン「良いことをしたわね」になることを賭けるしかない。


問題点への対応策は決まった。


奥様方で賑わう夕方のスーパーへ、僕は意を決して入っていく。


やはり、高山さん母子親子にたまご売り場で顔を会わせたが、僕は何事もなかったように挨拶する。


女の子とは、怖くて目を合わせなかった。

奥さんには年頃の男の子の気恥ずかしさがちゃんと伝わったのか、笑顔で挨拶を返してくれた。


たまごの残りは5パックになっていたので何とか買うことができた。


もう少し、青春の葛藤が長く続いたらきっと買い逃してただろう。



ポジティブに行こう。今日は「悩む時間は短い方が良い」という教訓を得た良い日だ。


しかし、見落としていた点がもう一つあった。


高山さんはうちのお隣さんだ。

ということは、帰り道もまったく同じになる。


その間ずっと、奥さんの話に相槌をうちながらも、女の子の目線は避け続けていた。

うちの前までたどり着と、女の子から


「さようなら、探偵さん。あと、猫ちゃんありがとう」


と奥さんと会釈をしてうちの中に入っていった。



その日から僕は、隣の女の子の探偵になった。



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