第22話

 真理子はもう新妻と言っていいだろう。通い妻。毎日ウチに来て、労働して家に帰る。それの繰り返し。単調な毎日のようでいて、濃密な時間が店内に流れている。姉が予言したとおり、兄と真理子は「婚約」という事実を得た事によって、ようやく恋愛モードに移行したようだ。順序が逆なのだが、二人にはそれが丁度良かったのだと思う。政略結婚とか、親が決めたような結婚が結果的に幸せを生む事がある。私は時代小説が好きなので、兄と真理子のケースがそれに少し似ていると思った。

 政略結婚とまでは行かなくても、お見合い結婚は親の世代までは当たり前だったのだ。恋愛結婚が増加した現在、離婚率が極めて高くなった。人に自由を与えすぎると不幸が生まれるのかもしれない。結婚しない自由まで与えられて、個人が不幸になっている気がしないでもない。店のカウンターに腰掛けてコーヒーをすすりながら、私は柄にも無く思索にふけっている。店の手伝いをサボって。

 真理子がきびきびと働いている。暑苦しい。兄と真理子の間で交わされている愛のオーラが暑苦しい。十一月に入って寒い日が続いているが、ウチの喫茶店には暖房がいらない。……実際はエアコンつけてるけど。

 私と姉はかなり食傷気味だがお客さんたちは大喜びだ。恋する真理子の圧倒的な桃色オーラと、スイッチが入っていつもとは一味違う兄のさわやかな振る舞い。もはやウチの喫茶店の売りはコーヒーと料理だけではない。常連さん達は大好きなテレビの水戸黄門は見逃しても、ウチの喫茶店には毎日かかさず足を運ぶ。リアルドラマだ。そういう勢いになっている。


 婚約はしたものの、結婚は卒業してからということになっている。真理子はまだ十七歳。高校二年生だ。当たり前だが私と同い年。そう考えるとすごいな……。女子高生と婚約しちゃう喫茶店のマスターっていうのも、話だけ聞いたらとんでもなく怪しい。よんどころのない事情か、人には話せない理由がありそう。

 そういう話は一般市民の大好物らしい。ご近所は商店街の方から、遠方は噂を聞きつけた物好きな人まで。今まで以上に客が入るようになった。真理子の知り合いのお金持ちグループの隣に、商店街の酔っ払いオヤジが座っていたりする。祖父と兄、そして真理子の三人体制でも店が回らなくなってきた。当然そのしわ寄せは私と姉に回ってくる。

 私は部活はあるものの基本的にはヒマだ。だから以前より店に出るようにしている。働くのは別に嫌いではないけど、愛のオーラがなにしろ暑苦しい。一方姉は、大学の勉強が本格的に忙しくなっているらしい。しかし混雑時には無理して店に出ている。私以上に姉は、店内に溢れるフワフワした雰囲気にうんざりしている。一緒に店に出ていると散々愚痴を聞かされる。

「ちょっと! どうにかならないのコレは?」

 姉が目の前の風景を両手でかき回しながら言った。

「しょうがないでしょ。姉さんが招いた事態でもあるわけよ。コレは」

 私も割りとイライラしているので言い返す。

「結婚するまであと一年以上あるじゃない……。わたし一人暮らししようかな」

 姉が眉毛を吊り上げて言った。

「ちょっと! 逃げるのは無しだよ。それより父さんと母さんを働かせようよ。あの二人なら、この生暖かい雰囲気に適応出来そうじゃない?」

 私は思い付きをそのまま話したのだが、我ながらいい案だと思った。

「そうね。まあ、その方向でいこうか。まったく……。わたしの貴重な才能と時間が、こんな下らない計画に費やされるなんて人類の損失よ? 本来こんなに安くないのよわたしは。大安売りだわ」

 姉がものすごく偉そうに言う。しかし姉は偉そうな態度が良く似合う。私は嫌いじゃない。特に何も言うことはない。

「で、ご両親はバリからいつ戻られるんですかね?」

 姉が私に訊いた。

「そういやすっかり忘れてたね。婚約の話も伝えてないし。メールの返信が無いって兄さんが言ってたような」

 私は思い出して言った。ウチの両親の場合、音信不通なのは良くある事なので心配は無い。

「なんとかして召集をかけるか! まだバリにいるんでしょうね? 二人は。年末は家族が一旦集合して、今後のことも含めて会議をしましょう。そうじゃないとやってられないわよ」

 そう言って姉が真理子に視線を注ぐ。真理子の幸せそうな顔を見て、姉がガックリと頭を下げた。

「でもホントよかったよ」

 私は言った。

「もちろん。悪い事はないわよ。ただ、わたしはもう少しだけ遠くから見守りたいの。ほんの少しだけでいいから、遠く。愛とか恋とか、ほんわか楽しめるタイプじゃないでしょ? 私達は」

 そう言って姉が私の顔を見た。確かに。何も言う事はございません。


 姉がついに両親の居場所を突き止めた。音信不通になっていたのによくぞ見つけたと思う。

 姉はまず兄の携帯を預かり、両親に関する記録を徹底的に洗い出した。データを収集しリストを作ってから、それをフローチャートのような形にまとめた。姉の部屋は基本的に殺風景だ。実験器具やパソコンが並び、とても女子大生の部屋には見えない。なぜか大きなホワイトボードまである。そこに両親の写真や行動記録を貼り付け、部屋の中心で姉が考えを巡らせている。まるで殺人事件のプロファイリングのようだ。

 泊まったホテルの支配人や、バリに在住している父の友人に姉は電話をかけまくった。そもそもウチの両親は自由気ままで、行動が読みにくい。その日の気分で、突然海外旅行に出かける人達だ。細かな情報をつなぎ合わせ、そこに両親のきまぐれ指数を掛け合わせて行く。姉はおおざっぱな性格なくせに、こういう細かい作業が実に得意だ。まるでどこかのマニアな人みたいに嬉々としてやっていた。私にはとても真似できない。

 どういう計算でその結果が出たのかは分からないが、どうやら両親はネパールの首都、カトマンズという街にいることが判明した。そう姉が断言した。総合的に考えてほぼ間違いないとの事。両親はバリからタイに飛び、タイのリゾート地で数週間過ごした。その後、タイ仏教からチベット仏教に父の関心が推移し、チベットに近いネパールに行く事を決めたのだという。なんでそんなことまで分かったのだろう。姉に詳細な説明を受けたのだが、難しくてよく理解できなかった。ただ、恐ろしく緻密に調査がされていることは分かった。チャーター機のフライト記録に邦人二名とか、ラサの寺院で派手なアジア系中年カップルの目撃証言とか。よくぞ集めたものだと思う。

 姉はインターネットの掲示板やチャットも駆使していた。そこで姉はコネをつけ、現地にいる人に頼みごとまでしていた。日本人が溜まり場にしている喫茶店の、情報ノートのコピーまで手にしている。

 そしてついに、泊まっているホテルもほぼ突き止めた。しかし、そのホテルのマネージャーが極端に口が固いらしく、最終的な確認だけ取れていないとのこと。

「本人達に連絡が取れたとしても、帰国するように説得するのが一苦労だよね」

 私は言った。

「そう、その通り。佐奈にしては頭が働いてるわね。もちろんもう手は打ってあるわよ」

 姉が目をキラッと光らせて言った。調査に没頭したこの数週間、姉は大学の勉強もあるので、睡眠時間を削って活動していた。目は落ち窪み、髪の毛がボサボサになっている。しかし見た目ほどの疲労感は不思議と伝わってこない。それどころか不気味な笑顔をして、とても楽しそうである。理系人間の極みという感じ。本人が楽しいなら問題はない……だろう……。

「手を打ったって、何をしたのよ」

 恐る恐る私は訊く。

「当ててみて。文系の想像力を発揮してみせてよ」

 もったいぶるのが好きな姉である。

「直接姉さんがネパールへ飛ぶとか? それぐらいしないと、あの二人は捕まえられないかもしれないし。でもそんな時間ないよね」

 もうあと数日で十二月だ。年末に家族会議をするとして、残された時間は少ない。そもそも姉は基本的に多忙である。

「うーん、おしい。いいセン行ってる。あと一息」

 姉が嬉しそうにして言った。

「ちょっとまってよ? 私が行くんじゃないでしょうね? イヤよそんなの。私も学校があるんだから。しかも一人でネパール行って人探しなんて体力持たないよ。インドとほぼ同じような環境なんでしょ? それに確か、いきなり高山病にかかるような海抜だったような」

 私は慌ててまくし立てた。

「佐奈! 落ち着きなさい。かわいい妹を、一人で辺境の地へ行かせるわけがないでしょう? 私はそんなヒドイ人間じゃないわよ。だけど高山病とか良く知ってたわね? そこは文系の分野か」

 姉が笑った。

「じゃあどうするのよ?」

「ネパールに現在、一番近くにいる人間は誰? 信頼できる人物で」

 姉が言った。

「ばあちゃんか……」

 私は言った。

「正解」

 姉が椅子の上で目を瞑って、ふかぶかと頷く。確かにそれはかなり有効な手段だ。祖母は旅なれているし、けっこう昔だがネパールに行った経験もある。

「日本に帰国するついでに、両親も連れてきてもらうと」

 私は言った。

「そういう事。ばあちゃんなら一瞬で見つけるでしょうよ。例え父さん達が移動していたとしても、ニオイを嗅ぎ付けるように対応してくれる。間違いないわ」

 姉が目をキラキラさせて言った。計画に隙が無い。

「ニオイと言えば姉さん、ちょっとあなたがにおいますよ? お風呂入ってないでしょう最近」

「うん。三日ほど。ばあちゃんの航空券の手配が済んだら、即行でシャワー浴びるよ。それでようやくミッションコンプリート。あと一息ね」

 そう言って姉が、またモニターに向かって忙しくキーボードを叩き始めた。そっと私は部屋を出る。頼りになるけど……もう少し普通にできないのか……。


 ネパールからタイを経由して、成田に帰る航空券を三人分。両親が見つかる前に姉は予約してしまった。さらに言えば、祖母に計画を打診する前の段階で、ホテルの予約など航空券以外の準備もネットですべて手配してしまった。姉の決定がすべてに優先される。そんな馬鹿な話が通るわけが無い。しかしそれがまかり通ってしまうのが、ウチの家族の恐ろしい所だ。

 十二月二日、祖母がブッダガヤーを出発。十二月三日にインド出国。同日ネパールの首都カトマンズに到着。カトマンズ周辺地域にて一週間で両親を確保。十二月十一日ネパールを出国。同日タイ、バンコク着。その後バンコクの高級ホテルにて三日間のリラックスタイム。十四日夜バンコク発。十二月十五日正午、両親と祖母の三人が揃って成田到着。

 これが姉の立てた怒涛の計画だ。両親の確認情報が古くならないうちにということで、祖母のインド出国がかなり前倒しされた。ミッションインポッシブル。祖母にも出国の準備があるだろうし、そもそも一週間で人探しをしろというのが酷い。しかも場所がネパールというのだから、ほんとまるで映画のような話だ。人探しをするのはスパイとか工作員ではなく、今年六十七歳になる祖母という……。本当に映画ならちょっと見てみたい気もする。

 そんな冗談にもならない話を「わかったわ」と返事一つで引き受ける祖母が最高にヒドイ。いや、もちろん祖母の勇気は尊敬に値するのだが、常識的に考えれば無謀と言うしかない。無謀な計画が当たり前のように了承されていく。私の頭の方がおかしいのだろうか。いったい何を信じたらよいのか。姉に常識が無いのは知っていたが、祖母の場合なんと表現したら良いのだろう。常識を超えているとでも言うべきか。

「そうね……。あなた達の両親に常識がないんだから、こちらもそれなりの方法を取るというところかしら。大丈夫、何とかなるわ」

 私が常識の話をしたところ、祖母にこう返された。本人がヤル気なら特に異存はないけれど。いやしかし……。

「ばあちゃん。時々思うんだけど、私が一番常識人だよね? ウチの中だと。しかも常識を持っている事がすごい馬鹿みたいな気持ちになってくるんだけど」

 これから大変なミッションをこなす祖母に向かって、なぜか私が愚痴っている。

「そうねぇ。案外佐奈ちゃんが、ウチの家族の中心かもしれないわね? あなたがいなかったら、この非常識な世界が空中分解してしまうかもしれないわ。これからもしっかりと繋ぎ止めていてね?」

 祖母が笑って言った。

「私はいつも不安で、部屋で一人震えていますよ。それで役割を果たすことになるでしょうか?」

 意味不明だが、私はそう言うしかないような気がした。

「苦労をかけるわね。あなたのおじいちゃん……私の旦那様もそういう役目を負ってきたと思うわ。今度ゆっくり話して御覧なさい。常識について」

 ホホホと高い声で祖母が笑った。まったくかなわない。

「インドでならしたばあちゃんだから、今度のミッションもこなせるだろうけど。ほんとに気をつけてね?」

 私は不安で胸がつぶれそうだ。

「大丈夫よ。息子達が見つからなくても、わたしは間違いなく帰国するし。真理子さんとディズニーランド、楽しみだわぁ。なんてね? 大丈夫、ちゃんと見つけるわよ。イイ予感がするの。そうじゃなきゃ、お姉ちゃんの無茶な計画に乗らないわよ。安心して待っていて」

 祖母に言われると素直に安心してしまう自分がいる。明日にはブッダガヤーを出発するという祖母は、私と会話をしながら荷造りをしている模様。電話の向こうでバタバタとすごい音がしている。これ以上私の心配に付き合わせる訳にもいかないので、早々に電話を切った。果たして祖母は大作戦を成功に導くことが出来るのだろうか。


 私との電話から数日後、ネパールはカトマンズ、トリブバン空港に祖母は到着した。姉がネットで予約していたホテルに荷物を預け、久しぶりのネパールの景色を楽しみつつ、近所のお寺にお参りに行ったそうな。帰り道、とてもかわいらしい喫茶店を祖母は見つけた。

「わたしの趣味に合う店はあまり多くはないわ。日本でも外国でもね。だから、見つけたら間違いなく入ることにしてるの。わたしと似た趣味を持っている人、すなわちそれが久美子さんとか真理子さんね。とても貴重な人種よ。みんなにはファンシーとか言われるけどその通りね。でもファンシーの道も奥が深いの。かわいいだけじゃダメなのよ」

 祖母が電話で話してくれた。久美子さんというのは私の母親の名前だ。祖母はカトマンズで最初に入った喫茶店で、なんと両親と出会ってしまった。祖母が気が付く前に私の母が気が付いて「お母様お久しぶりです!」と言って駆け寄ってきたのだという。

 お久しぶりです、と言う前に他に言う事がたくさんあるような気がする。しかしそれが母の性格なのだ。祖母が言うように真理子にも少し似ている。要はお嬢様育ちという事だ。一般人と見えている世界が全く違う。距離や時間の感覚もファンシー。ファンシーは最強。

 父がチベット仏教にかぶれ、一週間以上の計画で山々をねり歩く計画を立てていた。さらには陸路でネパールからチベットへ向かう過酷な旅に出る直前だった。基本的に母は父の言いなりなのだが、ワガママなのはお嬢様のお約束だ。過酷な旅の前に、お気に入りの喫茶店でもう少しお茶を楽しみたい。それだけの理由で出発を数日遅らせていた。母のファインプレーだ。祖母と母が、心のどこかで呼び合っていたのかもしれない。

 ちなみに、祖母と母が気に入りそうな飲食店を、綿密な調査を元に姉が事前にピックアップしていた。祖母には姉謹製の手作りマップが転送されており、それも大いに役立ったとのことだ。さすがの姉と言わざるを得ない。

 祖母が来てしまえば父は抵抗する権利を失う。祖母と母にタッグを組まれたら、いくら身勝手な父と言えども対抗する手段を持たない。さびしがりやの父は、一人で旅に出るような甲斐性は持ち合わせていない。あっさり祖母に説得されて帰国することに決まった。父がチベット仏教にかける思いの、なんと軽い事か。その軽々しさが父らしいと言えばそうなのだが。

「説得なんて簡単よ。ウチの喫茶店で美味しいコーヒーを飲みたいわね? クリスマスには健一が、おいしいケーキを作るでしょうね、おせち料理も久しぶりね? なんて話してたら、お父さんすぐに目の色変えてたわよ。もちろんトドメは真理子さんの話。婚約の話を聞いた途端、今にも日本に飛んで帰りたいような顔をしてたわ」

 祖母が電話で笑って話してくれた。


 空港には兄と真理子が迎えに行く事になった。計画の大成功に気を良くした姉が、店の手伝いに名乗りを上げた。感動の再会シーンを演出したいらしい。ついでに私まで見物に言ってくるようにとのこと。正直面倒くさいが、姉の機嫌を損ねたくない。実際今回は姉の手柄が大きい。私は最大級の賛辞を姉に送り、兄、真理子と共に空港に向かった。なぜか桐原家の車で。

 人数も荷物も多いので、片山さんが車を出してくれることになったのだ。逆玉の恩恵は素晴らしい。電車とバスさようなら。しかしあまり調子に乗ると落とし穴がありそうで怖い。あくまで心配性の私。


 祖母と両親の姿が入国ゲートの向こうに現れた。祖母は母と楽しそうにおしゃべりしながら歩いている。その後ろから父が、たくさんの荷物が乗せられたカートを一人で運ばされて、不機嫌な表情で付いてきている。

 祖母がこちらに気が付いた。ゲートを出ると小走りでこちらに近づいてくる。真理子がゆっくりと祖母の方に歩み寄った。二人はじっと見詰めあい、しっかりと両手をつないだ。視線に乗せて言葉以上のなにかが交わされている。他の者はその光景を温かく見守っている。

「真理子さん、本当に嬉しいわ。わたしたち家族になれるのね? これから楽しい時間をたくさん過ごしましょうね」

 祖母が真理子に微笑みかけた。真理子は緊張しているようで体が固まっている。固まった真理子の全身から、喜びのオーラがにじみ出ている。感動的だ。

「お母様。あの……」

 祖母と手を繋いだまま、真理子が母に向かって何か言おうとした。母は真理子の言葉をさえぎって、そっと真理子を抱きしめた。それがとても自然な仕草で気持ちがこもっている。二人は初対面ではないが、今までそんなに交流は無かったはず。しかし間違いなく二人の相性は良いだろう。気の合うお嬢様同士だからこそできる振る舞い。そういうモノもあるのかもしれない。母が一歩後ろに下がって、真理子の全体像をじっくりと観察する。

「……こんなかわいい娘が出来て、わたし本当に幸せだわ。ねぇお母様? 真理子さん、……真理子さん。ずっと仲良くしましょうね?」

 たまらない、と言う感じで母がため息をついた。確かに、私と姉はこの母の娘として生まれながら、なぜだかかなり粗暴な性格に育ってしまっている。小さい頃にはかわいいフリルのついた服を着せられたりしたが、私たちはその格好でドロだらけになって遊び、母を毎度のように失望させた。私が小学校に上がる頃には母もついにあきらめ、文句を言わない兄に女の子の服を着せて遊んだりしていた。やらせる兄も兄だが……。

 真理子はボロボロ涙をこぼしている。祖母と母と真理子。この三人に言葉は必要無い。お嬢様&ファンシーの最強の組み合わせだ。姉は私にこのシーンを見せたかったのかもしれない。何かが始まった。力強い、独特の美しい世界。

 いい雰囲気の中、母に続いて父が、真理子に抱きつこうとする気配を私は真っ先に察知した。すかさず父の肩をガッチリとロックする。振り返って私の顔を見る父のなんとも情けない表情。ダメです、絶対に許しません。こういう役目の為にも姉は私を派遣したのかもしれない。

 美しい世界を守る防波堤として、私たち姉妹が果たす役割は今後も大きいだろう。まあ、父は単なるさびしがりやだからいいとして、今後どこから魔の手が忍び寄ってくるか分からない。なにしろお嬢様方は光り輝いているので、聖俗いろんなモノを引き寄せてしまうと思われる。兄は優しすぎるので、ディフェンスという面では少し心もとない。姉妹が粗暴な性格に育ったのには、それなりの必然性があるという事だ。わりと残念な必然性だが仕方がない。正直、ファンシー側じゃなくて良かったと私は思っているし。

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