第14話

 朝起きて座禅に行く(私と姉はもちろん不参加)。朝ごはんを食べて午前中は自由時間。お昼ご飯の後に小学校で勉強のお手伝い、もしくは村の小さい子らと一緒に遊ぶ。夕方、また座禅に行く(姉と私は当然不参加)。遅めの夕食を食べ、早寝をする。

 この流れであっという間に日々が過ぎて行った。私と姉は主にだらだらと過ごしていたけれど、他の人は毎日精力的に活動していた。特に祖母と兄は午前中にお寺巡りをし、午後は学校の他にもボランティアに行ったりと非常に忙しそうだった。

 驚いたのが真理子。祖母と兄に付き添って、ボランティアの場で大活躍した。彼女は実際かなりの美人だし、非常に人受けが良い。その場にまるで花が咲くようだと、祖母が毎日のように絶賛する。褒めすぎのような気もするが、なんとなく私にも分かる。

 真理子にはホントに華があるのだ。育ちの良さというものが、ほんの小さな仕草にもにじみ出てくる。もちろんその事は、日本にいても私は感じることができた。ただ、言い方が悪いかもしれないけれど、インドの貧しい町や人々を背景にして、真理子の美しさがいつも以上に光り輝いている。神々しいと言ってしまいたいような眩いオーラが発揮されていた。

 兄が、真理子と村の少女達の為にリリアンの編み機を作成した。インターネットで調べて、ペットボトルと割り箸でも作れる事を兄が発見したのだ。兄はすぐに材料を集め、リリアン編み機を大量に生産して真理子と子供たちを感激させた。

 ちなみにヒマヒマな姉と私は、兄のお手伝いと称し、このリリアンの編み機作りに熱中した。そのことにより私は「リリアンの編み方」は未だに知らないが、「リリアンの編み機」ならば目をつぶっても作れるようになった。なんだか馬鹿みたいな話だが職人級のレベルで作れるようになったと自負している。姉と完成度を競い合って作り続け、最終的には不必要な部分にまで工夫や装飾を凝らすようになった。兄に作るペースが遅いと叱られる始末。

 丹精込めて作ったリリアン編み機を子供たちに手渡す時。私はまるで我が子を手放すような気持ちになった。それほど本気で作っていたのだ。ヒマじゃないと絶対にできないな……。

 片山さんは桐原家の財力にモノを言わせ、真理子が子供達に配る為の物資を買い付けに走っていた。文房具や菓子を買うために、毎日一人でガヤーとブッダガヤーの町を往復していた。

私と姉が散歩をしていると、リクシャーが地煙を上げて遠くから近づいてくる。クラクションを鳴らして車が私たちの横に止まった。運転手の顔を見たら片山さんだった。後部座席には買出しの品物がたくさん。運転席の両脇にはお手伝いのインド人が二人、荷物を抱えてぎゅうぎゅう詰めで座っている。

「恐らく二十年ぶりぐらいでしょうか。オート三輪を運転したのは」

 額に汗をして嬉しそうな顔で片山さんが言った。

 私と姉は、日本寺に併設されている図書館から本(主に漫画)を借りて、ホテルの部屋で読みふけった。私は手塚治虫のブッダを読破した。なかなか面白かったし、ブッダガヤーでブッダを読破したのは忘れられない思い出になるだろう。姉はブッダなんてつまらないと言い、古い少女漫画をずっと読んでいた。……別にいいけどね。

 そしてまたたく間に帰国の日がやって来た。


 最後の日だけでもと祖母に言われて、姉が早朝の座禅へ旅立って行った。帰ってきたら姉の顔が白くなっていた。魂が抜けている。私と同じ感想を持ったらしい。ある意味これは、解脱した状態と言えるのではないか? そんなわけ無いか。

 朝ご飯はやっぱりカレー。もう何年も前から食べている気がする。不思議なことに日本食を食べたいとはあまり思わない。味噌汁みたいなダールという汁を飲みながら、相変わらず大量にナンを食べてしまう。体重はたぶん増えていない。むしろ少し減っているかもしれない。ナンはたくさん食べるけれど、それ以外に食べたいものがないので、結果的に摂取カロリーが少なくなっている。

 メニュー自体に肉料理がほとんどなく、野菜料理がメイン。思い起こせば我が家の日本の食卓。魚や肉をおかずに、白米を大量に食べるメニューがいかに高カロリーだったか。まあ帰国したら元通りに食べると思うけど。

 午前中のうちに小学校に行って、子供たちとお別れをする。四日も通うと何人か仲良しができる。子供たちも、それぞれお気に入りの日本人ができたみたいだ。もちろん真理子が一番人気。幅広い層にファンがいる。最終日なのでさらに大盤振る舞いして、真理子は子供たちにプレゼント攻勢をかけていた。これじゃあ人気が出るのも当たり前だ。

子供たちに物をあげ過ぎるのは、教育上あまりよろしくないと思う。しかし、真理子は村にやってきたスターなのだ。特例として許されてもいいような気がする。子供たちにとってみたら、サンタみたいな感じかもしれない。真理子も子供たちにもいい思い出になっただろう。

 姉はすっかりガキ大将と言った感じで、乱暴な男の子達を従えてドロだらけになって遊んでいる。そういえば姉は、小さい頃もこうやって男子達と遊んでいた。姉というガキ大将が近くにいるので、小さい頃の私は、常に二軍の親玉と言う感じだった。

 不思議な事にここインドの小学校においても、わたしの元に集まってくるのはハミ出し者ばかり。メガネにヒビが入っている運動音痴の男の子とか、体はでかいけど気が弱い大食漢とか。雰囲気までそっくりだ。女の子も気の弱そうなのが集まってくる。私は昔を思い出してにんまりしてしまった。あいつら、今頃どうしてるかな。

 別れるとき、みんな泣いた。こんなに熱い涙を流したのは久しぶりだ。真理子は気丈にも、ほんのり目を潤ませただけだった。真理子は最後までスターだった。また来るからね、と真理子は余裕の笑顔でみんなに言った。たぶん本当に来るつもりだと思う。


 お昼ご飯を例のイタリア料理店で腹いっぱい食べる。祖母とは最後の食事だ。祖母の体が小さく見える。元々小さいけれど、今日は特にそう感じる。さびしさのあまり、みんな口数が少なくなっている。それを察して祖母が明るく振舞う。

「なにも今生の別れというわけじゃないのよ。まるで私がインドに骨をうずめるみたいな雰囲気になってるじゃないの」

 祖母が笑った。

「ばあちゃん。でもずいぶんここの空気になじんでるよね? 元気なのは嬉しいけど、ちょっとインド色に染まり過ぎじゃないの?」

 祖母を愛する姉が、口を尖らせて言った。

「そうねえ……。でも日本に帰るのはまだ先のような気がするわ。なんとなくタイミングがまだ、という感じがするのよ。みんなには心配をかけて申し訳ないんだけれど」

 祖母が言った。

「今年の正月あたりに、一時帰国するのもいいんじゃないかな。ばあちゃんに会いたがってるご近所の方もたくさんいるし。喫茶店でいつも話題になってるよ」

 兄が言った。そう。祖母の話が喫茶店で出るたびに祖父が嬉しいようなさびしいような、なんとも微妙な表情をしていた。

「じいちゃんもたぶん会いたいと思ってるよ。中々口には出さないけどね」

 私は畳み掛けるように言った。祖母は困ったような顔をしている。

「おばあさま? お正月に真理子とディズニーランドへ行きましょうよ。わたし、一緒に行きたいです」

 相変わらず強引に真理子が言った。

「あっ……ディズニーランド? 真理子さんと? いいわねぇ。本当にそれは楽しそうね……。私やっぱり帰国するわ、年末に」

 祖母が言った。真理子を除いて一同盛大にズッこける。唐突だなぁ。家族より真理子。家族よりディズニーランドかよ! 真理子は手を叩いて喜んでいる。

「真理子、健一さんとも一緒に行きたい……」

 うつむいて、たどたどしく真理子が言った。

うそっ! そういう事になってるの? 私は姉と驚いた顔を見合わせた。兄の発言を待つ。

「じゃあ年末にはみんなでディズニーランドだね。今から楽しみだなあ」

 兄が笑顔で言った。違うだろ! 私より先に姉が反応して、兄の背中をバシッと叩いた。口より先に手が出る。兄は姉を見て不可解な顔をしている。さすが兄さん、スーパー鈍い。それを見て祖母がニヤリと笑った。

「ここは私に任せておいて。私が帰国するまでは加奈と佐奈、出来る限りの事はするのよ? あくまでも慎重に。分かってるわね」

 私たち姉妹に向かって、テーブルに身を乗り出して祖母が小声で言った。姉は何度も深く頷く。私は……微妙な心境だなあ。とりあえず祖母には分かったという顔をしておいた。しかしかなり面倒くさそうだし、全く自信が無い。

「片山さん。よろしくって?」

 祖母が笑顔で上品に訊いた。

「そもそも口を挟める立場にはありませんが、お相手が健一さんならわたくしも安心です」

 片山さんが小さく笑って小声で言った。うわ。なんか流れが出来てますよ。当人たちを差し置いて。まあ真理子は自分で言いだした分もあり、みんなの会話をある程度は理解しているようだ。恥かしそうに聞いてほんのり頬を赤らめ、大きな瞳をパチパチさせている。その仕草、お嬢様。美しいぞ。

 問題は兄だ。みんなの会話についていけなくて、その場しのぎの微笑を浮かべている。こりゃ簡単じゃないぞ……。

「とにかく焦らないこと。幸せはゆっくりと掴むモノよ。もっと言えば、幸せを掴もうと努力している過程に、一番幸せな瞬間があるのかもしれないの。私はそう思うわ。みんな人生を楽しみましょう。現に私、今とても幸せな気持ちよ。真理子さん本当にありがとう」

 祖母が嬉しそうに言った。

「おばあさま……」

 真理子が目をウルウルさせている。祖母と真理子の相性はバッチリのようだ。今回の旅で友情が育まれたのだろう。それは私にとっても嬉しいことだ。

「じゃあみんなそろそろ出発の準備をしましょう」

 祖母が元気よく言って、みんな食卓から立ち上がった。


 帰りはガヤーからバンコクまで、飛行機のチケットを取る事が出来た。キャンセル待ちで無理だと思っていたのに、なぜか大幅にキャンセルが出た模様。奇跡だ。仏のご加護か。購入済みの電車のチケットが無駄になったけれどそんな事どうでもいい。マジで嬉しい。電車に乗らないで済むと思うだけで、本当に心の底から嬉しい。

 駅前の客引きとか、寝心地の悪い固いベッドとか。もう一回やるのかと思ってうんざりしていた。もう乗らないで済むからこそ、車窓からの風景がしみじみと美しく思い出される。

 ガヤーの空港へは車を二台チャーターして、ホテルの前から直接向かうことになっている。ああ本当に電車じゃなくて良かった。我ながら根性無しだと思うが、正直もう根性なんてどうでもいい。死活問題だ。

 ホテルのロビーで車を待つ。私は祖母と最後の会話をする。

「ばあちゃんと年越しするの、楽しみにしてるからね」

 私は言った。

「佐奈ちゃん真理子さんをよろしくね」

 祖母が私の手を握り、懇願するように言う。

「私ががんばってもそうそう変わりは無いと思うよ。もちろん、やるだけはやるけどさ」

 私は苦笑して言った。

「そんなこと無いわよ。真理子さん何度も言ってたわ。高校に佐奈さんがいるからこそ、毎日楽しく過ごしていられるって。佐奈ちゃん、頼りにされてるわよ。私も鼻が高いわ」

 祖母が笑顔で言った。真理子……。ジーンと来るね。少し離れた所のソファーに真理子を始めみんなが座っている。真理子が兄を見る目が、心なしか以前とは違う様に感じられる。兄は……全然変わらない。私はため息をついた。

「真理子より兄さんでしょ。問題は」

「健ちゃんはカタいわよねぇ。誰に似たのかしら。ウチには誰もお手本はいないのに」

 祖母が言った。反面教師という言葉がありますが。

 兄と片山さんがホテルから外に出て、しばらくして戻ってきた。

「車が来ないですね。午後二時の約束だったのですが」

 片山さんが元々渋い顔をさらに渋くして言った。一方兄はなぜか笑顔。

「車の手配は昨日、ホテルの人にしっかり頼んだんですけどね。今確認したところマネージャーは困った顔をするだけでした。さすがですね」

 なんじゃそりゃ! 時計を見ると午後二時二十分。嫌な予感がする。

「飛行機は? 六時ぐらいだっけ?」

 慌てて私は言った。

「なら余裕じゃない。大丈夫よ」

 姉が笑い飛ばす。甘いよ、甘すぎるよ。全然学んで無い。私はインドの恐ろしさを知っています。

「リクシャーで行こうか。でも荷物がなあ。分乗するにしても、バラバラになるのは怖いしなあ……」

 兄が腕組みをして言った。どうしたものか。みんな考え込む。考えてもどうにもならないような。困り顔のみんなを、なぜか真理子が楽しそうに見回している。そして発言した。

「ラーチャナさんに頼んでみませんか、おばあさま?」

「私もそう思ってたところ。ちょっと行ってくるわね」

 そう言って祖母がホテルを出て行った。真理子も一緒に付いて行く。

「ラーチャナさんって誰よ。タクシーの人?」

 姉が兄に訊いた。

「いや、地元の名士の方だよ。いわゆる有力者ってやつだね。ブッダガヤーでは有名な人みたい。お金持ちで、政治家にもコネがある」

「ばあちゃんそんな人とお友達なの?」

 私は訊いた。

「うーん。一応ばあちゃんと面識はあるみたいだけど、特に友人という訳では無いみたい。おとといホテルで、ボランティアの会議があった時にラーチャナさんにお会いしたんだよ。僕らは見学者という立場で会議に参加させてもらってたんだけど。かなり大規模な会議で、政治家の人もいたかな。そこで真理子さんがラーチャナさんに声をかけられて、少し会話があったんだ。なんだかずいぶん気に入られたみたいだよ。困った時には何でも言ってくださいって真理子さんが言われてた。ラーチャナさんに」

 兄が言った。

「なによそれ、ナンパ?」

 姉が笑った。

「いや、ラーチャナさんは七十歳越えてる人だよ。弁護士で、宗教家でもあるみたい。ナンパとかじゃなくて……何て言ったらいいのかな。ただ単に気に入られた、そういう感じだったなあ」

 兄が感慨深げに言った。真理子恐るべし。金持ち同士のオーラが呼び合ったのだろうか。


 それから三十分ほどして祖母と真理子がホテルに戻ってきた。

「ラーチャナさんがお車を出して下さるそうです。みなさん参りましょう?」

 真理子がなんでも無いように言う。

「参りましょうって、もう車来てるの?」

 私は驚いて言った。

「コネって大事だよね〜」

 姉が笑って言って、荷物を担いで立ち上がった。

 ホテルの玄関を出てもう一度驚く。高そうな外車が三台、綺麗に整列していた。ベンツじゃないけど確かドイツの車だ。こんなきれいな車インドで初めて見たぞ。コルカタでもボロい車ばっかりだったのに。

 運転手の人が私たちの荷物を運んでくれる。そこまでして貰う訳にはいかない……と思いながらも、あっさり荷物を預けてしまう。ふと、荷物がこのまま持ち去られるのではないかという恩知らずな考えが私の頭をよぎった。私は相当なインド不信に陥っている。この機会に少し意識を改めなければ。

 三台の車に分乗して一路ガヤーの空港へ向かう。車の一台目には姉と私が。二台目に兄と真理子。三台目には片山さんとたくさんの荷物が乗せられた。人間の配置は祖母の見事な誘導によってごく自然に行われた。さすがだ。作戦は既に始まっている。

 窓から身を乗り出し、祖母に向かって手を振る。車がスピードを上げて、祖母の体が遠く、小さくなって行く。一瞬泣けそうになってしまったけれど、年末に会えるのだから大丈夫だ。私は鼻水を思い切りすすりこんだ。

 車窓から見える田舎の景色が素晴らしい。毎日さんざん見てきた風景なのに一味違って見える。やはりいい車は違う。乗り心地が全然違う。例の車止めの出っ張りが道路にたくさん配置されているけれど、高級車はいとも簡単に、ふんわりとそれを乗り越えていく。運転手さんの技術による所も大きいのだろうけど、こうも違うかリクシャーと。

片山さんはきっと今、リクシャーの事を思い出しているに違いない。リクシャーも悪くは無かった。他では得られないムキ出しの爽快感があった。上下動がハンパ無かった。頭がボコボコになりそうだったな……。

 高級車は素敵だ。

「兄さんと真理子、ちゃんと会話してるかな?」

 私は姉を見て言った。

「真理子はかなり緊張してるでしょうね。健ちゃんは、……まだ真理子の気持ちに気が付いてないだろうからねー。案外普通に話してると思う」

 姉が笑った。姉さんは気楽だなあ。私は不安だ。

「真理子って。……男の人苦手だったよね?」

「苦手よ苦手。大苦手。触るのもイヤって感じでしょ。男なんてむしろ恐怖の対象よ」

 姉が大笑いして言った。姉が状況を楽しみ出している。自分が面白ければいいんだよな。姉はそういう性格だ。

「まさか真理子、初恋かな」

 私は言った。

「かもね」

 姉がニヤッと笑った。

「具体的に何をすればいいんだろう、私たち」

 自分のことじゃないのに不安が募って行く。上手く行かなかった時の事とかを考えると。恐ろしい……。

「流れに任せればいいのよ! 川の流れのように」

 そう言って姉が「ア〜ア〜」と、美空ひばりの「川の流れのように」を大声で歌いだした。真面目そうなインド人の運転手さんが、笑いをこらえている顔がミラーに写っている。相変わらず恥かしい姉。車が走っている道路沿いに大きな川があるのだけれど、今は乾季だそうで水が完全に干上がっている。姉さん、川は流れていないですよ……。


 ガヤーの空港はコルカタのそれに負けず劣らず貧相な感じだ。ただ、客引きがほとんどいなくて助かった。ブッダガヤーの玄関口だからなのか、建物のデザインがちょっとお寺みたいな形でかわいい。入国ゲートの手前の所まで、運転手の方々が荷物を運んでくださった。申し訳ない。

「ラーチャナさんに感謝状でも送らないとね」

 私は真理子の顔を見て言った。

「ハイ。帰国したらお手紙を書きます。お約束したんです。わたしの写真も欲しいんですって。高校の制服姿がいいっておっしゃってました」

 真理子が笑顔で言った。ラーチャナさん……ほんとに宗教家か。

 空港の外は雑然としていてお世辞にも清潔とはいい難い。しかし、一旦出国ゲートをくぐって待合室に入ると世界が違っていた。街中ではついぞ見かけなかった立派な自動販売機まで設置されている。

 コカコーラもペプシも、コルカタやブッダガヤーの街でさんざん飲んだ。日本にいるときの二十倍くらい飲んだ。なにしろ水道水が危なくて飲めないので、ペットボトルの飲み物に頼るしかなかったのだ。

 灼熱の太陽の下、村の小さな雑貨店に駆け込む。小さなクーラーボックスに冷えた飲み物が並んでいる。いくばくかのルピーと引き換えに、おもむろに取り出される炭酸飲料。喉越し爽やか! 私達のささやかな楽しみの一つだった。炭酸飲料は飲み始めると癖になる。空港内はエアコンが効いていて非常に快適だ。今は特に喉は渇いていない。しかし私は、フラフラと自動販売機に近づいて行く。

 が、値段を見てみてビックリ。六十ルピーと書いてある。市価の倍だ。日本円にすれば約百二十円。六百ミリだから別に高くは無いが、もはやインドの物価に慣れてしまっている私には高すぎる。ここが日本だとして、通常百五十円のコーラが三百円で売っていたらまず買うまい。空港価格にしても高すぎる。そんな無駄な計算が私の頭を駆け巡る。ウチの近所のスーパーで、ペプシの一.五リットルが百四十八円で売っていたな……。物価の安い国での生活が私の貧乏性に磨きをかけたような気がする。ここは感覚を取り戻す意味でも六十ルピーのコーラを買ってしまおう。そう思って私はお財布を取り出した。

「佐奈、その自販機壊れてるみたいよ」

 何気なく姉に指摘された。自販機をよくよく見てみると電気が点いて無い。コインの投入口もガムテープで塞がれている。二台あるのに二台とも壊れてるなんて。さっきまでの私の脳内の逡巡をどうしてくれる! 自販機を蹴飛ばそうかと思った。

「隣で売ってるじゃん。そっちで買えば?」

 また姉に言われて見ると、自販機の隣に小さなお店がある。インド人がドリンクバーのような機械を使って飲み物を売っている。大きな紙コップでコカコーラが一杯五十ルピー。何それ! 自販機直せよ! 私は五十ルピーのコカコーラを買いました。とてもおいしかったです。

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