第5話

 遊ぶことには熱心な両親が、みんなで旅行に行こうよと突然言い出して即座に却下された。父は当初、店を閉じて家族全員で祖母のいるインドに行こうと思っていたらしい。夢を見るのも大概にして欲しい。普段からちっとも店に出てないくせに勝手すぎる。しかも父は、旅行の話を既に祖母に伝えてしまっていた。その後、計画の中止を知らされた祖母は非常にがっかりしていたらしい。

「加奈と佐奈で、顔だけ見せに行ってあげたらどうかな」

 心優しい兄が真剣な顔をしている。これはマズイ。

「でもインドでしょ。二年前に行ったバンコクとはわけが違うんじゃない?」

 私は言った。祖母には悪いけれどインドはあまり楽しくないような気がする。

「でもまあ面白そうではあるね」と姉が言った。

 乗り気だ。まずいよ。この人は危険やハプニングを楽しむ傾向がある。

「わたしとしても、おばあちゃんの様子を見てきて欲しいというのはあるね」

 私の渋い顔を遠慮がちに見ながら、済まなそうな感じで祖父が言った。そう言われたら反論のしようが無い。これでほぼ決まってしまった。い、インドかよ。

「大丈夫。きっと楽しいよインド。なんせばあちゃんはもう一年も暮らしてるわけだし」

 姉がわくわくした感じで言う。ずいぶん気楽だな。

「下調べと下準備をしっかりして、間違いがないようにしないと」

 私は宣言した。姉には期待できない。私がしっかりしないと。インドは生半可なことでは済まないと思う。これは旅行というよりもミッションと考えたほうがいい。


「わたし、インド行きます」

 ミッションインポッシブル。それはありえないぞ真理子。

 私達姉妹のインド行きを聞いて、真理子の顔からスーッと血の気が引いていった。そしてこの発言。なにも考えていない。ただ私達に付いて来たい一心で、ワガママ真理子に逆戻りしてしまった。

「真理子は店で待ってなさい。これは遊びじゃないのよ?」

 私は言った。ここはいかにごねられても譲歩するわけにはいかない。なにしろインドだ。水を飲んだだけでひどい下痢になる国と聞いている。病弱な真理子にはハードルが高すぎる。

「わたし、インド行きたいです」

 真剣な目とカタコトが怖い。私は助けを求めて姉の顔を見た。

「真理子。せっかくいま店で楽しくやってるじゃない。みんなと一緒におみやげを楽しみにしてなさい。ね?」

 必殺お姉さま攻撃で、姉が真理子の肩を抱いて説き伏せるように言った。真理子はうつむいて涙を流し始めた。小学生か。

 その後機嫌が直ることは無く、一気に元気が無くなった真理子は、その日実家から車を呼び寄せて早めに帰宅した。落ち込んだら車を呼び寄せるとは……やはり金持ちは違う。

 次の日真理子は店に来なかった。その次の日も。夏休みが始まってからこの二週間毎日来ていたのに。ウチの店でウェイトレスまでやらせていたので、まあ私もご機嫌をうかがう義務があるだろう。とりあえず電話をすることにした。なんだか嫌な流れだ。

 直接は怖いので妹の類子の携帯に電話する。

「もしもし類子? 真理子の調子はどう? 聞かなくても分かるけど」

「ええ。いきなり元気がなくなっちゃって。お店でなにかあったんですか?」

 私は今回のミッションについて伝えた。

「インドですか……。そうですね、ちょっと父母にも相談してみます」

「違う違う! 真理子が同行するプランは元から無いから。どうやって真理子を説得するかっていう話」

「姉を説得……ですか……」

 まあ類子の気持ちも分かるが。

「とにかく今回はダメだよ。真理子のことを本当に考えたら行かせるわけにはいかないよ」

「そうですね。そこまでご迷惑をおかけするわけにも行かないですものね」

 しょげたような声で類子が言う。なんか論点がズレているような気がするぞ。

「出発前に一度、姉と顔を見せに行くから」 

 断ち切るような感じで私は話を終えた。桐原姉妹おそるべし。絡め取られそうになった。ドキドキしてしまう。しかし今回ばかりは負けられない。真理子の体の事はもちろん心配だが、ワガママお嬢様の面倒を見切れないというのが本音だ。絶対に無理だよ。

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