◆12 一週目『これだから金持ちは』

 その日の放課後。

 明日真は百鬼に連れられて、アルバイトの前に彼女の家に立ち寄っていた。

 そして、ひと目見るなり頭が痛くなっていた。


「これが……お前んち?」

「そうだけど、何か問題ある?」

「いやありすぎだろ。これは家じゃなくて、ビルっつーんだ」


 明日真は最寄り駅前の一画にある小さなビルを見上げて言った。

 新築というわけではなく昔からそこにある、三階建ての古いビル。田舎ゆえ今ではすっかり歯抜けになった商店街の中で空気化していたシロモノだが、本来企業や店などのテナントが入るようなこの建物を家と呼ぶには、いささか無理があった。

 ちなみに一階部分はビルの入口と駐車場になっていて、車を三台停められるスペースに一台だけ、あの黒塗りのワゴン車が停まっている。


「これが今のあたしのベース。あちこち改修はさせてもらったけどね」

「まさかビルごと買い取ったとか言うんじゃねえだろうな?」

「よくわかったわね。その通りよ」


 これだから金持ちは……と、明日真は思わず目を細めた。

 だが百鬼は、一億円をポンと出してくるようなふざけた女だ。これでもまだまだかわいい方なのかもしれない。

 なんて思っている間に、百鬼が駐車場脇の階段が見えるガラス扉を鍵で開ける。


「一応オートロックだから、早く来なさい」


 未だ茫然としていた明日真は、押して来たチャリを空いている駐車場に停めて、彼女の後を追いかけた。

 そうして階段を上ると、前方にはマンションのようなドア。

 左を見れば、早速来客を検知して開いている自動ドアがあった。


「上があたしんち。でもって、ここがベース」


 百鬼が開いた自動ドアの方に入っていく。

 明日真もそれに続いたが、そこに広がっていたのは、目を疑う光景だった。


「オイオイ……冗談だろ?」


 ほぼ柱のない広い空間の壁際に沿うように、出入りハッチが開いた黒い球体が都合十個。

 この黒い球体が何なのか、明日真は嫌というほど知っていた。


「『ルーリスタ』の筐体が……十台?」

「言ったでしょ、ベースだって」


 百鬼がドヤ顔で微笑む。

 これではまるで『Rサロン』のオープンスペースだ。

 周囲をぐるりと見渡すと、ビルの四壁面の一面には、カウンターと椅子が並んでいた。

 その脇には冷蔵庫なんかも見えるが、それ以前に……。


「……なぁ、アレはいいのか?」


 明日真はカウンターを指差して、百鬼に聞いた。


「アレ? ……ああ、いいのよ夜々は。いつものことだから」


 視線の先、カウンターの内側には、メイドがひとり。

 一目でわかるそのメイドは、先日の拉致云々で色々あった城梨夜々しろなしやや

 彼女はキセルを吹かしながら、ブレスニューロが宙に映す画面を見つめていた。

 そんな彼女に、百鬼が悠々と近づいてから言う。


「ただいま、夜々やや

「ふぁっ!? お、お嬢様いつの間に!?」


 何かよほど集中していたのか。明日真が知る限りクールなイメージだった夜々の素っ頓狂な反応に、思わず苦笑する。

 慌ててブレスニューロの画面を閉じた夜々は、キセルをカウンター内側のシンクにカンッとやってから、やっぱりエプロンの胸中にしまって、すぐにカウンターから出て来た。

 だが、百鬼の前まで来る頃には、すっかり冷静な、明日真も知る彼女に戻っている。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ギャンブルの情報収集? 相変わらず熱心だこと」

「お嬢様こそ、今日の首尾は上々のようですね。これで週末に間に合います」


 夜々は続けて、今度は明日真に向けて言った。


「正直、もっと粘るかと思っていましたが……昨日の今日で、何ともチョロいご来訪で」


 そう言われると自分が簡単に釣られたようで……というか、実際に釣られる形になったのだが、どうにもばつが悪い。


「ともあれ峰崎様。ギルド限定『Rサロン』、アルカディアにようこそ」

「やっぱりここは『Rサロン』なのか」

「店舗登録が必要ですので。アルカディアというのは、便宜上の呼称です」

「つまり、全台オフラインではなくオンライン稼働、と。至れり尽くせりですね」


 明日真の知る、というか一般的な『Rサロン』とは、『ルーリスタ』専用のゲームセンターである。

 その『ルーリスタ』筐体は通常、多くの店では一階がロビー兼オープンスペースの従量制で、二階以上がいわゆるカラオケボックスのような個室に分かれた時間貸し。

 その点このアルカディアとやらは、お定まりな飲料自販機こそないが、電機甲ストラタスフレームの調整など各種機能を持つターミナルがひとつに、ライブモニターが三つ。おまけに休憩テーブル一個に対して四個の椅子のセットが二組と、まさしく通常の『Rサロン』のオープンスペースに近い印象だった。


「これでわかったでしょ? 練習したいなら、いつでもこのベースを使えばいい」

「……プレイ料金は?」

「タダよ? ここはお店じゃなくて、あたしのギルドのために用意した自宅施設だから」


 あっけらかんと解説する百鬼だが、明日真はどうにも調子が狂う。


「ちなみに、飲み物はカウンター裏の冷蔵庫に色々入ってる。もちろん、それもタダ。自分で好きに取って飲みなさい? お腹が空いた時ははす向かいにスーパーがあるから、そこで買って来ること。そもそも持ち込みオーケー」

「ハハッ……何だかなぁ」


 店にもよるが、『ルーリスタ』のワンプレイは大体300円。連続プレイで500円。

 あの居並ぶ『ルーリスタ』の筐体が、一台でいくらすると思っているのか。

 五千万くらいするんじゃないかと、明日真はブレスニューロですぐに調べたが、やっぱりそれくらいのお値段だった。

 それがギルドメンバー最大人数分の十台揃っているなど、常識的に考えてあり得ない。

 このビルを買ったとかいうのも拍車だ。


 だが百鬼の言から想定するならば、このアルカディアこそが、彼女がこれから作るというギルドのベース。

 文字通りの、本拠地。

 今はまだ明日真と百鬼のふたりだけだが、これから人数を増やす気はあるらしい。


「というわけで、ハイコレ。下の入口の鍵ね」


 百鬼が笑顔でかわいいクマのぬいぐるみキーホルダーが付いた鍵を手渡してくる。

 ギルドメンバーのみに渡される入場許可証、というわけだ。


「あとは夜々とブレスニューロのID交換しておいて? わからないことがあったら、何でも彼女に聞けばいいから」


 百鬼が言っている間に、夜々がブレスニューロをID交換モードにして待機する。明日真もそれに習い、自分のブレスニューロを同モードにして、夜々のそれと接触させた。

 ブレスニューロはこれで、通話もチャットも、相互で繋がれるようになる。


 と、夜々がちょっぴり意地悪げに言った。


「ではでは、お嬢様も峰崎様とID交換をして下さいまし」

「え、あたしも?」

「当然です。私がいない場合もあるかもしれませんので、連絡手段が多いに越したことはありません。さあ! ぁさあ!」

「ま、まあ一応私は上が家なわけだし? ID交換、しておいた方がいい、か」

「そうだな。んじゃあ……」


 明日真は先ほどと同じ動作で構えるが、なぜか百鬼はまだ言葉を続けていた。


「あたしほら、テンション次第で結構チャットうるさいかもだけど、迷惑だったらごめん、っていうか、関係ないことは連絡しな……じゃなくて! やだったらちゃんと言ってよね!」

「初めてアドレス交換する小娘か。既読無視にキレたりしなきゃ構わないよ。お互い返事できない時もあるわけだし」


 そうして再び、今度は百鬼とブレスニューロ同士を接触させる。


「ま、まあ困ったらいつでも言いなさい? いつでもチャット送って来ていいからね!」


 と、夜々がいきなり拍手をし始めた。


「な、何よ夜々! 文句あるの!?」

「立派です……お嬢様。よく勇気を振り絞られて……」

「ちょっと! 明日真の前で変なこと言わないでよ!」

「……変なこと?」

「アンタは気にしなくていい! とにかく、さっさとそこのターミナルで『ルーリスタ』のIDを更新をする!」

「ぉ、おう……」


 百鬼の勢いに気圧されて、明日真は大部屋の端にあるターミナルへと向かう。

 このIDを更新するターミナルすら金要らずのフリープレイ状態というのは初めて見たが、それもこのアルカディアがギルドメンバー専用ゆえの配慮なのだろう。


 ともあれブレスニューロに眠ったままだった期限切れの『ルーリスタ』IDを、明日真は七年ぶりに更新する。

 画面にロードされた電機甲ストラタスフレーム……つまり自機のデータ表示によると、どうやら昔のものでもまだ使えるらしい。だが明日真は、自機のステータスバーの表示に目ざとく気づいた。

 色のある部分が、記憶にある長さよりも割と短い。

 それは七年分の対戦環境の進化による。機体スペックの相対的な下降に他ならなかった。『ルーリスタ』は長く続く間に何度もアップデートや機体の新パーツを導入している競技なのだから、当然と言えば当然だが。


「いやはや、時の流れを感じるな……」


 自分的に当時最強編成だった機体構成……ステータスバーのほぼMAXに近かったはずのものが、今ではステータスバーの半分とちょっと。大体六割。どうやら想像していた以上に、『ルーリスタ』の現環境は進化しているらしい。


 だというのに、遠慮のない百鬼と来たら。


「それじゃ、久々に一発リベンジ、かましましょうか」


 殺る気満々の笑顔である。


「生憎と今日はバイトだ」

「六時からでしょ? まだまだ全然、余裕で大丈夫よ。それにアンタほどのプレイヤーがリハビリをするなら、相手も強くなきゃ意味がない」

「最強アイドル様を相手に、ダイブスーツなしで、か?」

「あるわよ?」

「……んん?」


 明日真が首を傾げると、百鬼がドヤ顔で言った。


「金持ち舐めんな?」


 百鬼が屈託のない笑顔を見せる。

 まったく、これだから金持ちというヤツは。

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