◆13 一週目『懐かしきルーリスタ』

「夜々! ダイブスーツ持って来て!」


 百鬼なきりに言われてカウンター裏のバックヤードに一度引っ込んだ夜々が、すぐに二着のダイブスーツを持って出て来る。

 男性用の黒と、女性用の赤。明日真の記憶にあるものをそのまま大人用にしたようなそれは、どちらも昔と変わらぬ、見慣れたデザインと色の組み合わせ。


「ちゃ~んとアンタの分も用意しておいてあげたんだから、感謝なさいよ? さあさ、着替えた着替えた! あたしも着替えて来るからさ!」

「ハンデはなし、ってか?」

「要らない派でしょ? 差をつけたら舐めんな~って怒りそう」

「ごもっとも」


 明日真は夜々から黒いダイブスーツを受け取ると、百鬼に続いて手近な『ルーリスタ』の筐体……黒い球体の中に入って、ハッチを閉めた。


 人が入ったのを感知して、モニターがぼんやりと起動する。

 筐体の中の小さな密室には、前面にモニターがひとつと、それに向かい合う立ち椅子。

 これも明日真には、懐かしい光景だ。

 よく『Rサロン』などではダイブスーツを着たままのプレイヤーが闊歩しているが、来店時の最初は、大体こうやって筐体内で着替えるのが通例だった。


 通常はヘッドギアのみで筐体から電脳空間にダイブするが、このダイブスーツには首の後ろと肩と肘と手、そして尻の上と膝に端子が埋め込まれている。これを筐体立ち椅子側の端子に全部接続することで、基本では脳波だけで行われる行動操作の伝達がより精密に、かつ脊髄反射ができるほどに速くなるのだ。

 今も昔も、『ルーリスタ』の熟達者でこれを着ていない者などまずいない。

 

 明日真はとりあえず制服に靴に下着にと全部脱いで一度素っ裸になり、びろびろに広がっている首元からすっぽり穴に入るような感じで、ゆるゆるぶかぶかのダイブスーツを着用する。そうして手首裏のボタンを押せば、スーツは徐々に締まって行って、やがて全身タイツのようなフィット感に早変わり。

 ボディラインが綺麗に出てしまうのが玉に瑕というか、一側面的には魅力でもあるが、このダイブスーツのフィットの感触もまた、明日真には随分と懐かしかった。


「さて、と……」


 明日真が脱いだ衣類一式を持って筐体から出ると、同じように百鬼も赤いダイブスーツを着て、隣の筐体から出て来る。


 長い金髪に碧眼、プラス、赤いボディラインの出るダイブスーツ。

 その姿に、明日真は思わず見惚れてしまった。

 だって昔の彼女には、あんなに体の凹凸はなかったのだから。


「……意外とあんのな、お前」


 何が、とは敢えて言わない明日真である。


「ジロジロ見てくれちゃって……エッチ」

「その姿で雑誌に載りまくっておいてよく言う」


 下らない話をしながら、お互いに脱いで来た制服をテーブルの椅子に置く。


「んで、ルールはどうするんだ?」

三先さんさきと言いたいけど、一戦の時間制限は十分間だからね。アンタとあたしの試合じゃフルタイムもあり得るし……」

二先にさきでも危ういだろ。俺の着替えと、バイト先までの移動時間を忘れないでくれ」

「じゃあしょうがない、ローカル対戦で一発勝負だ。景気づけに、アンタが相変わらず強いんだってトコ、魅せてよね」

「ま……善処はするよ」


 最強とまで呼ばれる天才少女相手に、今の自分とロートル電機甲ストラタスフレームでどこまでやれるか。明日真とて興味がなくもない。


「性能差が酷いからって、手加減しないからね。七年前の三世代落ち電機甲ストラタスフレームになんて負けたら、あたしが大恥かいちゃう」

「んじゃ、大恥をかく準備をしておくこった」

「久々のクセに強がんじゃない! ボッコボコにしてやるんだから!」


 百鬼が金髪をなびかせながら、筐体へと入って行く。

 明日真もそれに習い、隣の筐体に入った。


 内側からハッチを閉めれば、モニターが再びぼんやりと起動する。

 明日真は立ち椅子に構えてから、背もたれの裏側に回っているヘッドギアを前側にぐるりと出して、すぽんと被った。


 ひと昔前のVRモニターのような視界は、その時点ですでに3Dの背景が動いているが、中央にはでかでかと『週末電脳戦記ルーリスタ』というロゴ表示。それを確認してから立ち椅子に座った明日真は、よく見えていない肘掛けのボタンを体に染みついた動作で押すと、すぐさま視界に変化が現れた。


【ブレスニューロからのID信号を確認。モードを選択してください】


 機械音声が最初に表示した選択肢は三つ。


『for バトル』。

『for シミュレーション』。

『for パズル』。


 どれも『ルーリスタ』を練習するには必要なモードだが、今回は目的がハッキリしている。

 明日真は肘掛のボタンを操作し、まず『for バトル』を選択した。

 すると今度は、対戦形式についていくつかのウインドウが表示される。明日真がその中からローカル対戦を選ぶと、全てのウインドウが散らばり消える演出に続いて、再び機械音声が響いた。


【使用する電機甲ストラタスフレームを選択して下さい】。


 今度は棒人間的にデフォルメされた人型を中心に、次々と大量の小さなウインドウが表示される。視界の左下には、各種パーツを装着した状態の簡易アバターモデル。

 明日真はその黒い電機甲ストラタスフレームの各部パーツや武装、細かな調整値を示すウインドウなど、大量の情報にざっと目を通し終えると、思わず肩を竦めた。


「どれもこれも、まったく懐かしい尽くしだこと」


 確認を終えて肘掛の決定ボタンを押すと、再びすべてのウインドウが閉じ、最後にひと際大きなウインドウがでかでかと出て来て、機械音声が読み上げた。


【三十秒後にダイブを開始します。ヘッドセットや各種端子を含め、機器の取り外しは絶対に行わないでください。データが破損するばかりか、貴方の健康を損なう恐れがあります】


 オンラインならともかく、ローカル対戦だ。そんなお定まりの注意文言を聞いている間にすぐデータの同期は終わり、視界がホワイトアウトする。


 まるでワープ空間のように白い闇を抜けた先に待っているのは、仮想の電脳世界。

 これがダイブ……あるいはログイン。


 視界が開けた時にはもう、明日真は一面の荒野に立っていた。

 もちろん全身には、既に黒い電機甲ストラタスフレームが既に装着されている。


 電機甲ストラタスフレーム・デュエルトール。特別な分野に特化した黒い決闘機。

 重装甲の機体で特徴的なのは、背面両肩一対の大型ブースターに、両腕に装備した大型ビームシールドだろう。

 ブースターを吹かさない限り重い機体の徒歩動作に、両手を握っては開いて、手の平の中央にある砲口を確認。屈伸し、手首や肘を回してから、両肩に腰部装甲スカート末端に足の裏など、全身各部に仕込んだスラスターの稼働を確認し、何となく感覚を取り戻していく。

 ここまで来れば、ずっと眠って錆びついていたスイッチが自然と入った。何全何万とくり返してきた動作は、思い出す思い出さない以前に、体に染みついているものだから。


 と、前方の空間にバリバリと稲妻が迸り、機械音声が告げた。


【対戦者がフィールドにログインします。しばらくお待ちください】


 その間に、明日真の網膜にはこれから現れる敵機の情報が表示される。

 百鬼の電機甲ストラタスフレームは、昔と今でシルエット上ですらいくつかの違いがあった。


 背中から生える長く太い棘、というか杭が、昔は×の字の四本だったのに対し、今は八つで左右四つずつの翼型になっている。腰部装甲のスカート後部までが翼と同じようにトゲトゲで、腰の側面から尻側を囲うように、計七本装着されていた。

 翼と合わせて、計十五機。


 『フェアリオン』。あのトゲトゲな武装は、彼女が得意とするオールレンジ攻撃&近接&防御を実現する、オプション機とも言える、脳波操作の分離型ユニットだ。

 それを背中のみならず腰部にまで大量に増やしているとは、正直恐れ入る。

 あとは両腕に持った、サーベルからバルカンにビームまで各種光学兵装を網羅するコの字型の複合機だが、こちらには特に変化は見られない。昔と比べても単純な性能アップ版と思っていいだろう。


 そんな風に明日真が分析していると、稲妻が迸った空間上に、敵機が姿を現した。


 背に翼、尻にスカート状のトゲトゲを備える、深紅の天使。

 電機甲ストラタスフレーム・ミカエラ。


 記憶とは多少様変わりしたその機体を前に、明日真は気合を入れる。

 かくして完全に現れたミカエラ……つまり百鬼は、笑顔で言った。


「思ってたのとはちょっと違うけど……これもリベンジってことで良いわよね?」


Get readyゲットレディ?】


 百鬼が言う間に、視界の中央でカウントダウン表示が始まり、流れる機械音声。

 同時に視界の上部に表示される自分と相手の電機甲ストラタスフレームの100%というライフ表示。


【3、2、1……Battle Openバトルオープン!】


 その瞬間、明日真は背面の大型ブースターを一気に吹かし、重装甲機体らしかぬスピードで空へと上がった。

 一方百鬼の方はと言えば、翼とスカートで計十五機のフェアリオンのうち、一度に五機も解き放っていた。


 杭のような五本が、自由自在に宙を駆け、明日真を中距離で取り囲む。


 そんなフェアリオンから早速飛んできた牽制ビームをまず避けると、続いたもう一射を右半身のスラスターだけを吹かして機体を回転させてやり過ごし、さらに続いた二射の片方をそのまま避け、先読みで飛んできた避け切れないもう一方を、両腕のビームシールドを展開して受け止める。

 そこに、足を止めたとばかりに下から放たれる本命の一射。

 明日真はこれも、胸部の後退スラスターを吹かして回避した、が……。


 この数の暴力は圧倒的だ。

 フェアリオンには稼働時間制限があり、定期的に本体に接続して充電し直す必要があるが、そのタイミングを狙うにも、全十五機で開幕五機なら、同じ数の三ローテーション制にしていると見て間違いないだろう。


 これではフェアリオンのビームを避け続けるだけで精一杯。

 そんな明日真の思考を読んだのか……。


「時の流れの何たるか。これからハッキリと教えたげる」


 百鬼が笑った。

 負けることなど、微塵も考えていない顔で。

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