◆11 一週目『百鬼の願いと明日真の心中』
学校の屋上で、ふたりきりのエスケープ。
そんななか、
「発端は家庭の事情。まあ家族喧嘩ね。
「……ただの家族喧嘩が家業に直結、か?」
「ちょっとしたミスですぐに末端メンバーの首を切ってはすげ替える在り方とか、あたしには合わなくてさ、パパや兄さんたちとしょっちゅう衝突してたし。まあとにかく、"他"にも色々と積み重なった理由があって、そんなこんなであたしは、『天ノ御使イ』から追い出されちゃったワケよ」
「別にお前なら、他のプロチームからも引く手数多だろ?」
「でもどうせやるなら、楽しくやりたいじゃない? だから来たの」
「こんな田舎の学校に、か?」
「田舎にじゃなくて、アンタのいるところに、よ。ウチのパパは厳しいけど、海外暮らしなママの協力で何とか説得には成功してさ。高校卒業までは自由にやっていい、ってことになったの」
高校卒業まで、ということは、あと約77週間といったところかと、明日真は頭の中で軽く計算する。
「アンタと組んだ時の快感。覚えてる?
「あ~……そういえばあったな、そんなことも。俺はてっきり、お前はいつも通り俺を潰しにかかって来るとばかり思ってたが、塾内ランク一位で優先権を持つお前は、何をトチ狂ったのか俺をパートナーに指名した。……どうしてだ?」
「あたしが『天ノ御使イ』の申し子なら、アンタは『アスガルド』の隠し子。あの時はただ、知りたかったのよ。あたしらが組んだらどうなるのか。アンタの動きは当然研究してたけど、それに自分がどこまで合わせられるのか、ってことをね」
百鬼はそう言うと、昔を思い出すように、空を見上げて言った。
「もし同時実戦なら、スタイル的にそうなるでしょ? アンタは極端な前衛バカだけど、あたしは中衛の援護タイプ。もしアンタを完全に援護して道を切り開いてあげられる力があたしにあるのなら……これは運命なんだって思うことにしてたの。極星塾に来ていきなりトップのあたしを負かして、そのまま一度も勝てなかったアンタだからこそ、ね」
「へぇ……それで、満足いく答えは得られたのか?」
「あの試合、優勝したのあたしらでしょうが。アンタとなら天辺を取れる、あたしらがこれからの業界を変える、旋風を起こすんだって本気で思ったわ。だからその後、あたしはアンタに言ったはずよ」
「……すまん、覚えてない」
明日真の答えに、百鬼は残念そうにため息をついた。
が、すぐに調子を取り戻して言う。
「親なんて関係ない。いつか絶対、同じギルドで一緒にやろう」
言われて見れば、そんなことを言われた気がしなくもない。
明日真は、思わず頬を掻いた。
「あたしはそう、約束をしたつもりだったんだけどな。ふたりが揃えば無敵。こいつはライバルじゃなくて、パートナーになるんだって思ったから。……知ってた? あたしがアンタにリベンジ挑むのをやめたのって、あの時からなのよ。ま、結局のところ、アンタがある日突然いなくなっちゃったんだけどね」
七年越しに明かされる、古い幼馴染の真実。
だがその結末は、明日真の親の離婚という、子供にはどうしようもない別れだ。
「だからあたしは自分に巡ったこのモラトリアムで、失われた夢を叶えに来たの。たったの一年半。限られた時間ではあるけれど……アンタと共に天辺に立つっていう最高の思い出が欲しいのよ」
百鬼が立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。
「あたしは今も、アンタと同じギルドで『ルーリスタ』をしたい」
明日真の目の前で百鬼が止まると、自然と明日真も立ち上った。
これにふざけた態度で相対するのは、失礼だと思ったからだ。
「責任……取ってよ。あたしに見せた夢の責任。アンタが現れなければ……あの
百鬼がゆっくりと明日真の胸ぐらを掴んで、そのまま額を押し当てる。
強者は同等かそれ以上の者との戦いで螺旋を描くことで成長する。確かに明日真が現れなければ、百鬼はあの七年前のまま、そこそこの秀才で、ここまでには至らなかったのかもしれない。
「気持ちはわかった。だが生憎と、今の俺にはそんな大金で雇われる価値はない。ここは田舎だしな。ただプレイをするにも、最寄りの『Rサロン』は三駅先だ」
「バカね。だからイチから作るのよ。あたしとアンタのふたりから。準備はできてる。アンタがあたしの手を取ってくれれば、当然次の目標に向かうわ。自分で立ち上げた、誰の首も切らない優しい仲良しギルドで、古巣だってぎゃふんと言わせてやるの」
「それこそ夢物語だな」
現S1ランクの『天ノ御使イ』を負かすということは、最低でも週末にマッチングする可能性があるS4ランクまではギルドランクを高めなければならない。
今から明日真と百鬼のふたりで始めたとて、限られた期間内でこれに達するのは激しく難しいだろう。
『週末電脳戦記ルーリスタ』という競技は週末の決められた時間に、六ギルド単位で試合を行う。戦績で各ギルドに割り振られるポイント制があるが、これは順位に応じて増え、時に減るものなのだ。
仮に毎週末全部一位を取る計算でも、一回の一位でプラス60。週末土日は連戦になるので、一週間での最大獲得ポイントは120。これが月に約四回あるとして、一か月あたりの獲得ポイントは最大で480ということになる。
だが、一番下のD4ランクから新規に始めたとして、最低限の目標とするS4ランクに到達するのに必要な総ギルドポイントは、実に3000以上である。
これは毎週末の二戦で全部一位を取ったとしても、半年近くかかる計算だ。
そして当然ながら、現実はそこまで甘くない。
「ったく……あ~やだやだ。すぐ考えちまう」
明日真は自分がこの状況で即座に『ルーリスタ』の得点計算なんぞをしたことに呆れた。
完全に幼い頃に刷り込まれ過ぎた癖だ。
「あたしには、今のアンタは自分に嘘をついて我慢して、
「だったらどうなんだよ、お前には関係ねえだろ」
「だ~か~ら~! 大アリなのよ! あたしはアンタが欲しい! でもって、アンタが『ルーリスタ』やめざるを得なかった理由がソレでしょ! やめたかったわけじゃないでしょ!?」
そこには複雑な感情があって一概には言えないので、明日真は即座に反論ができず、静かに拳を握った。
「あたしの言葉、ちゃんと聞いてた? 親だの借金だの何だの、そういうしがらみからアンタを解放してあげるって言ってるの。そのための一億。これでアンタは自由にしていいのよ! 戻っておいでよ!」
そうして百鬼は、あろうことか明日真の逆鱗に触れた。
明日真がずっと包み隠して心の底に押し込めて来た想い。
油断すれば、もしもあの時、と考えずにはいられない、人生の岐路。
「届かなかった兄! そしてあたしたちをこんな風に育てた親に! 業界に! ぎゃふんと言わせたくないの!?」
姉は大丈夫でも父は……特に、兄はダメ。
百鬼の言葉は燻る心にモロの図星で、明日真は珍しく声を荒げた。
「お前に何がわかる! 俺はただ……ッ!」
百鬼の胸倉を掴み上げて凄む。
だが彼女は怯えるどころか、どこか嬉しそうな顔をしていて……。
「すっかり昔のアンタの目だ。あたしのパートナーは、やっぱりこうでなくっちゃね」
「……いい加減にしろ」
「母方の事情がどうであれ、アンタが『ルーリスタ』をやっちゃいけないなんてことはないはずよ。忘れる必要だってない。心を鎖で縛ってるのはアンタ自身。だったら今こそ鎖を千切って、やりたいようにすればいいじゃない。問題を解決できる金も手段もあって、あたしっていう最強のパートナーまでいるんだから!」
「だからって、こんなふざけた金をはいそうですかと受け取れるわけがない!」
ほんの少し前まで心が揺れていたはずなのに。押し込めた想いが激発した明日真は、勢いでそう言ってしまった。
「女の施しなんぞ受けられるか! 俺はお前の飼い犬にはならねえ!」
「飼い犬、ね。そんなつもりないんだけど……だったらさ、あたしらの高校卒業までに『天ノ御使イ』に勝てたら一億払う、っていうのはどお? 普通に考えて難しいし、あり得ないとも言えるからこその成功報酬なら、納得できるでしょ?」
確かに、それなら納得できる気がする。そして一度封印を破られてしまった明日真の思いも、自分で止めようと懸命に思ったところで、問答無用であふれ出して来ている。
――俺が一番強い。
当時調子に乗っていた小学生の自分の意思。その要素は確かに、明日真の中に存在していた。
昔と今、ふたつの明日真の意思が、胸の内でせめぎ合う。
「……本気で、できると思ってんのか? たったの一年半で」
「きっとできるわ。あたしとアンタが揃うんだから」
「生憎と俺は毎日毎日、バイト三昧で忙しい身の上なんだが?」
「そこは何とか土日の試合時間だけは空けてもらって、日雇い扱いの取っ払いでどう? 秘密の週末アルバイトってことなら、周囲に誤魔化しも効く。幸い『ルーリスタ』の週末試合時間は、土日の午後二時~四時。一日あたりたったの二時間よ。終わってから遅番のバイトにも充分間に合う」
「確かにそうだが……」
流れが変わっている。
今や明日真はすっかり『ルーリスタ』をやる気にさせられていた。それほど明日真が内に抱え、封印して来た想いは大きかったのだと、いざ百鬼に逆鱗を突っつかれてみて、自分でも初めて知った。
そこで現最強最年少プロの記録を持つ、かの天鵬院百鬼が誘ってくれているのだ。
これはどうにも……耐えがたい。
「そうねぇ、じゃあとりあえず、一日十万円くらいでいいかしら? 一週末で二十万」
「オイ、そりゃあSランクプロあたりの相場だろ」
「あれ、足りなかった? じゃ倍にしようか」
「逆だバカ! いくらなんでも俺を買い被りすぎなんだよ! 七年もブランクあるんだぞ? 今更戻ったところで、現環境でまともに通用するはずもない!」
「あたしは別に、そうでもないと思うけどなぁ。アンタ昔から対応力とアドリブはズバ抜けてたし、やる気になりさえすれば、きっとすぐに追いつける」
百鬼が楽観的に言った。実際明日真も、期間はともかく、それが可能な自信はある。
だが、ここは都会ではない。どうしようもない田舎なのである。
でも、それでも。
これ以上の状況……チャンスは、きっとこの先、一生ないと断言できる。
それくらい、天鵬院百鬼というプレイヤーを認めている自分がいる。
そして同じくらい、自分というプレイヤーも認識しているつもりで。
「……クソッ」
明日真の心が、大きく傾く。
蓋が……開く。開いてしまう。
ずっと閉じ込めて来た想いが、溢れる。
それにたったの一年半。高校卒業までの間だ。大成しなければ、ただの趣味だったということで割り切ればいい。
ちゃんと金額分働いて得る金なら、明日真だって……。
「ああ、はいはい、わかったよ! やりゃいいんだろやりゃあ!」
ついに言ってしまった瞬間、百鬼が満面の笑みを浮かべた。
ドヤ感と満足感と恍惚と歓喜が入り混じるその顔は、生涯忘れそうにない。
「だがな! 傭兵でもそんなに高くはもらわねえんだ! 金額は歩合とか昇給とかで、最初は半分以下にしとけ!」
「こっちは出す。どのくらい受け取るかは、自分の心に聞いて、いつでも好きにして」
百鬼がゆっくりと、握手の手を差し出す。
明日真はヤケクソ気味に、その手をパンと叩き飛ばした。
「ああ……嬉しいわ。ちょっと泣きそう」
笑顔の百鬼の目尻には、既に光るものがあった。
その涙が、明日真の居心地を悪くさせる。
「とはいえ、いざやる気になったところで、練習する場所なんざねえんだがな」
毎日三駅先の『Rサロン』に通うなんて、バイト三昧の明日真には無理な話だ。
と、百鬼が
「それなら心配ないわ。場所なら、ちゃんとあるんだから」
「ここらにそんなモンがあるなら、俺はムラーチンから聞いて知ってるはずだが。一体どこにあるってんだ?」
「うちよ、うち。あたしん家」
「……はぁ?」
「準備は出来てるって、言ったでしょ?」
『ルーリスタ』はアーケード専用の大型筐体だ。それを個人で所有するなど、プロギルドの宿舎や専門の練習場くらいでしかあり得ない。だというのに、この女は……。
「あたしも、それなりに賭けてるの」
あまりに真剣な百鬼の表情は、まるで命すらも賭けているかのようだった。
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