◆06 一週目『突然の拉致!!!』

 一日に四時間。休日は休憩込みの九時間。今日は平日なので四時間だが、とにかく明日真の本日の仕事は、妙なトラブルこそあったものの無事に終了。バックヤードの事務所で学校の制服に着替えて、定時退勤で店を出た。


 時刻は夜十時を過ぎ、あたりはすっかり真っ暗だ。


 しかし……疲れた。まったく今日は朝から面倒ごとばかりだったと、明日真は歩きながらため息をつく。

 それは主に、あの百鬼なきりのせいに他ならないのだが……。


「おいおい……今度は何だよ」


 店舗の側面。愛用の自転車を停めている駐輪場に、これまたおかしな人がいた。


「……メイド?」


 黒く長い髪は、首の後ろで三つ編み尻尾。スカートが長いクラシックなタイプのメイド服ではあるが、それはもうどこからどう見てもメイドだった。


 目つきは大人しそうなのだが、そんな女性が時代劇なんかで見るような細く長いキセルを堂々と吹かしている、というのがひどく異様。服が和装なら花魁おいらんにでも見えそうなイメージだが、不審者にしてはあまりに奇妙だ。


 しかも彼女はどういうわけか、明日真の自転車のサドルに寄りかかっている。


「えー……っと?」

「……あっ」


 声をかけようとした明日真と目が合うと、メイドはまずいところを見られたとばかりに、キセルを自転車のハンドルで一発カツン。灰を落として、キセルをエプロンの胸中にしまった。


「これはお恥ずかしいところを。暇だったもので、つい」


 何がどう、つい、なのかはさっぱりだが。

 とにかくメイドが、明日真の行く手を阻んでいた。


朱鷺宮明日真ときみやあすま様、ですね?」

「……人違いです」


 昔の苗字で呼ばれると、反射的にそう言ってしまうのが明日真である。

 色々とあるのだ。色々と……。


「失礼。では改めてお尋ねしますが、峰崎みねざき明日真様、で合っていますね?」

「それはまあ、ハイ、合ってますけども」


 何だか今朝百鬼とやったような流れに、明日真は否応いやおうなく警戒する。

 日に二度も古い旧姓きゅうせいを呼ばれるなど、そうそうあることではない。


「でしたら、問題ありません」


 何がどう問題ないのかなどわからないが、とにかく明日真は早く帰りたい。

 定時でちゃんと帰らないと、残業単位の誤差三十分で心配する家族がいるからだ。


「あの……退いてもらえません? それ、俺の自転車なので」

「存じ上げておりますよ」

「……えぁ?」


 コツコツとヒールを鳴らしながら、メイドが寄って来る。

 距離が、どんどん近くなる。

 メイドは本当に明日真の目の前までやってくると、ぐいっと顔を突き出した。

 それに反応して、明日真は思わず三歩ほど下がってしまうが……。


「先に謝っておきますが、貴方がいけないのですからね?」


 直後、それは目視できない速さで起きた。

 三歩近く離れていた距離が、一瞬でゼロになる。


「え……ごほっ!?」


 急接近の驚きと同時に、明日真は腹に衝撃を感じていた。

 それも鳩尾みぞおち直撃。遅れてやって来る痛みに、思わずあえぐ。


「あ、アンタ、一体……」


 うずくまろうとした明日真の身体を、目の前のメイドが、抱くように支えた。


「実力行使に出ろと言われておりますので、悪しからず」


 その直後、首の後ろに瞬間的な衝撃。


 意識が、一気に吹っ飛ぶ。

 刈り取られる、というのはこういう感覚なのだと自覚しながら、明日真の視界はブラックアウトしてしまった。


  ◆  ◆


「さて、と……」


 メイドは脱力した明日真の身体を軽々と持ち上げ、肩に担いで歩き出した。

 その向かう先には、一台のワゴン車。

 黒塗りで窓には全面スモークが張ってあるその車は、形が乗用車やリムジンだったらひどくそれっぽい感じだ。


 メイドはそんな車の後部座席のドアを開け、明日真をそこにポイッと放り込む。


「これでよろしいですか? お嬢様」

「ええ、相変わらず、スマートでいい仕事ね」


 車内の座席で明日真を膝枕ひざまくらする格好になったのは、金髪碧眼の少女。

 天鵬院百鬼は、この状況に笑みを浮かべていた。


「切り返されても二の手、三の手……」


 百鬼は明日真の頭をでながら、悪い顔になって言った。


「金持ちめんな? な~んてね」

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