◆05 一週目『切り返しのはい、あ~ん』

 基本は週5でハンバーグファミリーレストラン『どっきりドンキー』のアルバイト。

 それが明日真の日常における、日々の仕事だった。

 時にキッチン、時にホールと、コンバートが効く有能な高校生なのだ……が。

 今日キッチンに入っている明日真の働きぶりは、少しばかり微妙だった。


「ミネ~。三卓、八卓、十二卓、一気に上がるぞ~」

「あ、は~い! 準備できてます!」

「嘘つけ。サラダにドレッシングがかかってねえぞ」

「えっ、あっ……す、すみません!」


 先輩でバイトリーダー的な立ち位置でもある、首の後ろで結んだ長い茶髪と不精髭が特徴的な男性、川端下大和かわはけやまと

 そんな彼に指摘されて、明日真は慌ててパテの受け入れ準備を万全な状態にする。

 そして焼き上がったパテを木製のディッシュ皿に受け入れ、ホールへと託すのだが。


「十二卓、レギュラー二つ来てますけど、一個大盛りですよ? ご飯増やして~」

「あ~はい! ごめんなさいすぐやります!」


 ここでもホール側からミスの指摘。今日の明日真はポジション的にサイド係で、すぐ取り返しのつくものばかりだからまだ良いものの、もし大和ではなく自分がメインの焼き係だったなら、焼いた肉の種類だのソースだのと、大幅なタイムロスをまぬがれないミスを起こしていたかもしれない。


 それもこれも学校であんなことがあったせいだ。なんて明日真は悪態をつきたくなるが、とにかく今は目の前の仕事である。

 ゴールデンタイム……つまりピーク時というのは激務なのだ。


 そうしてせわしなく働いてから、しばらく経って。ようやく時刻はピークを越え、作業にも余裕が出て来ていた頃。

 リーダーの大和が明日真に向けて言った。


「今日はどうしたよミネ。いつものデキるオーラがまるでねえぞ? 女子に告白でもされたのか? それとも、幼馴染ちゃんとの喧嘩か?」

「あ~……まあ、そんなようなものです」

「若いねえ。ま、あまり仕事に影響は出さんようにな~」


 アラーム音が鳴り、ホールから新たな注文が送られてくる。

 それにやや遅れて、ホールからキッチンに来訪者。

 頭の禿げあがった残念な店長が、突然意味のわからないことを言い出した。


「今の二卓の注文なんだけど、焼きから配膳はいぜんまで、全部峰崎くんがやって?」

「……はい? 何でミネ名指し?」


 大和が首を傾げると、店長が言った。


「よくわからんが、とにかくそういうご要望なんだよ」

「まあ別にひと段落ついたから構いませんが……ミネ、いったんチェンジだ。他はやる」


 大和はそれ以前の注文のパテを焼き上げて皿によそると、ヘラを明日真に放った。


「ういっす。了解です」


 ヘラを受け取った明日真は大和と立ち位置をチェンジ。例の謎な注文のパテを鉄板に放り込み、手順に従って鉄の四角いふたをかける。焼き上がりを待つ間に、ディッシュ皿にミニサラダとライスをよそって準備完了。

 そしてタイマーが鳴ると、明日真はパテをヘラで持ち上げ、ディッシュ皿が三分割になるよう盛り付けた。

 最後にハンバーグソースを適量かけて完成だ。


 で、これを配膳まで明日真にやれということらしいのだが……。


「心当たりは?」


 大和がニヤニヤしながら聞いてくる。


「なくもないのが困りものです」


 コンバート可能な人員は緊急時のフォローのためもあって、本来ホールの面々が着る制服の上に、エプロンと帽子とゴム手袋という、キッチンの面々の装備をつけている。

 このキッチン装備を手早く外した明日真は、問題の皿を持ってホールに出た。


 配膳先は二番卓。その四人席には、ひとりだけ少女が座っていた。

 それはもう人目を引く、目立つ少女だ。

 金髪碧眼の高校生。天鵬院百鬼てんほういんなきり、とも言う。


「やっほ~☆ 明日真」

「……お待たせいたしました。ご注文のレギュラーバーグディッシュです」

「はいどーも。ちゃんと明日真の手作りにしてくれた?」

「ご注文通りだよ」


 手作りも何も焼いてよそって整えただけで、量産品だが。


「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 マニュアル通りに一礼して、そそくさと場を去ろうとした明日真だったが……。


「はいちょっと待った!」


 百鬼が明日真の手を取って引っ張り、強引に隣に座らせる。


「おい……仕事中なんだ。勘弁してくれ」

「あたしはただ、ご飯を食べに来ただけよ? せっかくだし、あ~ん、とかやってよ」

「……何言ってんだお前」

「安心して? そでの下ならもう済んでるから♪」


 誰かに助けを求めようと店員側のバックヤードに目を向けたが、ものすごく笑顔の店長がこちらを見つめて、グッと親指を立てているだけだった。

 つまり、この無法な百鬼の要求に応えろ、と。全部明日真にやれという無茶なオーダーもそれなら納得が行く。


「ひどい話があったもんだ……」

「あたしは明日真の手料理が食べたいってお願いしただけよ?」

「どの口で言ってんだか」


 とはいえ他のお客の手前、下手に騒ぎ立てるわけにも行かない。

 あとはどこまで、どの程度許すかだが……。


「はい、あ~ん♪」


 百鬼が笑顔で口を開けて待っている。

 明日真は少し考えた後に、ならばお望みどおりにしてやろうと、フォークを手に取った。それをそのまま、ハンバーグの中央にぐっさりと突き立てる。

 そして慣れた手つきでナイフを使わず綺麗にハンバーグを半分に割って、改めてまたフォークを半分の中央にぶっ指し、両方の半分を二重にして貫通させる。


「はい、あ~ん」

「むごふっ!?」


 ハンバーグ一個分を丸ごと、小さい口に押し込んでやった。

 迷惑な客には、これくらいがちょうどいい。


「はい、あ~ん」


 間髪入れず、次はライスだ。

 ハンバーグを食らっている百鬼の口に、それでも突っ込む。強引に。


「もがーっ!」

「ああっ! いけませんお客様! すぐにお水をお持ちしますね!」


 明日真はわざとらしく言って、そそくさと席を立った。

 もちろん水など持って行かず、そのままキッチンに退避である。


「……ひでえなミネ、あんなかわいい子なのに」


 一部始終を見ていたのか、大和が大笑いしていた。


「ちゃんとお客様のご要望にはお応えしましたよ?」


 店長にも聞こえるように言うと、あのハゲオヤジもまた苦笑していた。

 百鬼も『ルーリスタ』プレイヤーなら、ああいうことをしたら切り返される可能性くらい考えておけ、などと、明日真は一瞬思ってしまって、自分でも苦笑した。


 その後は詳しく知らないが、同じく一部始終を見ていたホールの子によると、百鬼はものすごく悔しそうな顔で食べるものを食べて帰ったらしい。

 会計の子からの伝言によると、『これで終わったと思わないでよね!』だそうだ。

 それは完全にやられ役な敵が言う去りぎわのセリフだったが、あえて深くは突っ込まないことにした。

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