◆04 一週目『放課後屋上の口戦』
始業式の日は半日授業。多くの生徒たちがさっさと下校して行くなか、明日真は屋上からフェンス越しに、校庭を行く人の波を見降ろしていた。
明日真の
バンと、勢いよく屋上の扉が開き、百鬼が待ち合わせに現れる。
風になびく金髪はやはり絵になる。
片手で脇髪を抑える百鬼が業界でアイドル扱いされるのも当然なのだろうと思えた。
「んで、話ってのは?」
「今朝の続き。アンタ、あたしのギルドのメンバーになりなさい。このあたしと組めるのよ? 光栄に思いなさいよ」
「残念ながら思わない。俺には俺の生活があるんでな」
「そっか。だけどあたしも、これくらいで諦める女じゃない」
「……知ってるよ、この負けず嫌いめ」
「でも、実際に一度も負けてないわ」
「嘘がバレバレ」
「あら本当よ? アンタがいなくなってからの話だけどね」
明日真は面倒臭そうに肩を竦めた。
そして、昔を懐かしむ。
それはまだ明日真の苗字が峰崎ではなく、
朱鷺宮明日真と天鵬院百鬼の一対一での対戦戦績は、記憶にある範囲だけで百戦近くやって負けなしだった。もう一回、もう一回と泣きついてくる幼い百鬼に、何度も付き合わされたことを覚えている。その結果に満足げな……父の顔も。
幼少期の戦績などスターになった今の彼女にはアテにならないだろうが、印象というものはどうにも拭えない。
「今のアンタには、お金が要るんでしょ?」
百鬼がニヤリと口元を歪める。同時に明日真は、ほら来た、と思った。
これは想定の範囲内。明日真はため息をつくと、百鬼を睨み返した。
「だからって、女の尻に敷かれる趣味はない」
「正当報酬でいいじゃない。傭兵みたいなものよ」
「俺の人生は俺のものだ。好きに選ぶ権利がある」
「だから『ルーリスタ』はやらない、って? あたしはやって欲しいんだけどな」
百鬼がいよいよ核心をついてくる。
「今抱えてる借金も、これからかかってくる費用も、全部あたしが肩代わりしたげる、って言ったとしても、アンタの気持ちは変わらないわけ?」
「金持ちはすぐそうだ。人の心まで金で買えると思ってやがる」
「使えるものを使って悪いとは思わないわ。Win-Winになれるじゃない」
「だとしても……あきらめな。俺にだってプライドがあるし、損をするだけだ」
今の峰崎姓になってから、明日真はとっくの昔に『ルーリスタ』をやめている。もうかれこれ七年は触ってないのだから、現環境トップレベルの百鬼が望むスペックなど出せるはずもない。
「遅れなんてすぐに取り戻せるわ。そういう適応力も、アンタにはあると信じてる」
「そりゃ買い被りだ。俺より強い奴なんて、今の業界にはごまんといる」
「そんなことない。だから、それでも、と言わせてもらうわ」
百鬼は胸に手を当て、もう片方の手を明日真に差し出した。
「小さい頃からずっと思ってた。あたしとアンタが組んだら、それは最強なんだって。だからこの手を取ってよ、明日真。あたしは誰より、アンタと一緒に頂点に行きたいの」
真っ直ぐな眼差し。百鬼が真剣なのだと言うことは、痛いほど伝わって来る。
だが、彼女が言っていることは
というのも、問題のアーケードゲーム『週末電脳戦記ルーリスタ』は、十人でやる競技だ。ふたりでどうにかなる話ではない。
「生憎だがその手は取れない。話がコレなら終わりだな」
明日真はそう言って、未だ手を差し伸べている百鬼の隣を通り過ぎた。
「今はもう、違う世界に生きてるんだ。放っておいてくれ」
「違う世界……ね。本当にそうなのかしら」
振り向いた百鬼が腰に両手を当てて、呆れるように言う。
だがそんな言葉を背に受けながら、明日真は屋上を後にした。
もうすぐバイトの時間だ。遅刻すれば給料も減る。
目指す社員登用の道だって怪しくなる。
昔の影に迫られたくらいで、これからを台無しにするわけには行かなかった。
◆ ◆
明日真が去って行った屋上で、ひとり残った百鬼は、残念そうにため息をついた。
「はぁ……フラれちゃった。でもね明日真、あたしらはあきらめが悪い生き物。自分だって昔はそうだったでしょ?」
空に向かって言った百鬼は、左手首のブレスニューロを操作。宙空に展開した画面に、手早くいくつかの入力を終える。
「あたしも踏み出しちゃった以上、アンタだけは絶対に逃がさない」
金は力だ。である以上、相応のことはできてしまう。
それを持っている百鬼は、当然ながら埋められる外堀は埋める。
「ここまではまだ
百鬼はため息をつくと、胸元をぎゅっと握った。
「えぇぃ、恥ずかしがるなあたし!」
そして深呼吸を何度かしてから、鋭い目つきになって呟く。
「……楽しみだわ。今夜の彼は、どんな顔をするのかしら」
百鬼は冷静さを取り戻すと、不敵に笑った。
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