◆03 一週目『ただ彼のことが心配で』
長ったらしく退屈な始業式。それが終わってからの午前授業。
その間、
それもそのはず、明日真は始業式が終わって教室に戻る時点で、彼女に
『放課後、屋上で話しましょ? 今日ならバイトまで、結構時間取れるはずよね』
百鬼は普通の人間ではない。元ではあるが『ルーリスタ』の最年少なトッププロプレイヤーとして、最高峰のS1ランクのギルドで四年も活躍し続けてきた少女だ。一年をワンシーズンとする『ルーリスタ』の『週末電脳戦記』で、最終総決算となる『世界戦』にだって三度も出ている。
それがどういうことかというと、有り体に言って
明日真がざっと計算できるだけでも年俸で数億程度はあったはず。そして金があれば、できることも多いのだ。意図はわからないが、この手の金を持っている人間は、堀を埋める程度のことは平然とやって来ておかしくない。
「ねえ、教科書見せてよ。あたしまだ持ってないの」
とか言いながら、百鬼は授業中に机をくっつけていくらか接近を試みては来たが、まあ普通に過ごしていた。
男女の距離感が、という面では多少近いというか、馴れ馴れしい。
自意識過剰かもしれないが、やたらと胸を当てて来るのはきっと思春期特有の気のせいというやつで、彼女に他意はないのだろう。……ないよな?
なんて、明日真は思ったりもしたのだが、その間、彼女は当初の話題の核に触れることは一切しなかった。
そんななかの休み時間。百鬼の隣の居心地が悪すぎる明日真は、ムラーチンがファン丸出しで百鬼に話しかけた隙に、行きたくもないトイレに向かった。
そして帰りの廊下で、待ち構えていた幼馴染の少女に捕まった。
黒髪おかっぱ頭なクラスメイトの顔は、きっと心の底から明日真を心配している。
現に彼女は明日真を見るなり、すぐに駆け寄ってきて言った。
「あっくん、大丈夫? 私、何かした方が良い? できることある? 困ってない?」
立て続けで尋ねて来る
「困らされるとしたらこれからだろうが……あ~、そんな心配そうな顔するなよ。多分大丈夫だって。約束したろ? お前に隠し事はしないって」
「じゃあ……あの子は何なの?」
問われた明日真は、自分と百鬼の関係を簡潔に、颯に聞かせることにした。
「百鬼は一応、幼馴染だ。お前もそうだが、お前と会う前の、だな」
「それって……じゃあ彼女は……」
「現役最年少の『ルーリスタ』プロ。俺が置き去ってきた過去からの刺客だ。めちゃくちゃ成功してた女が何でまたこんなとこに、っていう疑問はあるがな」
それは明日真というか、峰崎家の過去にまつわる話。
隣家で
「それで……あっくんは、どうするつもりなの?」
「話次第だが、母さんが長期入院で働けない以上、俺がちゃんと金稼いで、
入院中の母と、小学生の幼い妹。高校二年生の明日真は、既にふたつを背負っている。
「永遠那ちゃんは私たちでどうとでもできるよ。
「厚意はありがたいが……たとえ全然足りなくても、できる限りはしていたいんだよ」
「そんなの、別に気にしなくていいのに……」
その言葉に全力で甘えたら、どれだけ楽だろうと思わなくもない。だが明日真は、自分に都合の良い事への完全な甘えは、人としての終わりに繋がるとも思っている。
ゆえに、強がりであってもこう言うのだ。
「俺も男の子なんだよ。度し難いプライド、ってヤツがある」
明日真が言うと、颯は何かを言いかけて呑み込んだ。
「とにかく、お前は今まで通りでいてくれ。でないと困る。早まって変な心配すんな」
「心配だよ! だって私は……っ」
「もし何かあったら、その時はちゃんと言うし、頼る。今までもそうして来たろ?」
何かを言いかけた颯の頭を、明日真は自然と撫でていた。
颯も抵抗せず、微笑みを浮かべている。
と、その時、通りすがりの外野から声が入った。
「何だ何だ、新学期早々、また夫婦で
「ったく、颯ちゃん捕まえていいご身分だな峰崎ぃ~」
こういう年齢では異性間で友人以上の付き合いがあれば、こんな風に
「……いつも悪いな、嫌な思いさせて」
「あっくんなら、やじゃないよ……ほ、ほら!
颯が変にガッツポーズを取る。
「そういうお前は、実は結構男子の間で人気あるらしいが、知ってるか? 密かにファンクラブもあるとかなんとか」
「そうなの? 知らないけど……どうでもいいかな」
颯が疑いようのない心からの笑顔で言った。
「大事なことだけわかってれば、私はそれでいい。それだけでいいんだもの」
「……そうかい。んじゃまあ精々、大家さんに心配かけないようにしないとな」
「かけてくれても、いいんだよ?」
「言ったろ? プライドがあるんだよ、男の子には」
「ふふっ、知ってる。でも、って思うけど……まあいいや! じゃあ、またあとでね!」
と、颯はいきなり
明日真も軽く肩を竦めてから、その後を追う。どうせ戻る場所は同じ教室だ。
だがさて、この先はどうするか。
百鬼の突然の登場によって何があり得て、何がどう動くのか。そしてどこに着地するのが正しいのか。その現実的な可能性はどのラインか。
「……ああ、嫌だ嫌だ」
思考の途中で
とりあえず放課後、屋上で百鬼と話をすることになるのは確定だ。
本当に一体、どういうつもりなのやら。
思う間にもあれやこれや、できることからできないことまで。明日真の思考回路は、大量の予測結果を導き出していた。
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