一週目

◆02 一週目『暴挙辞さぬ美しき転校生』

 長い夏休みは勤労学生にとっては稼ぎ時。普段は学校の後にしか入れないアルバイトのシフトに、平日でも休日同様に昼から入れる。これは、貧乏苦学生である峰崎明日真みねざきあすまにとって、とても大きな収入だった。

 そんな生活を一ヶ月も続けた明日真は、既に疲労困憊ひろうこんぱい


 どうせ今日は始業式にホームルームがあって、少数授業があるだけだ。多少寝ていても問題はない。そんな風に思って少しでも睡眠時間を稼ごうと寝に入った明日真だったが、放っておいてくれない面倒な人間がふたりほどいた。


「あっくん、バイト続きで眠いのはわかるけど、もう少し休み作った方がいいよ」


 ひとり目は峰崎家の隣家に住む大家さんの娘、福積はやて。小学校高学年から高校二年の今に至るまで、ずっと同じ学校の同じ学年で同じクラスの幼馴染である。

 黒髪のおかっぱ頭は真面目そのもの。優しい顔立ちで、明日真の生活を何かと気にかけてくれる面倒見のいい女の子。

 そんな彼女に明日真が示すのは、放っといてくれと手を振るサインだった。


「もぅ……しょうがないなぁ。私のノート、あとでちゃんと写しなよ? テストで痛い目見るんだからね」


 ため息をついて、颯が明日真の席を離れていく。

 だが、その十数分後。遅れて登校してきた野郎が、十分くらい寝れた明日真の肩を揺り動かして起こして来た。


「おい明日真! 寝てる場合じゃねえぞ! 今月のEXEエグゼマガジン見たか!?」


 などと言われても、明日真は特に興味がない。


「元『天ノ御使イあまのみつかい』の超エース! 天才少女はどこへ行ったのか! この記事の予想が期待膨らみまくりでやべえんだって!」

「ぅるせぇぞムラーチン。朝は寝かせろ……」


 村田嘉男むらたよしお。通称ムラーチン。坊主頭が特徴的な、クラスのムードメーカー。明日真の後ろの席で共通の話題を持つ友人でもある彼は、明日真に拒否されても止まらなかった。


「オイオイオイオイ! このクラスじゃオレとお前くらいしかこのヤバさを共感できねえんだからさ! 聞いてくれよ!」


 明日真の上体を強引に起こし、ムラーチンがページを開いた雑誌を差し込んで来る。

 それは今や野球やサッカーに並ぶ知名度を誇る電脳競技『週末電脳戦記ルーリスタ』の専門誌、EXEマガジンのインタビュー記事だった。


「疲れてんだ。放っとけって」


 明日真は言いながら腕を組んで、改めて机に突っ伏した。


「放っとけないから言ってんだよ一大事だ! 今日ウチのクラスに転校生が来るんだぞ!? それがなんと! だっ!」

「そ~かそ~か良かったな~。かわいい女子だといいな~。とにかく寝かせろ」


 もはや相手にしないスタンスを貫いたが、ムラーチンはなぜか必死だった。


「女子だよ!? めっちゃかわいいよ!? それがわかってるからヤベえんだってば! 起きろ明日真! 寝たら死ぬぞ!」

「死なねぇょ……」


 そんな騒ぎで睡眠を妨害され続けているうちに、チャイムが鳴った。

 始業式は出なければならないから、一時的にでも起きなければならない。ムラーチンのせいで貴重な睡眠時間が削られたが、オンとオフはしっかりしている明日真である。

 起きなければならないなら、脳内スイッチを切り替えてシャッキリだ。

 ただし、色々面倒臭いので、団体移動までは薄目で様子を伺い、寝たフリを続ける。


「は~い、皆、席について~」


 担任の女教師が、お定まりの言葉と共に教室へと入って来る。

 その隣に、綺麗な女の子がついて来ていた。


 ふわりと舞う幻想的な髪の色。

 金髪なんて本当にいるんだなと、明日真は漠然と思う……が。

 いわゆる金髪三つ編みカチューシャで、しかも瞳の色は宝石のようなあお

 男なら一度は目を引かれるだろうその美しい容姿には……痛ましいほどに覚えがあった。


「これから始業式だけど、今日はまず転校生を紹介しますね」


 わかってるからヤバイというムラーチンの言葉の意味を、明日真はすぐに理解した。

 転校生の少女を見た瞬間に、思わず苦笑してしまったくらいだ。


「それじゃあ、簡単に自己紹介をお願いします」


 担任の女教師に促された金髪碧眼の美少女は、まず黒板に名前を書く。


 天鵬院百鬼。


 けったいな名前だが、明日真はその読みを正確に知っている。

 てんほういん、なきり。百の鬼と書いて、なきりと読むのだ。

 そんな百鬼なきりの、透き通るような凛とした声は、キリッと周囲を見渡す威圧的な視線と共に発された。


「この中に『ルーリスタ』のプレイヤーがいたら手を挙げて?」


 その問いには誰も手を挙げない。当然だ。ここをどこだと思っている。


『週末電脳戦記ルーリスタ』。


 それは今やプロ野球やサッカーに比肩するほどの地位を築いているVReスポーツで、主に都会で隆盛している団体競技だ。が、こんな地方の、しかも田舎の高校生には、そうそう縁のないシロモノである。

 プロ野球選手だってよほど有名でなければ、ファンぐらいしか顔と名前を判別できないこのご時世。彼女は確かに国民的スターだが、田舎でその認知度は低いと言っていい。

 もちろん業界内では、知らぬ人などいないほどだが。


「えっと、プレイヤーじゃなくてもいいっすか!」


 百鬼がもたらした沈黙にまず突っ込んだのは、やはりムラーチンだった。立ち上がったこいつはこのあたりじゃ珍しい、熱心な『ルーリスタ』ファン。当然彼女のすごさや高名さを熟知している。


「何と言うか、活躍が神々しすぎて恐れ多いんですけれど……初めまして! 村田嘉男といいます! ムラーチン、って呼んでください!」

「ふふっ……変なあだ名ね」

「笑えてもらって嬉しいっす。これでも気に入ってるんすよ。下ネタっぽいですが!」

「ともあれあなたは、あたしを知ってる、ってことでいいのよね?」

「そりゃあもちろん! 『週末電脳戦記ルーリスタ』のS1ランクギルド、『天ノ御使イあまのみつかい』の元エース! 業界の最年少記録をほとんど塗り替えたスーパースターだ! どこに消えたのかが業界のミステリー化してるのに、まさかこんな形で会えるなんて、感動です!」


 しかし百鬼は、ムラーチンの勢いを無視して、さらっと言う。


「で? あなたは『ルーリスタ』にどう関わっているの?」


 その返しに、ムラーチンはドモりながらも続けた。


「えっと、あの、お、オレ自身は下手糞でプレイヤーじゃないんですが、周辺あちこちの有名プレイヤーの追っかけとか、団券だんけん予測実況動画の配信とか、やってます。こう見えて結構人脈は広いんすよ? 動画の再生数は全然伸びないんすけど……あはは」


 ムラーチンが苦笑すると、百鬼は笑顔で言った。


「そう。じゃあ、きっと仲良くなれるわね」

「マジっすか! うわやべえ、鳥肌立って来た! 握手してもらっていいですか! っていうかサイン下さい!」

「そんなくだらないもの、いつだってできるわよ。クラスメイトになるんだもの」

「うおおおおおマジかあああああ!」


 ムラーチンがはしゃぐなか、百鬼は冷静に、周囲を睨みつけるようにして言った。


「で、他には?」


 クラスの一同が再度押し黙る。

 謎のプレッシャーというか、圧が、彼女の言葉にはあった。


 だが、残念ながら誰も反応しない。

 繰り返しになるが、当然だ。ここをどこだと思っている。

 田舎だ。田舎なのだ。


 彼女が戦う『ルーリスタ』の競技場となる『Rサロン』と呼ばれるカラオケボックスのようなゲームセンターですら、最寄りは電車で片道三十分。ちなみに電車は三十分に一本くらいしか来ない有様だ。

 そんな環境にあるこんな田舎の高校には、『ルーリスタ』のプレイヤーなんぞそうそういるはずもないのだ。


 だが、しばらくの沈黙の後、寝たふりのまま薄目を開けて状況を見ていた明日真は……。


「ふふっ♪」

「ッ!」


 バッチリ彼女と目が合ってしまった。


「我慢比べはあたしの勝ちかな?」


 百鬼が軽やかな足取りで、明日真の席の前まで来て立ち止まる。


「久しぶりね、朱鷺宮ときみや明日真」

「……人違いだな」

「じゃあ言い直すわ。久しぶりね。峰崎明日真」


 特徴的な容姿と日々のムラーチンの話からこちらが彼女を認識できたのと同じように、彼女もこちらを認識している。その事実に明日真は思わず眉をひそめた。


「ずっと会いたかった」

「俺は一生会いたくなかった」

「つれないわねぇ。アンタさ、こんなトコでそんな風にくすぶってないで、あたしの覇道はどうに付いて来なさいよ。ギルド、新しく作るから。最初のメンバーになりなさい」


 明日真は思わず舌打ちした。

 この挑戦的な目にその発言。とにかく嫌な予感だらけ。

 こういう時は……一旦外を使って、場を濁す。


「先生~。天鵬院さんが良くわからないことを言っているので、とりあえず話を進めてもらえますか? もう時間もないと思うので」

「んなッ!?」


 目に見えて百鬼が狼狽するのとほぼ同時に、担任の女教師が反応する。


「あっ、そ、そうね。よくわからないけど、始業式始まっちゃうしね。えっと、それじゃあ、天鵬院さんの席は……」

「ここにするわ!」


 百鬼は隣席の男子生徒の机に手を叩きつけて言った。


「後ろが空いてるわよね? 下がってくれる?」


 迫られた生徒が困るのは当然だが、この直後、明日真は裏の動きをいくらか察した。

 担任が、頬を掻きながら言ったからだ。


「あ、じゃあ一個後ろに動いてもらっていいかな? ……っていうか動いて? 先生もほら、配慮ってあるから。転校生には優しく……ね?」


 かくして隣席の男子は一列下げられ、百鬼が明日真の隣の席に座ることになったが、普通の転校生にこんな無法は通らない。だが百鬼のステータスや性格を考えれば、この程度の裏工作はできて当たり前だ。


 それが何故なのか、という疑問は付きまとうが……。


 ともあれ、どうも面倒なことになったらしい。

 明日真は悠々と隣の席に座ってこちらを見る百鬼の笑顔に、ため息をつかずにはいられなかった。

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