週末電脳戦記ルーリスタ

根岸和哉

◆Ep1st 『Re:Act』 プロローグ

◆01 八週目『荒ぶる配信チャンネル』

 腕時計型の次世代端末・ブレスニューロで画面を宙空に投影し、峰崎明日真はアルバイトの休憩室でひとり、とある配信動画を再生し始めた。


『ハイ初めまして! 今や残念声優な巻撒弾季まきまきたまきで~す! お久しぶりなファンもいてくれるかな? いてくれたら嬉しいな。まあぶっちゃけ、私とか死亡説とか結婚説とか流れてましたけどね! 全然そんなことなかったよね! 残念! アハハ!』


 始まるなり、ボディにフィットするオレンジ色のダイブスーツを着た、もう十分見知った茶髪の外ハネヘアーがタコウインナー型な女性が、恥も外聞もなく笑顔を見せる。


『ともあれ、むか~し私がパーソナリティやってたルーリスタの配信番組がまさかの復活! というわけで、新生マキマキ☆チャンネル第1回、はっじまっるよ~!』


 普段あまり聞かない高い声は、彼女の本業的には必要なのだろう。


『私がこうしてまた皆さんの前に出て来れたのは、そりゃあもうひとりのパーソナリティのおかげ! ではでは早速ご紹介! イマドキ彼女を知らないとか絶対モグリ! 名だたるルーリスタギルドの頂点、S1ランクの最高峰ギルド・天ノ御使イあまのみつかいの元エースで、現役最強とも揶揄やゆされる最年少記録持ちまくりなぴっちぴちの17歳! カムオーン!』


 促されるまま画面に入って来たのは、弾季と似た赤いダイブスーツを着た、金髪碧眼きんぱつへきがんの美少女だった。

 その作り笑いが、明日真にはひどく白々しい。


『ハイどーもー! 天鵬院百鬼てんほういんなきりで~す!』


 元気よく百鬼が挨拶をしたのも束の間、すぐさま訪れる沈黙。


『……え、ちょっとマキマキ、ここでいきなり黙らないでくれる?』


 苦笑しつつ切り出したのは百鬼だった。


『いや~感慨深かんがいぶかくってさ~。だってビッグネームすぎて驚くじゃない? フィギュアスケートとかサッカーとか野球とか! その手のすじで最強美少女でアイドル扱いだった子が何でまた? って普通に皆思うじゃん? っていうか百鬼ちゃんは、天ノ御使イの突然の脱退から約半年、業界から綺麗に姿を消してたわけだし。ゴシップ誌なんかはきっと今の百鬼なきりちゃんの粗探しに必死だよ?』

『まあその辺は、あたしも色々とあったってことよ。とにかく、あたしは自分が作り上げる理想のギルドで、かつていた天辺てっぺんまで行きたい。っていうか行くわ。高校卒業までの約一年半で、必ずね。それが今の目標よ』

『とまあ大口おおぐち入りましたけども! これが案外現実的だったりしちゃうかもなんだよね~。百鬼ちゃんのこの大口は、果たして有言実行されるのか! そのあたりを楽しみに、これからこの番組を見てくれたら嬉しいかな。百鬼ちゃんの近況やギルドの情報、バンバンお伝えしちゃいますからね! というわけで百鬼ちゃん! 我らがギルド名を世界にオープンだ!』

『その名もDM!』

『……あぁ~、違うでしょ~? ち・が・う・で・しょ~! 台本! 台本どこ行った! もう百鬼ちゃんたら自由なんだから! ギルド名を言え! 言うんだ~っ!』


 オレンジダイブスーツな弾季が、レッドダイブスーツな百鬼にヘッドロックを決める。


『マキマキ、ギブギブ! でも、DMはDMでしょ!?』

『それ略称ね! 正式名称を聞いてるんだよ百鬼ちゃん!』

『……Dear Memoriez?』

『ハイコレキタコレ! というわけで、Dear Memoriezでございます。でも最後はsじゃなくてzなんだってさ! 何でかは百鬼ちゃんしか知らないッ! 何で!?』

『だってzは、終わりの文字だから』

『ろくな説明になってないぞおおおお!』

『ちょぉっ、マキマキ痛い! マジで痛い! 次! 次に行って!』

『次ぃ~? この状態でやったらかわいそうでしょ!』


 と、百鬼が弾季の拘束から抜け出して、いったん深呼吸。真面目な顔を取り戻してから言った。


『とにかく、これからこの番組ではマキマキと一緒に、あたしらが前の週末に取った戦術の意図とか、我がギルドのメンバーを続々と紹介していくわ』


 百鬼が咳払いをして場を仕切り直すと、弾季がくるくると回りながらカメラに映り込んで言った。


『色々企画も考えてるから、お楽しみに!』

『というわけで……はやて、こっちに来なさい』


 百鬼の手招きで画面におずおずと入って来たのは、緑のダイブスーツの上に灰色のパーカーを羽織った少女。

 そんな黒髪おかっぱ頭の少女がもじもじして言葉を発する前に、弾季が動き出した。


『ハーイ! 初回ゲストのハヤハヤこと福積颯ふくずみはやてちゃんです!』

『えっと、あの……よ、よろしくお願いします』

『よし、じゃあまずはその上着を脱ぐところから始めようか!』

『え……はい?』


 はやての困り顔に、明日真は思わず苦笑してしまった。


『お客さんが見てるでしょ! ダイブスーツ姿さらさなきゃ!』


 そして弾季が颯に襲い掛かる。


『良いではないか良いではないか~』

『えちょ、嫌ですって! 約束が違うじゃないですか!』

『ちょいちょいちょい待てコラァ~!』


 画面の中から逃げ出す颯と、追いかけて見えなくなる弾季。

 と、画面に残った百鬼が咳払せきばらいをしてから、普通に説明を始めた。


『颯がどんな子かって言うと、ウチの大事なパズラーよ。でもついこの間まで、ルーリスタなんてやったこともなかった』

『つまり初心者さんなのさっ!』


 ニョキっと、これまた画面の左下にどアップで弾季が顔を出す。


『というわけでぇ、今日は視聴者の皆さんと一緒に、ハヤハヤにルーリスタのルールをちゃ~んと説明してあげようと思ったわけなんだけども……』

『完全におびえちゃってるじゃない。マキマキが変なアドリブ入れるから……』

『アハハ、ごめんごめん。おーいハヤハヤ~? もう脱がさないから、こっちおいで~』

『し、信用できません! 嫌です!』


 画面に映っていない颯の声が聞こえる。

 これは出て来るのにしばらくかかるだろうなと、明日真は苦笑した。


 と、宙空ちゅうくうのブレスニューロ画面を見ている明日真に、背後から声がかかる。


「お? 何だよミネ、こんなトコでマキマキの番組見てんのか?」


 振り返れば、首の後ろで結んだ長い茶髪と不精髭ぶしょうひげが特徴的な男性。


「んなもん家で見りゃいいだろうに」

大和やまとさんと違って、それができれば苦労はしないんですよ。家で永遠那とわなはやてがいる前じゃ見れませんし、本人は結局脱がされたらしくて、恥ずかしいから絶対見ないで、とかしつこく言ってきましたし」

「いつも見てる姿だろうに、そりゃまた何とも幼馴染ちゃんらしい」

「でも、百鬼や弾季さんからやたらアピールされたら、見たいじゃないですか。ある意味、俺らの始まりの記録なんだし」

「もうすぐで始動から二ヵ月、だったか?」

「そうですね。八週間目だから、そんなものです」


 明日真はもうすぐ二ヵ月となるこの八週間に想いを馳せ、画面の中の百鬼を見つめる。

 彼女との再会からここまで、まるで嵐のような日々だった。

 それはもちろん、これからも続いて行くのだろうが。


 自分がまたこのVReスポーツ、『週末電脳戦記ルーリスタ』の競技シーンに戻って来ることになるなんて、八週間前の明日真は思いもしていなかった。


 全てはあの日、あの時から、再び始まったのだ。


 天鵬院百鬼。

 テレビでも持ち上げられ、屈指の猛者もさとして将来を期待された美少女。

 業界とびきりの有名人が、明日真のクラスにいきなり転入してきたあの日から……。

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