第一章 目覚め不能症候群 <第二話>


 彼とは、一年程前にペットショップで、《偶然の記憶の中》で、出逢った。それは、ヒトの受精卵が、やがて胎児へと発達していく過程で、ほんの一瞬だけ魚類の形態に一致していたことを言うのかもしれない。また、それは遥か大昔、今からおよそ四十億年前に、この地球上に初めて生命が誕生し、ひとつの単細胞からいくつもの分裂を繰り返しては、種の起源となるDNAが組成され、やがて様々な生物へと多様化していくプロセスのほんの一コマを言うのかもしれない。

 それは、原始から現代まで、いくつもの進化と退化を繰り返しながら、生き残って来れたのであろう、まるで設計図を用いて完璧に造られたような強靭な鎧を身に纏った野性味溢れるデザインに、直感的な驚きと憧れを覚えたことにも、起因するものであったかもしれない。


 そして、そんな事がきっかけとなり、出逢ったその日から、一方的な偏った想いで、ボクの部屋で一緒に暮らすようになったのである。今では、もうすっかり飼い主である、このボクにも慣れた様子で、餌である小さな金魚を水槽の前に見せ散らかせると、その水底から水面を落ち着きもなく居ても立ってもいられないのか、水槽のガラス面の四方八方に顔をぶち当てている。


「おい、朝メシだぞ」

 ボクは、素っ気なく無造作に餌専用の水槽から小網で掬っては何度となく投げ入れる。彼には、もう飼い主のボクのことなど視界にも入っていない様子で、それはまるで忘れ掛けていた本来の姿を取り戻すのに、形振り構わずに必死に振る舞えるそんな時間でもあった。

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