22
※※※※
どうして
どうして
何も聞こえない
何も感じない
痛みも
冷たさも
息苦しさも
熱さも
遠のいていく
消えていく
それはつまり
僕の体から
違和感がなくなっている
ということ
それは良い傾向なんだ
世界と僕とが
同じになって
僕の体は
全てを受け入れる
ありのまま
そうして
僕は見つけられる
見えなくても
探し出せる
皮膚が温もりで弛緩するように
意識があいつの存在で安らぐ
その筈なのに
どうして僕は
あいつの名前すら
思い出せないんだ
※※※※
「“鬼”とは、彼自身だった。それだけの話だったんです」
夜持は自分の中の内視を再び呼び覚ますため、目の前に何があるのか、何かがあるのか、それを判断する手段を自ら捨て去った。
いるかいないか分からないところに、それは表れる。
「この時点で、彼はまだ生きていました。死ぬためではないので当然です。ただ、理由は不明ですが彼は急いでいた。一刻も早く、再会しなければならなかった。故に、極端な行動に出ただけだったのでしょう。しかし——」
夜持は会えなかった。
日下はそう断ずる。
「ここまでしてもまだ足りない、そこで次に彼が思いついたのは、場所を合わせることです」
「場所…そうか、神暮山だね!?彼は登ろうとした!」
だが当然、そんなことは不可能だ。
夜持は既に、自身の知覚情報の8割を失った後だ。
「だから、助けを求めた」
彼を山頂まで運べる人間で、尚且つ信頼できる人物。
その条件に唯一当てはまるのが——
「湯田さんを、呼んだのか」
「そうするでしょう。脱走を手助けする際、誘導の為に連絡手段は用意した筈です。ただ、その時点で彼の体力は限界だった」
一面銀世界の中、朱を穿つ零れた命。
手足の先から熱が奪われ、眼窩から生命の源である液体が、なす術もなく漏れ出していく。
その恐ろしさたるや。
心細さたるや。
不安さたるや。
そして何より、大切なものを見つけられずに逝ってしまう。
その無念さたるや。
「湯田さんが到着した時、既に夜持行人さんは事切れていた」
日下が、誰しもが思い、しかし避けていた結論に切り込む。
「夜持行人の眼球には、摘出者が手間取った形跡がまるで無かった。だから我々は、他殺で間違いないとの考えに至ったのだが…」
「それだけの覚悟があった。シンプルな、しかし想定し難い答えです」
「そう言えば夜持のヤツ、不良の先輩の真似事も試してたっけ…」
その時、ナイフを持ち歩いているのを見せられた気がする。
「鋭い刃物」。成程、そこにあったのか。
自殺、と言うよりも、事故死。
夜持の生存を信じていた愛子、そしてそれを支え続けて来た優子。
二人の様子が気になって、俺は彼女達を振り返る。
意外と、愛子は落ち着いていた。
むしろ優子の方が、心配と驚きのあまり、泣きそうな顔をしているくらいだ。目は潤み、口は強く引き結ばれ、愛子の為だけに気丈さを保つ。そのいじらしさが、胸の隅で残留し、喉に引っ掛かった魚の骨のように、じくじくと痛みを反復している。
愛子は、麻痺、しているのだろう。
彼女にとって、
「証拠が一切残らなかったのは?目玉が落ちてなかったら、殺害現場すら特定できなかったんだよ?」
「それは単なる偶然です。その時期は記録的な大雪続き、12月24日の深夜もそうでした。彼が歩いた足跡、流した血、彼がそこに居た痕跡は全て雪の中、そして雪解けとともに洗い流されてしまった」
「それじゃあ眼球だけ残ったのは…」
「単に回収できなかったからです。白く厚い幕に覆われ、湯田さんが見失い持ち去れなかった物のうち、形を留めていたのがそれだけだった。更に、彼がどのように移動し、どうやって逃げたのか、そういった情報は追手を躱す為に、湯田さんが予め消して回っていた。
夜持さんを生きて逃がす為に。
そういった偶然が重なり合い、完全犯罪の現場に両目だけ残されるという、不可解な状況が成立しました」
真相を知ってみると、間の抜けた話にも聞こえる。
が、ここで轍が気づく。
「ちょっと待ってよ。それだと、その後の行方不明だか殺人だかが起こる理由が無いんじゃない?」
「そうです。本来この事件はここで終わりでした。しかし、ここから更に事態を泥沼化させた人間がいます」
ここで動くとしたら、そう——
——裏切り者だ。
「湯田さんは、この結末に納得いかなかった。間違ったやり方で一つの未来を奪ってしまった、その責任を取るべきだと、そう考えたのではありませんか?」
背中越しに問う日下に対し、
「それだけじゃない。この組織は暴走を始めた、一度止まるか、さもなくば解体されるべきだと考えました」
湯田さんがそう応じる。
「その正義感に、三絵図商店街を巻き込みましたね?」
その手を少しも緩めることのない日下。
「彼らは信じるものを手に入れました。それが幸せなら、それもまた正解でしょう」
堂々とダブルスタンダードを披露する湯田さん。
もし彼女があの商店街を操ったとするなら、「国民の思想を捻じ曲げるべきではない」というスタンスに、真っ向から反するというのに。
「それに貴方は、復讐に取り憑かれるあまり、何を守っていたのかも、もう分からなくなっている」
「時には、痛みと犠牲が必要というだけですよ」
「日下、
この人は、何をした」
「彼女は、赴任先の土着の文化について、強い興味を持っていました。それは『仕事だから』、というだけではないように見えます。そんな彼女なら、私が最初に語ったようなこの土地の成り立ちや信仰についても、直ぐに掴んだでしょう。そして裏社会の情報も閲覧できる吟遊なら、三絵図商店街のある秘密にも辿り着いた筈です」
「ある秘密」?それは信仰のことでは無かったのか?
「かつて三絵図商店街の財政は、逼迫していました」
ここでかなりのスケールダウン。
国家と相対していたと思えば、彼女が次に相手に選んだのは、潰れそうな商店街だ。
「外からの人の流入と内側からの流出。吟遊によってコントロールされていましたが、それは『都市』のモデルケースとしてです。商店街から人が居なくなろうと、他の場所で補填されればそれでいい。つまり、助ける者は誰もいなかった。ところが、不可解なことに——」
「30年前から景気が良くなった」
暗宮進次が齎した情報。
それは否応なしに、「救世主」という単語を浮き上がらせる。
「先輩、同じく30年程前、別の出来事があったのを覚えていらっしゃいますか?」
30年前。
1980年代。
俺はまだ生まれてもいない。
当時俺くらいの年だった人間は、今では40代——
——30年前?
「おい、確か揉戌彦の妻が腫足を妊娠したのが…いや、だが、それが一体…?」
「ああ!ここであの調査内容が活きてくるのか!」
轍は何か知っているようだ。
何だ。
次はどんな事実が出て来る?
「暗宮氏が揉腫足さんに会いに行った時、弁護士が彼と話しているのを目撃しています。轍刑事にはそちらの身元調査と、ある人物との関係について確認していました」
「ある人物?」
「それについては僕から。その弁護士っぽい人を頑張って見つけて、それで色々と、それはもう色々と根掘り葉掘り、あること無い事ほじくり返した結果、なんとビックリ、遺産相続についての話し合いだったらしいんだ」
証言として扱わないことを条件に、その弁護士はこんな“独り言”を零したという。
よくあるゴシップだ。
ある「資産家」が病床に臥せり、死に瀕していた。
終わりを前にしたその資産家は、かつて愛人を孕ませ、その子は今も生きていることを告白する。
それどころか、その子どもに財産の一部を遺したいと言い始めた。
当然周囲は大慌てである。
本妻とその家族は、当たり前のようにその意向を握り潰す方向で団結した。
弁護士はその尻拭い、つまり法律に則った手続きを経て、遺産の相続権が無くなったことを、愛人の子に伝える役割を担ってしまった。
何度かの協議の末、勝ち目がないと見たその隠し子は、全てを諦めて相続放棄を受け入れた。
「つまり、こういうことだ」
彩戸広助が、呆れ果てたように答え合わせをする。
「30年前、その資産家が孕ませ、生まれたのが揉腫足。その資産家は当然のように妻帯者であり、立場もある人間だったため、認知することができない。揉戌彦は急遽必要になった父親の代役として選ばれた。戌彦自身はそうと知って、強請り目的で結婚したのか、知らずにいたのを、資産家からの援助で後から気付いたのか…。その男から、『お前の息子の為の金だ』と巻き上げて、それがそのまま商店街の維持・運営費となっていた」
彼はノイズを振り払うように、頭を必死に揺さぶっている。
彼の中でも、何らかの絵図が成立しかけている。
そして彼は、それを拒んでいる。
俺はその時思い出す。
先月頭に危篤状態となり、ついこの前死んだ男。
総合量販店タメルヤ会長。
「そうか、だからタメルヤが撤退しなかったのか」
「まあ、会長から商店街への金の流れが見つかった際、言い訳に使えるかもしれませんから。あの支店は、矯会長と揉戌彦さんとの橋渡し役のようなものだったのでしょう」
「だけど、なんで戌彦はその金を、そのまま商店街に流しちまったんだ?自分の金にすれば良かっただろ」
「彼の地位のためですよ」
地位、名誉、階級。
揉戌彦は、支配欲が強い男だったという。
「偉くなりたい」、その手段が手に入った。
なら、使うだろう。
「商店街近辺の住民の、揉戌彦さんへの印象は最悪でした。ほとんど良い噂を聞かず、逆に陰口ならいくらでも湧き出てきます。けれど現に、彼は商店街の事実上のトップだった。人柄でも実務能力でもないなら、また別の強みがあったと考えるのは自然です」
だから、彼女は疑った。
汚いやり口の存在を。
揉戌彦の“手段”とは何かを。
「だけど真見ちゃん。こんなこと知ったって、事件には関係が——」
「さて先輩、ここで問題です」
さて日下、何を聞きたい?
「私がさっき、『未来の故郷園』の物品について聞いた時、意図的に言及を後回しにした物があります。それは何でしょう?」
「あー…」
「蛇のキーホルダーとか言ってなかった?」
ナイス
「そうそれだ」
日下からの判定は?まあ顔を見る限り「もっと頑張りましょう」とかそんなもんだろう。
「では第二問」
まさかの二問目があった。それは想定していない。
「それと似た系統のものを、ある人間が受け取っています。誰が、何処で、何を?」
「本当に全くさっぱり分からん」
「こういう時だけ即答ですか」
俺が役に立たないのは慣れっこな日下は、当然救済措置を用意していた。
「ヒントは、『オマケ』です」
「オマケ」。
ついでの何か。
一緒に付いてくるもの。
オマケとして渡されたのは、猿の——
「そうだ!暗宮進次の手帳に書いてあった!木製の動物!」
「いやそれくらいだったら、別に他のところにあるんじゃない?」
「馬鹿共め、分からないのか」
彩戸が直線的に蔑んできた。
「蛇から猿といった動物の変化、何も気付かないのか?」
俺は何も連想できなかったが、
「蛇、猿、蛇、猿…そうか、干支だ!」
轍が閃いた。
やはりこの男、かなり優秀なのでは?
「そして、直近の蛇年は2013年…。夜持行人の失踪…というより死亡の直後。透明人間騒動があった年!」
「じゃ、じゃあ何か?湯田さんは揉戌彦と——」
「会っていた、私はそう推測し、そこから推論を組み立ててみました」
彼女が戌彦に接触したのは、何の為だ?何しに現れた?
「入れ知恵しに来たんですよ。揉戌彦さんに」
戌彦は、他人から奪った資金でのし上がった。表面上は従っていても、内心よく思っていない人間は多かっただろう。
彼は更なる統制を求めていた。
財力だけではなく、武力、より直截的には暴力と恐怖による支配を。
万が一にも、裏切られることのない仕組みを。
そしてそれを与えたのが、湯田さんだったと日下は推測する。
「彼女は吟遊のやり方をそのまま用いました。不可思議を起こし、答えとなる風説を与え、新たな共通認識を、文化を作り上げる。何かを、見えなくする」
「何を…この人は何を教えたんだ…?」
そこで、彩戸広助が揺らいでいることに気付く。
「そんなことのために利用したのか…!我々を…!」
今までで最も感情を噴出させた彼は、今にも湯田さんを
「湯田夕刻さん。貴方は、彼にこう言ったのですね?目障りな、消えて欲しい人間が居るのなら——」
——目を抉って殺せばいい。
何だと?
「そうすれば死体は“鬼”が隠し、神が後ろ盾となる」
「そんな話、実行するどころか、信じることすらできないだろ!」
「だから、まずは手本を見せてあげる」
湯田さんの背後の影が、肥大化しているように感じる。
そこに、いる。
この事件を覆ってしまった、不可視の絶対。
彼女自身は、そんなものとは無縁に見える。
それが、何より恐ろしい。
「手本って…?」
誰もが発せなかった問い掛けを、轍が絞り出す。
「目の前か、或いは映像でも見せたのか。彼女が手ずから人を殺し、その眼をくり抜き、投棄した」
「いや、しかし、そんな殺人事件は…」
起こらなかっただろう?
死んだのは、戌彦だけだろう?
「我々が処理した」
けれど彩戸広助が、悲劇を確定させてしまった。
「夜持行人の死から一月もせず、被検体だった少女が殺害された。眼球は摘出され、持ち去られた。逆ではあったが、夜持行人の事件と関連してると見ていいだろう。つまり“敵”は、偶然夜持行人を殺したのではない。こちらの計画を知っており、明確な敵対行動を取っているということだ。持ち去られた眼か、遺体の方か、とにかく我々を追い詰める為の材料を集めているのだと考えられた。そいつに暴かれるか、さもなくば続け様に出現した死体に寄ってくる、野次馬どもが何かしら見つけるか。下手に探られるわけにはいかない。知られてはいけない。よって、我々は対処した。遺体を回収し、その少女は里親が見つかったから引き取られたということにした」
そうして彼女は、大義名分を失った。
守るべき子ども達を、使命感から手にかけたのだ。
「こうして隠蔽は完璧に行われ、貴方達はまんまと湯田さんの術中に嵌った。」
彼女の宣言通り死体は消え、事件にすらならなかった。
彼女の提案はハッタリではなく、実現性のあるプランとなった。
戌彦は、話に乗った。
「揉戌彦は、自分の敵対者を殺し、その眼を抉る。湯田さんは監視網に穴を開け、証拠を処分する。吟遊は、相手の狙いが分からずに、関係ない筈の死体まで処分する。誰の目にも留まらない、完全犯罪のプロセスが完成しました」
同じ殺され方をした死体。
顔に開いた空しい節穴は、「処分しておけ」というメッセージ。
吟遊からすれば、便利に使われていることは分かっている。しかし万が一、億が一自分達に繋がる誰かだった場合、前代未聞の大規模人体実験が明るみに出る。これを容認していたとなれば、それこそ本当に政権が倒れる。国防の強化が、大きく遠のく。
だから、従うしかない。死体が出たら急行するために、常に市の全域を見張る。見つけたら、即座に片づける。記録上彼らは引っ越したことになる。
「じゃあ吟遊は、誰が共犯者なのか、そもそもその必要があるのかすら分からないまま、取り敢えず全てを隠し続けたってのか?そんなの——」
——あまりにも、不毛だ。
現れた遺体に、何かあると思ってしまう。
それが何かを語り、指し示していると思い込む。
だがそれは、ただの鏡だ。
自らの行為を映した、自らの内にある現象。
それ自体には意味は無く、彼らを指すのは彼ら自身。
その仕組みを利用しようとした吟遊もまた、パノプティコンに囚われていた。
何かに見られている気がして、必死に隠れようとして。
けれど、それは彼ら自身が見ているのだ。
彼らがやっていることは、許されないと当人達が思っているから。
だから視線を感じるのだ。
死者を隠して、監視の目を塞いだ気になって。
根本が変わらなければ、同じことの焼き直し。
逃げ切れるわけがない。
“内視”を利用しようとした彼ら自身が、それで雁字搦めになっていた。
「彼らはせっせと敵対者の“予言”を成就させ続けました。相手が見えないから、手当たり次第に蓋をして、それで
そうしている内に、気付く。
犯行の瞬間だけ絶対に見えない。
情報が操作・改竄されている。
自分達の中に“裏切者”が居る。
「また、彼らの監視にも限界があり、間に合わず人目に触れてしまったものもあります。なのでそれは、怪談の類として残りました」
「そのカモフラージュの為に、市内全域に透明人間の噂を予め流しておく、か。流石、優秀だよ。当事者や、裏稼業の人間でもなければ、人が減っていく違和感に気付けない。他人事な怖い話、それで考えが止まってしまう」
曰く、「目に見えない鬼が、血に飢えて徘徊している」
曰く、「自分を見ることができる者の目を潰して回っている」
曰く、「国の実験で生まれた生物兵器だから、秘密裏に調査されている」
“不思議”に遮られ、起こっている事が見えなくなっていく。
「噂の効力はそれだけではありません」
湯田さんの計画には、更なる
「彼女は、商店街の全員を共犯者に仕立てたのです」
恐怖だけでは、完全に抑えられない。
戌彦への反感が勝れば、気づかれぬように密告する者も、いつか必ず現れる。
その情報は、確実に吟遊の耳に入る。
だから、商店街そのものに、協力してもらう必要があった。
その帳を、より強固にするために。
その方法とは?
「先輩、処女懐胎の話は覚えていますか?」
婚約前の受胎。
生まれて来る“救世主”。
信じる者を救う“神”の子。
邪魔者扱いされた夫。
「最近聞いた話ですね?」
「それは…」
結婚した妻が、それ以前に妊娠していた。
生まれた子どもは、無尽蔵の金を生み出してくれる。
とある人々にとっての、ようやく見つけた起死回生の手段。
「まさか…三絵図商店街の連中は、本気で揉腫足を救世主か何かだと思っていた、って言うのか?」
「荒唐無稽、とは言い切れないでしょう。彼らにはかねてから受け継がれてきた信仰があった。救われたという事実があった。そこには“処女懐胎”があり、その子を通じて“神”からの接触があった。更には、人が消えるという“奇跡”が起こった。この世ならざるもの、“鬼”が生まれてしまった」
消えかかっていた教えは、再び励起される。
見えないものへの畏怖。
隠すという行為の神秘性。
選ばれた者のみ救われる閉鎖性。
目に見える救い。
異端を排除する力。
その全てが揃っていた。
彼らにとっての“鬼”とは?
“透明人間”とは?
神か。
或いは法か。
「単に死の恐怖というだけではありません。揉腫足とその父戌彦に歯向かうことは、神に背くことと同義でした。逆に彼らと共に在るということは、祖から継がれし教えを遂行し、神の国へと至る道を歩むことになります。正と負、両側面のモチベーションが生まれました。揉戌彦の支配は、盤石となったと言えます」
“救世主”を中心とした、選ばれし信仰者達。彼らは「見ない」。神が「そこに無い」と言ったものは、無い。よって、殺人も死体も、無い。
あの場所に住む全員が、共犯者にして教信者だ。
「『“フカシ”の判断を疑ってはいけない』。彼らの内で制定された掟の一つです。これは、『“不可視”の存在に逆らうな』という意味と同時に、『“深詞という土地”の決定に逆らうな』ということでもあると思われます。目に見えぬ何かと、彼ら全体を、同一視するような条文。度重なる失踪と殺人は、彼らの総意でした。これが明文化されていなかったのもまた、“秘匿”を重視するが故でしょう。そしてその暗黙の法の根拠になったのが、その結束を支えたものこそが、“鬼”であり、“神”です。」
「神を信じた、って言うのか?」
「と言うよりも、自分達には想像もつかない大きな力を持った誰かを。どうも三絵図商店街のメンバーの大半は、一連の隠蔽工作は矯平造によるものだと考えていたようです。息子の犯罪に協力する、政財界でも名のある大物。彼らにとっては、確かにそこに在る絶対権力です」
——だとしたら、
「なんで揉戌彦は殺されたんだ?」
誰が神へと
「簡単です。揉戌彦は神でも、神の子でもありませんでした。神の子から異端の烙印を押されれば、簡単に消される程度の存在です」
今まで彼を守ってきた周囲が、ある日結託して彼を消す。
「駅前の三絵図商店街。かつてそこで白昼に、一人の人間が忽然と消えた」、それはその場の全員にとって、「居ないもの」となったから。
単純に、被害者を除く、全員が共犯。
そして、それが事故ではなく商店街の決定だと表明し、本物の“鬼”に動いて貰う為に、わざわざ事件を演出した。
衆目の中での、消失事件。
棄てられた死体は、両目が奪われている。
不可視の異存を匂わせることで、これがいつも通り「隠匿のお願い」であると、そうメッセージを送ったのだ。
そしてそれを決定したのは——
“救世主”、
或いは“神の子”。
「揉腫足が、父親を殺したっていうのか」
「そうなります」
「ど、どうして彼はまたお父さんを?」
「それはここではあまり重要ではありませんね。彼には父親を罪に問われず殺す手段を持っており、実行してしまった、それだけです。それでも敢えて邪推するというのなら、『妻と他の男との間に出来た子ども』と、『息子を
そして、死んだのは父親の方だった。
それだけでしょう」
だがその事件は、大きく世間に露見した。
それまで取り仕切っていた戌彦が欠けたせいか、遺棄の段階でしくじってしまい、誰かに通報されてしまう。
怪談が、事件となった。
「吟遊は大慌てで隠したでしょうが、ここで“彼”が関わってしまった」
“彼”、
暗宮進次。
その名を聞いた途端、
彩戸広助の苛立ちが
強まったように見えた。
これから始まる挿話は、
暗宮の物語だと、
それが分かった。
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