14

※※※※

チケットがある

水族館

映画館

展望台

そういう場所

大切に

保存して


その記憶は

確かに残っている


どういうつもりだろう?

「誰かと共に行く場所」なんて


そんな人間

存在しないのに


「お天道様が見て」いても

傍に立ってはくれないのだから


同じ場所まで堕ちては来ない

それが僕らの信仰なんだ


でも

それでも

思い出さなくては


思い出す?

そう

何かを忘れている


ヒントはないだろうか

過去の自分を読み解けないか


例えば

この施設群



それは

偶然か?

※※※※




「“透明人間”とは何だ?どうやって我々のことを掴んだ?」



 暗い。


 昏い。


 冥々たる一室。


 夕暮れなど遥かに過ぎ去り、今は丑三つ時なのか。


 だから化物も出て来たというのか。


——いや、ちげえな


 この黒は、硬質に過ぎる。


 僅かな光すら遮断されて、一向に慣れる気配が無い。


——塞がれてんな


 気付けば手足も動かせず。

 詰まる所、そういうこと。

 暗宮進次は、今拉致されている。

 黒幕の方から会いに来たのか。

 だがそれにしては、雲行きが怪しい。


「答えろ、どう暴き立てる予定だった。何故今こんなにも分かりやすく動いた」


 


 訊きたいのはこちらだというのに、男の声は暗宮に、「透明人間」を問いただす。それも随分と余裕が無い。


——どうなってやがる?

 

 実のところ、こういった実力行使は想定されていたことであった。

 相手が公安だかサンシだか知らないが、武力が用意されていないわけがない。

 公務員か私設部隊か。どちらであろうと、投入はほぼ確実。

 だから、“お守り”という備えもあったのだ。使う間もなく捕らえられたが。

 けれどそれで拘束された後に、まさかこちらが説明を求められるとは。

 おまけに思ったより早期に動いてきたため、紀伊から肝心の商店街についての情報を引き出せなかった。

 色々と最悪で、同時に混乱する。


「だんまりか?まあいい、こっちには時間はいくらでもある」

「どうも、余裕たっぷりのヤツの口ぶりには聞こえねえな」


 手探り状態はお互い様。ならば暗宮は敢えて強気に出る。捕らえた側が立場は上、誰にでも理解できる簡単な構図。けれど暗宮は、その空気を読まない。いかにも自身の立場が分かっていない人間の振舞いを押し通す。

 苛立ったなら儲けもの。相手のペースを崩すだけで良い。

 何か零せ。

 一つ仕損じろ。


 今この場所こそが、過去最高に真相に近い。


「なあ、悩みがあるなら俺に聞いてみてくれ。俺の持ってる情報と擦り合わせれば、何か絵図が見えて来るかもだ」

「暗宮進次、貴様は何故“透明人間”を利用した。どこでその存在を知った?何故このタイミングで、それも開けっ広げに行動を再開した?」


 何だろうか。

 話が嚙み合わない。

 “透明人間”の噂を利用したのは彼らの筈で、その存在はむしろそっちから主張してきたものだ。

 思わせぶりな要素だけ残し、それ以外を綺麗に消し去った。

 計画通り、殺しは得体の知れない都市伝説の仕業に——


——だから、そこがおかしい


「お前ら、なんでこの事件を公にした?」

「質問はこちら側がする。お前に許されるのは回答のみだ」

「どう考えても、お前らのやってることは阿保だ。要らねえ手間ばかり増えて、リターンはどんどんと縮小していく」

「名簿はどこで手に入れた?ハッキング?否、お前にそんなスキルがあるとは思えない。協力者がいるのか?孤立気味だったお前に?独力でこちらの存在に辿り着き、気付かれないように強奪した?それとも、誰かが裏切った?」


 暗宮は、理解した。


 いや、勿論彼らが何を言っているのか、何を目的としているのか、どこを最重要の疑問点と捉えているかは、暗然として不明瞭なままだ。

 けれど同時に、値千金の情報を手に入れた。

 どんなものにも代えがたい、しかし全てを無価値にする結論。暗宮の考えが更に破綻し、事件の纏まりが解れて霧散。



 彼らにも、分っていないのだ。

 


 国か企業かは知らないが、糸を引いたのは彼らではなかった。

 

 巨大な変化の胎動、その為に舞台裏を牛耳った者達。

 しかし、乗っ取った筈の舞台装置が、勝手に神様を造り出し、不可解な演出と結末を用意した。

 誰にも全貌が分からずに、仕方なしに聞いて回ったのだ。

 その機械仕掛けに、アドリブで合わせた者へ、

 「この“オチ”は、どういう意味なんだ?」と。


 なんとも気が抜けそうになる。

 流石の暗宮もこれには参った。

 最悪の場合は命と引き換えに、“本当”を得るつもりであった。

 その覚悟は全くの肩透かし。“敵”もまた、廻る舞台に振り回されていた。

 これでは捕まり損である。

 捕まえた側のその労力も、不毛な事この上ない。

 

 この場面は、幕間と成り果てた。

 

 全く誰にとっても、得の無い顛末だった。

 お互いに相手が答えを持っていると考え、両者一歩も譲らず情報を引き出し合い、結果分かったのは「こいつ、何も知らない」。

 漁夫の利のほうがまだ救いはある。

 けれど現実とは何時だって非情で、平らげてくれる漁師などいない。

 もういっそ降参して何もかも忘れたい、そんな羞恥心すら覚える。


 暗宮は、詰めるべき相手を失った。

 この場で出来る事は、もうあまりない。

 平たく言えば、“暇”になった。


 仕方がないので、種々の仮説を再検証することにした。

 

「資産家の関与」説。

 揉腫足のラーメン屋を訪れていた弁護士。

 あれの雇い主が居る筈だ。

 あの時は次に話を聞く為に、関係悪化を恐れて退散したが、正直跡をつけるべきだったと、暗宮は今更後悔している。


 揉腫足の出生に纏わる話で、当時気になる風説があった。

 揉戌彦とその妻亜紀あき——旧姓ははななぎというらしい——、彼らは戌彦側からの猛アプローチで結ばれたと言われている。しかし一部では、彼らが関係を持つ前に、亜紀が腫足を身籠っていたという憶測が、まことしやかに囁かれていた。

 誰か公にできない相手が父親で、戌彦とは偽装結婚なのではないか、と。

 確かに亜紀という人物は、写真で見る限り美人である。胡桃くるみのような瞳とぽってりとした口唇・ボリュームのある黒髪を持ち、80年代あたりの美女像そのもののような女性。粗野で粗暴で粗忽といった——その点では暗宮は人の事を言えないが——揉戌彦には、似合わない女であることは間違いない。

 しかしそこから彼の風聞への飛躍には、悪感情から来る偏りがあると、暗宮はそうも感じていた。

 つまり揉戌彦という男が人望皆無な人間である為、妬みから来る誹謗中傷かと思っていたのだ。


 だがそこに“弁護士”が現れたことによって、なんらかの大人物の影が差した。


 噂が本当だとして、戌彦がその事実を知っていたとしたらどうだろう。

 富豪が自分の隠し子について強請られて、脅迫者を葬り去った。ここに居るのは、金で雇われた傭兵達だ。


 だが、いくら金持ちとは言っても、人一人を大勢の目の前で消すなど無理がある。と言うより意味が無い。単なる行方不明のままでいてくれた方が都合が良い。

 消されたのも、一人だけではないのだ。大掛かりな仕掛けを用意して、やることが不倫の隠蔽というのも分からない。

 ならば、始めから母子ともに始末しておけば良いだけだ。折角戌彦が死んだのに、弁護士まで送って見せて、また繋がりを露見させる、その危険を冒すのもいただけない。

 たかが金持ちというだけで、国と繋がり、平気で法を犯す私兵を、所有しているのも都合が良過ぎる。

 そこから“裏切者”という言葉が飛び出す、それもまた考えづらい。事が小さ過ぎるのだ。

 よって、こちらの説が正しい可能性は、まず無いだろうと暗宮は見ている。


 「実験体の暴走」説。

 説明がつかないことだらけだが、現況ではこちらの解の方がまだ分かる。

 

「てめえら、まさかヤロウがどこに居るのか知らないのか?」

「何?」

「ケッサクだ。てっきりもうお終いかと思ってたんだが」

 出まかせでハッタリをかましつつ、暗宮は自説の考察を開始する。

 まず目の前の連中からして、権力が関わっているのは間違いない。

 だが彼らは、コントロール出来ているわけではない。

 元凶ではあるが、黒幕ではない。

 いや、この事件に“黒幕”がいるのかも分からなくなった。

 

 透明化の実験体兼最先鋒の工作員。

 主演は彼、または彼女。

 任務は新技術の実地試験。

 施術を受け、あるいは住民に受けさせ、見られていたなら注目不可避な行動をとる。

 結果は大成功。ところが、その技術が主役を狂わせる。

 そいつは見てしまった、自分が何をしようと反応しない人々。

 それは一種の、無敵。

 好奇心が勝ったのか、欲望に負けたのか。

 どこまでやれるか試してみたのかもしれない。


 そして、ブレーキの無いそれは暴走。


 あるコミュニティに支配体制を確立するまでになった。

 どこに居るか知りようがないのでは、捕まえる側もどうしようもない。

 安全装置は用意されていたが、優秀なそいつは解除方法を知っていた。

 最早直接的には手も足も出ない。

 周囲からじわじわと囲んでいくしかない。

 事件を隠しつつ、監視網は張り巡らせる。

 死体が現れるのは、彼ら“組織”への警告である。

 「邪魔をするならこうなるぞ」と。

 それが、「裏切り者」。


「何者のことを言っている?誰がお前に情報を与えた?」


 今の問いかけで仮説は却下された。

 どうやらこいつらの中では、表立った背信は発生していない。

 何者と敵対しているのか、どうもそれすら分かっていない。

 そいつに関する記憶すら、見えなくなってしまうのか。


——待て、これは良くない。

 

 相手を高く見積もり過ぎだ。気がつけば異常に呑まれてしまう。

 ここにある情報は何か、よりシンプルに選別する。

 殺したのはこいつらの関係者。元構成員か敵対者かは分からない。

 隠蔽したのはこいつら。どんな形であれ、通常の殺人事件として扱われるのを避けたかった。もっと言えば、広く知られるのがマズかった?

 普通に考えれば裏切りだが、彼らはそれを可能性の一つ扱い。

 なら身内でないが、同勢力なら?単なる協力者だったが、そいつらが好き勝手し始めたのだとしたら?

 そしてその数が多ければ、候補を絞り込むのに手間取ってもおかしくない。

 黒い繋がりなら、尚更表立って探りを入れられない。

 内部から食い破られたわけではないが、外部からある程度浸蝕(しんしょく)はされている。

 表に出てはいけない人物。現体制の弱みそのもの。

 重要な人物を庇っているのではなく、プロジェクトも関係なく、下らない政治生命を守るべく、保身のための隠蔽工作。

 だったら、思わせぶりなピースの数々も、その必要性にはある程度納得いく。

 逃走側は、脅しているのだ。

 「話を広めることなんて簡単。おかしな動きはするんじゃない」と。


 手を出せない追跡者と、逃げるどころか迎え撃つ逃亡者。一触即発のその均衡に、新たな火花が投じられ、そうして片方が破裂したか。

 異様に早いその動きが、彼らの焦りを表している。


 しかし。


——早過ぎる、そして完璧過ぎる。


 暗宮の動きが完全に見抜かれていた。対処があまりにも整っていた。契機になった例の件は、四六時中見張っていないと逆に不自然に思えるくらい、ハイスピードな処理が行われた。

 昨日今日暗宮を知った連中の動きじゃない。ずっと前から目を付けられていた、まずそう見てもいいだろう。

 「頑固な元刑事」以上の脅威度は無い自分が、一体何故マークされたのか?


「答えろ、我々との接触は、“奴”以外に無かった。ということは、奴がそうか?」


——お願いだから固有名詞を出してくれ。口を滑らせてくれ。何か俺に情報をくれ。

——そしたら話を合わせてやるよ。


「てめえら、思ったより鈍いんだなあ?ええ?さっきから的外れ過ぎて何言ってんのか分かんねえぜ?俺の相棒にも気づけてないみてえだし、何が起こっているか全く分かってないときた」


 すっとぼけてみるが、効果は如何いかほどか。


「庇うか。しかし我々は既に確証を得ている。誤魔化しは効かないぞ」

「だったら言ってみろ。その名前を。俺が動揺するかもしれないぜ」

 

 暗宮は静かに待つ。

 例え何をされようと、次の情報の為にだんまりを決めこむ。

 相手が焦れているのが伝わり——

「…そうか、なら本当に、お前は違うのか。こいつはお前について、気付いてすらいない」

 

——何だ?

 

 突然、相手が冷めていく。暗宮への興味を失ってしまう。

 優位に進められている。主導権はこちらにある。

 そう思っていたのは、暗宮だけ。

 今目の前に立っていながら、相手にするつもりがない。端から付き合う気など無かった。

 暗宮の虚勢など、張る前から畳まれている。

 それに今のは、誰に向かって?


 

 

 暗宮は気付く。気付いてしまう。

 そこに居るのは、暗宮を裏切った人物。

 彼との共謀を疑われるほど、身近に潜んでいた何者か。そいつを取り調べる材料として、彼はここに呼ばれたのだ。

 それを彼自身は、見逃してしまった。

 なんて間抜け。

 あまりにも節穴。


 だが、誰か?

 彼の動きを監視し続け、こちらのやり口を丸裸にする。

 暗宮にはそれ程親しい人間がいない。よってそんなことができる人間が——


——いや、一人居るな。

 そいつが裏切っていたのなら、一つの謎が綺麗に解ける。

 不自然な点も、納得できる。

 疑われるのも、当然に過ぎる。


「してやられた、ってワケだ」


 暗宮には分かる。彼があんな情報を与えたのは、善意でもないし、監視の為でもない。

 こいつらには何と報告しているか知らないが、口から出まかせだと保証はできる。

 全ては建前で、行動原理はシンプル。

 乃ち——

「どうだ?期待通りか?」

「ピンポーン、ッス先パイ。でも今更な閃きッス。遅きに失してるッス」


 暗宮の目隠しが除かれる。

 

 倉庫のような無機質な暗闇。


 だがライトを直に照射されて、むしろ眩んでしまう。


 慣れてきた目の前のパイプ椅子には


 得意げに座る整った顔。



「やっぱり先輩には、何も見えてないんスよ。“猟犬”サン」



 彩戸広助が、ニヤついていた。



 暗宮は、


 今度こそ心の底から


 脱力してしまった。

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