13上

※※※※

何故あんなものを残したのか


一緒に捨てただけなのか


あれさえ無ければ


思い出すことも無かったのに


…いや

本当にそうなのだろうか


自分が「要らない」存在だったのは

結局逃げられない道理だったか


事実が変わらないのなら

有っても無くても

同じだろうか


あいつはなんて言うだろう


慰めてくれるのか

何も言わずに寄り添ってくれるのか

それともかの女の真意を理解し

僕に教えてくれるだろうか


………

“あいつ”?



僕は何故

こんなに「足りて」ない?


こうやって

ガラスの向こうに閉じ込められているから?


この鏡は

向こう側とこちらを繋げて

あちらからは「見える」ようにして

こちらからは知らんぷり

そこに無いように振舞って

だけど本当は——


あおい


そうだ


青が見えたんだ


僕達を守り


包み


閉じ込める


それが見えたから


なら


あの時見つけたものは


何だっただろう


どこに


行ったのだろう

※※※※




「それで、その人は鬼を追ってたんですか?」



「というより、透明人間を、だな」

 かぶりつくような少女の質問。

 成程、真相を追う人間は、こういう感じの反応を示すのか。

 日下に逃げ腰だと見抜かれるわけだ。


 それが優子の態度を目にした、役立たずな俺の感想だった。

 

 12月19日。朝6時。始業どころか登校にすら早い時間。

 場所は再び、「未来の故郷園」の食堂。

 俺以外には、優子と湯田さんの二人。

 俺達を見るのは、壁に掛かったポスターの瞳のみ。

 「正しい行動を心がけよう!」

 「どこかでだれかがいつもみている」

 「恥ずかしくない大人になろう!」

 今の俺には、刺さり過ぎる台詞達。


 優子は変わらず気丈に振舞っている。俺達の中で、一番安定しているのが彼女だ。

 これから学校がある為制服姿の彼女は、決して相手を追い詰めるような空気を作らない。これだけ気になっているであろうに、優しげな雰囲気はずっと纏っている。夜持が生きていた頃から、彼女は何も変わっていない。

 「行人にいさんと、ずっと友達でいてね、!」なんて言っていた時と、同じような接しやすさで聞いてくるのは、いつも平静なのか、むしろ常に全力なのか。

 だからこそ、先日の突き放しは酷くこたえた。

 湯田さんは、やはり顔が蒼褪あおざめている。この人の中では、事件の記憶が掘り返されるのは、歓迎すべきことではなさそうだ。

 しかし、それでも優子を静止しないあたり、彼女も真相を追う一人であるのだろうが。

 愛子は休ませているらしい。最近は精神の昂ぶりが抑えきれなくなってきているとか。


 …あまり時間は無いのかもしれない。

 

 今この時間は情報共有。

 最新の動向を依頼者に知らせる。

 人一人の行方不明が、事態を進めるのは皮肉なものだが。


「轍刑事が言うには、相当入れ込んでいたみたいで、それでキャリアを棒に振ったレベルだとかなんとか」

「全て伝聞形で言ってますが、日高クンは知ってる人だったんですよね?」

「部屋が隣同士ってだけだ。あんまり話したことない。ただ、入居時の挨拶で、『刑事』って名乗っていたのを覚えていただけだ。轍刑事も、俺のアパートに捜査に寄ったついでに、『そう言えば』と思い出して、暗宮さんの部屋に行き、それで失踪発覚、という流れらしい」

 

 そう、俺は件の暗宮進次元刑事と面識がある。


 夜持の事件が忘れられて来た頃、隣人が刑事だったのを思い出し、世にも間抜けな質問をしたことがある。


——目に見えない鬼なんて、居ると思うか。


 あの出来事に、地に足のついた人間による、合理的な説明が欲しかった。自分より血塗られた異変に慣れている者に、納得させて欲しかった。それで自分の中で折り合いをつけたかったのだろう。

 

 結果としては、最悪な形で頓挫とんざしたが。


「それで、その時はその人なんて言ってたんですか?」

「キレられた。『小っちぇえガキみたいなこといつまでも言ってんじゃねえ』って。まあ、アホな発言だったと思う。話を聞いた感じ、その人も余裕が無かった時期みたいで、悪い事したと思ってる」


 お話にならなかった、というやつである。

 収穫は無く、不用意に相手の神経を、逆立たせただけだった。


「日下さんはなんて?」

「完全に行方不明、且つ自宅から目ぼしい物は粗方持ち去られているとなれば、掘り下げようがないらしい。暗宮氏が何を調べていたのかの聞き込みは、警察内部がメインになるから、轍刑事に任せるそうだ」

 その間、俺たちは——


「山に登るんだと」


「………えっ?」

 いや、やっぱりそうなるよな。

「えっと、何故いきなり?」

「商店街の連中、逃げるにしても、バラバラじゃなくて連携を取ってただろ?一度結束したら、そう簡単に離れるとは思えない。人数が多ければ、集団心理で不安や罪悪感を塗りつぶせる。誰かが裏切らないか見張れるしな。だったら退避先でも一纏めだ。ただこの近辺でそんな大勢が隠れることが出来る場所が、あの神暮かくれ山しかない…ってあいつが言ってた。更に言えば、近頃は鬼火の目撃情報もあるんだと」

 まったく、今度は“鬼火”と来た。

「…それは直ぐに?」

「この後。準備ができたら直行する。学校にはもう『休む』って言ってある」

「…分かりました、お願いします。私は今度こそ、日高クンを信用したいです」

 湯田さんは何も言わないが、優子を気遣うように窺っている。心は一つということだろう。

 こんな逃げ癖付きのクソ野郎を、優子はまた信用してくれてるんだ。やらないわけにもいかないだろう。


 そうとも、ここで進まずにどうする。

 彼女の為に、やるんだろ。

 

 そうと決めると、体が軽くなった。


 浮足立った酩酊感。

 ずっと欲しかった、俺の役目。


 俺にも、できることがある。







 神暮山。


 休火山であり、この丹畝市内にある一番の「自然」。

 頂上付近には、小さな社がある。何が祀られていたのかは、失伝して久しい。

 とは言っても、神秘たる秘境、急峻たる絶峰ぜっぽうというわけでは全くない。

 標高は450mにも満たず、レジャーとして訪れるにもぬるい高さ。

 人が通りやすいように道が整備され、休日や観光シーズンには、途中までロープウェイが稼働する。

 ここらで遊びに行くならこの神暮山か、もしくは東の川——


 その話は今はやめておこう。


 とにかく神暮山についてだ。俺も中学の頃に校外学習で登ったことがある。入学したてだったため、あの時は夜持も生きていた。

 一方で、本気で名物にする気も無いのか、管理体制はおざなりと言わざるを得ない。それこそ順路の上で事故が起こらなければ、市としては何でもいいという姿勢すら見えるよう。

 成程、死にかけの商店街の住民くらいなら、収容できるスペースはあるだろう。

 中に分け入ることのハードルの低さ故、大所帯且つ目立たずに登り、住み着くことも最悪可能そうだ。

 が、それは逆に言えば、一般人も簡単に足を踏み入れてくるということである。

 隠れることや籠城には向いていないのだ。

 まして逃げ場も、どこにも無い。

 見つかれば、包囲殲滅を待つのみである。


 正直、そんな所に逃げることこそ、「非合理的」だと思うのだが、まあ虱潰しは必要である。

 これまであまりにも簡単に、事態が想像を飛び越えて行った。

 日下曰く、「有り得ない」と切り捨てる事は、この件に関しては危険ですらあるそうだ。

 いつ何を取りこぼすのか、分かったものじゃない、と。


 それに関しては、同意せざるを得ない。

 もう俺には、何が起こり得ることで、何がそうじゃないのかを、選り分けることは出来ないのだから。




 と、いうワケで。

「お前何だそのデケぇ荷物。」

「先輩、持ってください。その為に呼んだのですから。あと、学校への連絡は忘れずに行いましたか?風邪にしました?それともインフルエンザ?最悪、こちらで診断書を偽造しますよ?」

 優子達と別れてから2時間後、準備を終えて待ち合わせ場所に着いた。

 俺達は今、この辺りを走る路線で神暮駅まで来ている。

 山までは徒歩5分。目と鼻の先だ。

 

 いくら標高が低いとはいえ山は山。山の天気を甘く見ると、そのまま遭難待ったなし。自分達が行方不明になんて、それこそ目も当てられない。

 故に気合を入れて装備を整えた。

 …つもり、だったが。


「足りてなかった…。そうだよな、誰も日帰りとは言ってねえよな」

「?何を今更当たり前のことを」

「いいか!?『近場の山に行こう』って言って、ガチガチに一・二泊することを連想するのは当たり前じゃないの!あとサラッと言ってるが診断書偽造はマジで洒落になってねえからな!?」

「この辺りには、お金を積めばそれっぽいものを書いてくれる方もいらっしゃるみたいですよ?」

「嘘だろ?地元の暗部なんて知りたくなかったわ。逆に何でお前が知ってる」

「その土地について調べ上げるのも、探偵には必要な過程ですよ」

 会話しながらも日下は手荷物の一部をこちらに押しつけて来る。

 集合場所に先に着き、焼き芋を頬張っていた彼女を見たその瞬間から、俺は自分の見通しの甘さを呪っていた。

 右手にはハンターグリーンで肩から提げるタイプ。パッと見ボストンバッグかと思われたそれは、どうやら収納されたテント生地であることが分かった。主にその重さで理解させられた。

 反対の手にもまた、ズシリと来る黒くてゴツい手提げ。中身は恐らくポータブル電源か何かだろう。こいつ何に備えてるんだ…。


 黒く分厚いフード付きのレインコート、内側が毛羽立ち着膨れした格好から覗く、白い顔をよくよく見てみれば、僅かに頬の紅潮と、疲労の影が垣間見える。

 日下のことだから瘦せ我慢しているだけで、端正な顔を歪めヒィヒィ言いながら、これらを引き摺って来たことは想像に難くない。

 傑作だ。見物出来なくて非常に残念だ。何なら笑ってやっても良かったのに。

「見物料を頂けるのなら幾らでもお見せしましたよ?それと先輩はこれから、極度の精神的・肉体的苦痛によって、私の前で無様を晒すのです。ええ、思いっきり笑ってやりますとも。いい気味ですね」

「だから心読むのやめろ……俺ってそんなに分かりやすいか?」

「それはもう」

「チクショー」

 敗者の責務だ。荷物は持ってやる。潔い俺を有難く思って——

 おいやめろそれは無茶だって歩くどころか立つのも無理いやホント勘弁してくださいお願いします。

「情けないですねえ…もっと鍛えたらどうです?力仕事要因としての自覚はあるんですか?クソ雑魚先輩」

「ねえよ!ない!そんなキャリアを頂いた覚えもないし、これからも要らない!」

 こいつやっぱり楽しんでるだろ。


 閑話休題それはともかく


「で?具体的にはどこを探すんだ?」

「頂上近くまでは登山ルートを道なりでいいでしょう。逃げている者の心理として、出来るだけ人目からは離れようとする筈です」

 つまり、共同生活が送れるような広い空間と、人が来る可能性がより低い高所。その両側面のバランスが最も取れている場所。

 それを探す。

「ショボい山でも遭難は十分考えられるぞ…。俺達がやらなきゃダメか?これ」

「本来は山狩りでも行って頂きたいところなのですが、事件性を認めさせる時間が今は惜しいです」


 この探偵は柄にもなく焦っている。

 今まで凍り付いていた事件が、かなり派手に動き出した。しかもそれが何故なのか今一つ判然としない。

 公的機関の協力をモタモタ待って、気付いたら何かしらが取り返しのつかない状態になっている、そんなオチを恐れている。

 よって、俺達のこの独断の捜索活動は、時短のための強行軍である。


「仮に見つけたとして…どうする?…俺達で…全員捕縛するとかは…無理だぞ?…お前が…ちぎっては投げ…の大立ち回りをするんなら…任せるが」

「そこで嘘でも自分の活躍が出てこないところが流石先輩ですね。心配しなくても我々は先遣隊です。見つからなければ良し。見つかったら最大限情報を持ち帰り、その後に公的な捜査をスムーズに行える手助けをする。とにかく必要且つ可能なことを可及的速やかに消化するんです」

 前を歩く日下に必死について行きながら、今後の展望について尋ねる。

 流石に色々と考えてはいるようだ。

 だったら重い荷物を担いで山を登る人間の、その気持ちも考えて欲しいと思うが。

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