5月20日
今日は2週に1回、祖母と駅まで買い物に行く日だ。この週間は長く続いていて、祖母との間に静かなルーティンが生まれている。
朝祖母宅に行くと、祖母はまず冷蔵庫から朝食用の納豆を取り出す。その間に私は荷物を壁際に置き、上着や靴下を脱ぐ。祖母が台所に立ちおかずの温め直しをするためにガスコンロに火をつけている間に、冷蔵庫からペットボトル入りのほうじ茶を取りだし、1口喉に流し込む。ほろ苦いほうじ茶に少しだけ目が覚めた気持ちになる。続いて常温保存の棚からレトルトパックご飯を取り出しレンジにかける。その頃祖母は台所で納豆を混ぜている。その作業の傍ら、祖母は爪先立ちをして踵を落とすという行為を繰り返す。少しでも歩いたような効果を得るための運動らしい。それを見た私は、いつも触発されて踵の上げ下げをする。だがそれは祖母と同じ運動ではなく、自重を利用した足首の筋トレだった。レンジがチンと軽い鐘の音を鳴らすまでそれは続く。お互い無言だがいつもの事だ。レンジが鳴り熱々のパックご飯を取り出す。それを食卓に運び、冷ましがてらトイレへ行くと、戻ってきた頃には食卓にちょっとしたおかずが並んでいる。鍋やフライパンの片付けをしている祖母の後ろを通り、食卓について納豆を混ぜてる頃に祖母も食卓へ着く。そして朝のお茶を入れる。
祖母は茶葉から出すお茶を毎朝急須で入れる。熱いお茶でよく喉が潤うなと眺めながら納豆をまぜる。混ぜ終わった頃お茶も入り終わるので、祖父の湯飲み茶碗を仏壇に供え、鐘を鳴らして手を合わせ朝の挨拶をする。それから食事が始まる。納豆、パックご飯に少しの副菜。副菜の内容は変われどそれ以外はいつも変わらない。ご飯に納豆をかける私を見て、祖母はいつも
「不味そう」
と顔をしかめる。だがそれはいつもの冗談の言い合いだ。悪い気はしない。
「納豆をそのまま食べる方がありえないよ〜」
「これが美味いんだって」
私はいつもそう返しながら納豆ご飯を口へ運ぶ。半分ほど食べ終わった頃、祖母はテレビをつける。NHK Gのニュースが流れる。最近はコロナから戦争の話…今日はサル痘のニュースも流れた。それらのニュースを見て祖母はいつも
「人間が地球を壊したせいだね」
という。私は何度も繰り返しそう呟く祖母に
「因果応報の報復だね」
と答える。コロナのニュースが始まった頃からこのやり取りは続いている。なので3年近く経つ恒例と言える。
「果物あるけど食べるかい」
朝食が終わったあと、ほぼ毎回そう聞かれる。大体は仏壇に備えてあったオレンジや、季節によって梨や桃、林檎、葡萄などだった。洋梨は苦手なので遠慮してしまうが、それ以外ならば喜んでもらう。今日はオリゴ糖に漬けたブラッドオレンジだった。
祖母宅では大きめのグレープフルーツの類は薄皮まで綺麗に剥き、砂糖漬けにして出してくる。最近は体に気を使ってオリゴ糖で漬けるらしい。昔は砂糖のジャシジャシ感も含め好物だった。オリゴ糖は液体なので、ジャシジャシを味わえないと思うと少し寂しい気もするが。
朝食を終えたあと、この日記をここまで書いた。この時間が1番まったりゆったりしている。この後私は軽く一眠りをする。特に今日は寝坊を危惧して一睡もしていない。朝の薬は飲んだが、寝ようとしなければこのまま昼過ぎまで寝ないだろう。
私は不眠症なのか分からないが、薬を飲まないと全く寝ずに過ごせてしまう。3日ほど寝ずにすごした後、1~5秒程気絶するような睡眠を取った時があった。この時は薬が1種類切れてしまい、全く眠れず3日を過ごした。瞼が眠いとか頭が寝てるとはならなかった。頭も瞼も冴えていて、でも静かに頭痛が響き「お前死ぬぞ」と囁いてきていた。腸の調子も悪く便秘になり、酷い思いをした。それ以来医者に頼み、何時もの4週間分にプラスして、予備の分を頼んだのだった。流石にもうあの地獄は味わいたくない。
今回はあえて自らの意思で睡眠を取らなかった。と言うのも、薬を1種類減らしてから眠気が酷く、寝坊を繰り返していた。3日連続で寝坊した時は流石に落ち込んだ。スマホのアラームがたまに機能しないので、最初はそのせいかと思っていたが、3日連続はスマホのせいだけじゃないような気がした。友人は励ましてくれたが、やっと大人と変わらず、決まった時間に起きれるようになったと思ってた矢先の事なので、いささか自信を失った。祖母との約束は寝過ごす訳には行かない。10時半頃までに祖母宅に着けばいいのだが、1度寝てしまっては起きる自信が無いし、どうしてもいつものルーティンの朝食に間に合いたいので、寝ずに過ごすことにしたのだ。
祖母との仲は程よい距離感で、お互い干渉しすぎず過ごす。もちろん会話はするが過干渉ではない。故にいつもよりこうして文字を打つ指が進む。とりあえず書きたいところまでは書いた。昼の事は昼に書こう。少し眠ろうと思う。
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10時40分頃、最寄り駅に向かって家を出る。最寄りの駅までほんの1~2分だ。昔は電車が着いてから家を出ても間に合うレベルだったが、祖母が高齢になってから、急いでもろくなことは無いと、早めに家を出るようになった。この電車で街の方の大きな駅へ向かう。
電車を待つ間、のんびりと今日は雨が降らなくてよかっただとか、日陰だからそこまで暑くないだとかを話す。駅向かいの道路の様子をぼーっと眺めてるうちに電車が到着する。乗り込むと座る場所があまり無いほどの乗客数だった。これくらい混んでいる時は、祖母は決まって運転席の後ろにつく。このご時世だから、知らない人のすぐ近くに座るのは嫌らしい。祖母は壁に背中を預け、私は吊革に指を2本だけかけて電車の揺れに耐える。子供の頃は、どこにも掴まらずに立っていられるかゲームなどやっていたが、流石にもうそこまでお子様ではない。この電車も従兄弟達や兄弟とよく利用したものだ。どこに行く用事がなくても乗ったりもした。長いことお世話になっている電車の揺れは心地よく、立っていても眠気と戦う羽目になる。座っている時はもうアウトだ。
何とか意識を保ったまま目的の駅に着いた。
皆がいっせいに電車から降り、ホームはご老人と数人の若者でいっぱいになる。この電車の利用客の大半はお年寄り達だ。彼らのなんとも言えないノスタルジックな香りに埋もれながら、慣れたように人混みの間を抜ける祖母を何とか追いかける。駅ビルの中に入る前に水玉模様の買い物袋を受け取り、手を消毒して中に入る。まず最初に感じるのはコーヒーの香ばしい香り。入ってすぐのところにコーヒー豆を売っているお店があるのだ。この匂いも昔から変わらない。祖母は変わらず慣れたように人混みを縫って歩いている。祖母はもう80を超え、四捨五入すれば90の超高齢だ。それでも駅で人混みの中を歩く祖母に勝ったことは1度もない。どうしても私は人の波に飲まれてしまう。祖母が駅ナカのスーパーで果物を眺めてるところにやっと追いつく。そのままスーパーでなにかめぼしいものは無いかと流し見しながら、カツ屋さんに行く。ここでカツサンドを受け取るのが1番の目的なのだ。従兄弟宅と私の家族全員分を予約してある。これも2週に1回のお決まりだ。私はエビカツサンドをお願いしてある。もうこのカツ屋さんの店員さんとも慣れたもので、顔を見ただけで○○様ですねと商品が出てくる。それを受け取り礼を言い、今度はパン屋に向かう。私の弟がなにかパンを買ってきてくれと頼んだらしい。弟二人に2個ずつ惣菜パンを購入し、さっき眺めてたスーパーまで戻る。スーパーでは2人の昼食と、祖母が夜食べる用の青物や、荷物持ち(私)がいる時だからと、じゃがいもや人参など買う時もある。今日は昼食だけを買った。会計が終わると
「シュークリームかドーナッツは買わなくていいかい?」
いつもそう聞かれる。期間限定のチョコ味や抹茶味でも出てる時ならば欲しいというが、今日はそういう日では無いので大丈夫と断った。私は甘いもの自体はそこまで得意ではない。それに今日はパンがあるから十分だろうと声をかける。
乗ってきた電車が行ってすぐ次の電車で帰るのもいつもの決まりだったのだが、今日はパン屋に寄った分少しギリギリになってしまった。祖母に先に行っててと言い切符を購入する。その後急いで祖母を追いかける。何とかギリギリ電車には間に合った。いつもの席に座ることも出来た。下りは空いているのでゆったりとしたものだ。だが私はまた眠気と戦うことになる。だが下りは歩いた直後なので、割と意識を保っていられる。10分ほど電車に揺られ、祖母宅最寄り駅に着く。車掌さんに切符を渡し、駅の階段をゆっくりゆっくり下る。そうして家に戻るのだ。
家に帰ったあとは手とマスクの消毒。その後サンドイッチや買ってきた野菜の分別にはいる。全てが片付いてから昼食に入る。
昼食はほぼ毎回決まってパック寿司だった。祖母が少しでも美味しいものをと計らって買ってくれる。たまにマクドナルドのハンバーガーになったりするが、私はどちらでも、祖母と食事が出来るだけでよかった。
祖母はいつもイカと貝類とエビのお寿司を残す。
「イカなんて味しないじゃない。食べる人の気が知れない〜」
とガリをかじる祖母に対し、
「食べられなかったイカ可愛そ〜。ん〜美味しい〜」
と見せつけながら残された分を食べる。
祖母の食は昔より細く、苦手だから食べないと言うだけではなく、食べきれないのはもちろん分かっている。だがこの憎まれ口の掛け合いもいつもの事で、無いと逆に寂しいと感じるまで来ている。
昼食後も穏やかなもので、ここまで一気に書いてしまった。帰りは一人で帰るのではない。仏壇用の花を届けに来る母と一緒に帰る。母は早番の仕事終わりに花屋に寄ってから来るので、大体3時過ぎになる。それまでは殺人ドラマをみたり、昼寝をしたりして過ごす。
今日は寝てなかったので、早々にダウンしてしまった。
母が帰ってきてからは怒涛だ。花はこの祖母宅用だけでなく、父方の祖母宅用にも買ってきてある。花のために、少しでも早く宅配しないと行けないのだ。
「今日はありがとう。また再来週よろしく」
そして急いで車に乗り込む。
父方の祖母宅に花を置く時、私も一緒に降りるとあれもこれもと食料を渡されてしまって申し訳ないので、私は車の中で寝たフリをする。それはそれで申し訳ないのだが。
ダウンしたところからここまで、家に帰ってから書いたのだが、その後もまたダウンしてしまった。今これは朝の4時頃から書いている。
日付も変わってしまったことだし、ここまでにしておこう。
これが2週に1回金曜日のルーティンだ。
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