第4話 斎川中

「ジャッカル、ちょっと待てや!」


 敗走するジャッカルを、祐が止めた。


「はい! 何でしょう?」

「お前、ダイゴロンに斎川中を見せてやってくれんか」

「えっ? 俺がですか?」

「そうや。お前、斎川中から転校してきたからよく知ってるやろ」

「それはそうですけど……あそこ、もう行きたくないっす」

「心配すんなや。いざとなったらダイゴロンが守ってくれるわ。今のお前は東岸連合の一員や、一人やないからな」

「は、はい! ユウさんの頼みなら喜んで!」


 ジャッカルはビシッと敬礼のように気をつけして、祐に返事をした。


「見せるって、僕はどうすればいいの?」

「あいつと一緒に斎川中へ潜入してこい」

「潜入? そんなことしてバレたら、向こうの先生に目つけられちゃうよ」

「心配すんな。斎川中の制服は東岸と同じ学ランやし、校章を襟元につけとったらそんなに目立たん。瓜谷中みたいに、全員の顔と名前覚えられるような生徒数やないしな。俺もそうやって潜入したことあるんや」


 白昼堂々、他の中学に行くなんて……と大吾は思ったが、純矢やルーカスは当然のように瓜谷中へ来ているわけで、この世界では当然の事なのかもしれない。


「あー、ダイゴロンさんみたいにでかい人はいないんで、ちょっと怪しいかも」

「おう。なるべく隠れて、な。何かあったら俺とダイゴロンが許さんから、ジャッカルは心配すなや。お前もこいつの強さ、わかったやろ?」

「はい! ダイゴロンさんめっちゃ強いです! 憧れます!」


 調子のいいヤツだな、と大吾は思った。


「ダイゴロン。斎川中行って、どんなところなんか見てこい。あそこは地獄絵図や。ガイアさんも、純矢も、ジャッカルも。東連のみんながそう思っとる」

「う、うん、わかったよ」


 他の中学への潜入は不安だったが、東岸連合が抱える斎川中の古川という共通の敵を知るため、大吾は決意を固めた。


* * *


 翌日。

 昼休みの時間に、大吾とジャッカルは斎川中へ潜入することにした。

 二人ともバイクを持っていないので、自転車で斎川中に向かった。

 道中、大吾はジャッカルというあだ名の由来を聞いてみたが、


「ガイアさんにつけてもらいました! 理由はよくわかんねっす。ジャッカルって何なんすかね?」


 という事だった。ちなみに本名は荒巻哲也というらしく、何も関係がなかった。威勢のいい狼のようなイメージは彼と合っていたので、大吾もジャッカルと呼ぶことにした。

 斎川中は、他の中学と違ってバブル時代に建てられたため、全面ガラス張りの廊下を中心に校舎が建てられているという、先進的なデザインの学校だった。

 大吾は、親と買い物へ行った時、車の中から見たことがあるだけで、この中に入ったことはない――はずなのだが、正面の校門前に着いた時、一瞬デジャヴュのような感覚を覚えた。まだ大吾は、自身の中学時代の記憶を完全に取り戻した訳ではない。もしかしたら、ここにも来たことがあるかもしれない。

 そう思ったが、ジャッカルに誘導されて裏門に着くとそういう感覚はなくなり、初めて見る他校の校舎への好奇心が勝ってきた。この頃の中学校にはまだ警備のようなものはなく、校門は表も裏も開いており、入ろうと思えば誰でも入れた。

 ジャッカルに先導してもらい、まず人気のない校舎の二階へ上った。


「これが、斎川中名物ガラスの回廊っす」


 ガラスの回廊、と呼ばれる廊下は吹き抜けになっていて、二階のテラスから一階が俯瞰できた。生徒たちが行き来しているが、不良は全く見当たらない。瓜谷中や斎川東中の生徒たちよりも少し、垢抜けて見える。皆それぞれ友達と会話をしていて、楽しそうである。


「これの、どこが地獄絵図なの?」

「これは表の顔っす。あっ、あいつ三年の古川克也ですよ」


 大吾は目をこらして、人通りの中にいる古川克也を見た。

 長髪にメガネだが、とてもハンサムで細身だった。背も一八◯センチはありそうだ。体育会系の、いかにも学校の中心になっていそうな男子集団の、ほぼ真ん中に古川はいた。

 歩きながら談笑していて、男子たちを上手くまとめているように見えた。


「うーん。悪いヤツには見えないなあ」


 とても殺人を犯すような悪人には見えない。純矢たち東岸連合は、あんなよさそうな男を目の敵にしているのか。もっとも中学生なら、調子に乗っている、徒党を組んでいるという理由だけで喧嘩を売っても、仕方ないのだが。


「すんません。僕も、古川先輩のことはよく知らないんす。すごくいい人って噂でしたし、とても人殺しするとか思えません。でも、東連のみんなが悪者って言うから、そうなのかと思って」

「なるほど……」


 実際、悪人かどうかは別として、三年であのように学校の中心人物になるあたり、人望はありそうだ。斎川中と戦うとしたら、古川がリーダーとなるのは間違いない。脳筋タイプの東岸連合としては苦戦しそうだな、と大吾は思った。


「裏の顔、見に行きますか」


 しばらくガラスの回廊を覗いていると、ジャッカルがおもむろにそう言った。


「うん。行ってみようか」

「覚悟はいいすか」

「い、いいよ」


 ジャッカルが真剣な顔で聞いてきたので、一瞬大吾はたじろいだ。大人のマインドが備わっている大吾は、中学校で何があっても、特に驚かない自身はあった。

 ジャッカルは、大吾を三階にある理科準備室という部屋につれて行った。どうやら空き教室を物置として利用している部屋のようだったが、中には何人かの男子生徒がいた。

 ジャッカルは、理科準備室の手前で足を止めた。よく見ると、足が震えている。身体がすくんで、それ以上動けないらしい。

 大吾はジャッカルを置いて、理科準備室の中を覗いた。

 三人の男子生徒が、一人の男子生徒を囲んで、何かふざけた事を言っていた。


「おい見ろよこれ。三谷にそっくりじゃん!」


 三人のうち一人が、三谷という生徒に向かって図鑑の一ページを示していた。

動物図鑑で、ハダカデバネズミが掲載されていた。

 残り二人がげらげらと笑う。


「ハダカデバネズミに服なんていらねーよな!」


 そう言って、三人は三谷と呼ばれた少年の服を無理やり脱がしはじめた。よく見ると、三谷という少年はずっと口が開いていた。前歯が出ているらしい。この時代、まだ幼い頃から歯列矯正をする文化がなかったので、そういう子も多かったことを大吾は思い出した。

 三谷という少年は何も言わず、反撃もせず、ただただ誰とも目を合わせないようにして、されるがままにしていた。

 三谷がほとんど裸になったところで、チャイムが鳴った。


「やべっ、予鈴だ! 教室帰るぞ」


 三人は三谷を置いて、去ってしまった。三谷は半泣き顔で服を着直し、教室へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る