第3話 ジャッカル
ここで、大吾が記憶している、斎川市の地理と中学校の勢力図について説明しよう。
斎川市は、周囲を山に囲まれており、市外へは車か鉄道を使わないと移動できない。逆もしかりで、わざわざ辺境の斎川市を目指す中学生はいないので、不良たちは実質的に斎川市内だけでクローズされている。
中心を流れる斎川を堺に、東岸地区と西岸地区に分けられる。
東岸地区は、古くから斎川市の中心部だった場所で、市役所などの行政施設も東岸にある。斎川東中は斎川市中心部にあり、斎川市で最大の中学だ。その周辺に大吾のいる瓜谷中など、いくつかの小規模な中学校が点在している。
対して西岸地区は、数十年前に立てられた巨大な電機メーカーの向上を中心に、工業地域が所在している。東岸地区の住民が農家や林業といった地場の産業メインなのに対し、西岸地区の住民は、ほとんどがこの工業地域に関連する仕事をしていた。
かつては斎川西中が西岸地区の中心的存在だったが、工業地域によって増加する人口を受け入れきれず、斎川中が新設された。
結果、単独では斎川東中が最大なのに対し、斎川中と斎川西中を足し合わせた人数は、斎川東中を上回っている。
だから不良たちの勢力も西岸が強いのかというと、そうではなかった。
歴史の新しい斎川中は、創立当初から不良がほとんどいない。工業地域に転勤してきた家族の子供がメインであり、地方にありながら都会のような、流動性のある学生が集まってた。ある程度結束力がなければ不良は発生しないのである。
対して東岸の住民は、古くからの町内会などのコミュニティの影響が強い。秋祭りの時期は、不良たちが総力で神輿をかつぐように、地域になじんでいる。大人たちも「若い時はあんなもんじゃ」と、不良たちを容認していた。
西岸連合を構成するのは西岸で工業地域が発展する以前からの集落の学生たちがメインで、その数は東岸連合のメンバーよりかなり少なかった。
以上より、大吾から見た西岸地区のイメージは、一部不良がいるもののほとんどは平和な中学生であり、東岸地区よりはずっとマシな場所だと思っていた。
ところが東岸連合に入ったことで、大吾が持つ西岸地区へのイメージは、大きく崩れることになる。
* * *
「こ、殺されたって……その古川ってヤツは、少年院にでも入ってるの?」
石田祐の言葉を聞いて、大吾は驚いた。不良が多い地域とはいえ、殺人事件までは聞いたことがなかった。
「いや。証拠はない。実際大嘘かもしれん。でも東岸連合はみんな、ガイアさんは斎川中の古川に殺された、と思っとる」
「そんな。わけがわからないよ」
「ガイアさんが死んだのは、バイク事故や。けど実際は、古川が仕組んだ、という話になっとる」
「そんな事できるの?」
「わからん。実際にガイアさんの事故を目撃した奴は一人もおらん。事件について知っとるのは、ガイアさんに一番近かった純矢くらいや。俺も、詳しいことはよう知らんのや――」
二人で話していたら、近くに一人の不良少年が現れた。先ほどゴミ拾いをしていた不良たちの一人らしかった。ブルドッグのような顔をした、いかにも刺々しい少年だった。
「祐さん。自分、ちょっとそこの稲垣大吾と話いいすか」
「おう、ジャッカル。どうする?」
祐が大吾に向かって聞いてくるので、「うん、いいけど」と答える。
「お前! いきなり四番隊隊長とか、調子乗ってるンじゃねーぞ!」
まだ若干声変わりが終わっていないのか、大吾を恫喝するつもりが途中で声がひっくり返り、なんとも情けない様子だった。祐はそれを聞いて、クスクス笑っていた。
「ちょっと喧嘩強いくらいで、東連の四番隊隊長できるとか思ってんじゃねーぞ!」
不良に思い切り噛みつかれている訳だが、大吾はあまり怖くなかった。ジャッカルはまだ背が低く、いかにも成長期という身体つきだった。中身は大人のマインドなので、このようなあからさまなガキに何か言われても「はいはい」という感じだった。
大吾が何も言わないので、祐が合いの手を入れた。
「ジャッカル。そんなに気に入らんなら、ダイゴロンと喧嘩してみろよ」
「えっ? 俺がですか?」
「お前、東岸連合の隊長になりたいんやろ。いずれは越えなあかん道やぞ。ダイゴロン、ちょっと相手してやれよ」
「うーん……」
大吾は、体格を考えると、本気を出したら一方的にボコってしまうので、あまり乗り気ではなかった。
ジャッカルは大吾にメンチを切り、ずん、ずんと近づいてくる。
しかし、手は出て来ない。
大吾にはわかった。近づいてみて、大吾のデカさにビビっているのだ。
「どうしたの? 先に殴っていいよ」
「――ううおらああーーーっ!」
ジャッカルは、右ストレートで大吾の腹を殴った。
全然痛くなかった。
その後、何発もパンチを繰り出すが、特に痛くないので、大吾はぶつかり稽古の受け手をしているような気分で、ジャッカルを見ていた。
若いって、元気でいいなあ。こんなに体格が違う相手にも恐れず殴り書かれるなんて。現場監督の僕だったら、偉い人には言葉でも、身体でも歯向かえないよ。
「ダイゴロン、そのへんにしといたれ」
祐に言われ、大吾は仕方なくジャッカルの腕を掴み、ひょいとドアノブを引っ張るような心地で、投げた。
「うおあーっ!」
ジャッカルは転がりながら、数メートル先に飛んでいった。
「おおー。やっぱりフィジカル強いな、お前」
祐は関心していた。これくらいは全然、喧嘩したうちに入らなかった。
「くそ! 覚えてろ! 四番隊隊長は絶対、俺がなるからな!」
ジャッカルはそう言い残して、走って逃げて行った。大吾としては、四番隊隊長の座などすぐ譲ってもいいくらいなのだが、あれでは他の皆が納得しないだろうな、と思った。
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